由来

 第一層を貫く長い一本道をアナベルに続いて歩き続ける。

 恐らく百数十mくらいの長さだと思うが、薄暗く狭い洞窟のような廊下では体感的にもっと長く感じられた。

 無言で歩きながら両脇に並ぶ扉にかけられた看板を横目で見やるが、やはり読めない。


「ここからまた下りますよ」


 長い廊下の突き当りにはまた扉。

 アナベルがそれを開くと、第一層に下りてきた時と同じような下り階段が続いている。

 今度の階段は割と短く、途中で折り返した後すぐに終わりが見えた。


「第二層です。構造はほぼ一層と同じですから、面白味はないですけど」


 アナベルの言った通り、第二層も真っ直ぐに伸びる廊下と、その両脇にいくつもの扉が並んでいるつくりになっていた。

 看板が読めないのも相変わらずである。


「……同じ景色だ。これじゃどこに何を置いたかすぐに忘れる自信があるよ」


 嘆息しながらぼやくと、アナベルは笑った。


「はは、それも慣れだと思いますよ」


 慣れで覚えられたら苦労はしない。

 そう思える程、ここの景色はまるでコピーされたように同じなのだ。

 確かに目録の看板は掛かっているが、それでもここで何かを無くしたなら見つけるのは困難だろう。

 コンピューターで検索できるならまだしも、アナログに探し回るしかないのなら、アナベルがどれだけ貴重な存在かは推して知るべしだ。


「上でも言いましたが第二層は第一層で保管された書類のうち、年代の古くなった物が順に収められるようになっています。学術書以外のものは一定以上古くなると精査した後に廃棄しちゃうんですけどね。他にも公文書があったりしますけど、何か事件でもなければ引っ張り出すことはあんまりないし、上層は重要度の低い物しか置かないので記録の墓場みたいなものです。

 では先に進みましょう」


 また代り映えの無い長い廊下を進んでいくと、途中でアンナがアナベルに問いかけた。


「あの、この場所はこの国ができる前からここにあったって聞いたんですけど……」


「ええ、そうらしいですね。僕は学者じゃないので詳しいことは知りませんけど」


 アナベルは肯定したが詳しくは知らないようだ。

 するとナルディーンが代わって答えた。


「ヴェルタ建国以前の話よ。ヴェルタ王国の前身である国が、周辺の国家群を取り込んで大きくなっていく過程で、この場所を発見したみたいね。

 初代ヴェルタ王は王都を選定する際に位置的に交通の要衝であったことと、もう一つの思惑からこのエーレズの地下書庫の真上に王都を築こうと考えたらしいわ」


「……思惑?」


 アンナが首を傾げるが、アルバートは間髪入れず答えた。


「単純なことだ。旧世界の知識を独占できる。……そんなところだろう」


「明言されてはいないけど、そういうことでしょうね。

 ここには発見から今に至る長い時間が過ぎて尚、近隣諸国に比肩を許さない程の知識が眠っているとされているわ。知識、技術、魔術、歴史、それらが他国より優れているということは、そのまま国威の差に繋がる。

 ぽっと出の新興国に対する風当たりは強いことが多いけど、当時の王様はさぞ鼻が高かったでしょうね。何の苦労もせずに、金よりも価値のある智慧で国を発展させることができたんだもの。

 ヴェルタの王立研究院が近隣のそれより発達しているのも、その証拠かもね」


「へー、さすが学者さんは違いますね。知りませんでしたよ。でも、もう少ししたらわかりますけど、何の苦労もせずにっていうのは、ちょっと違うと僕は思いますよ」


 感心するアナベルだったが、最後はちょっと思わせ振りだ。

 その不穏な言葉と言い方に、自分とライカはやや警戒感を強めた。

 それに気付かなかったアンナはまた疑問を口にする。


「それにしては随分綺麗というか……」


「それはもう少し進んだらお話ししましょう」


「え、あ、はい。じゃあその、エーレズっていう名前は?」


「よく知りませんけど、人名らしいですよ。下層にある文献にこの地下書庫についての記述があって、それが書いてある文献の著者からつけた名前らしいです。随分前に調査団の人が僕にそう教えてくれました」


「ということは、別にエーレズって人が造ったわけじゃない……?」


「んー、それはわかりませんね。その文献にはここのことが結構詳しく書いてあったそうなので、その文献の著者がここの主って可能性はあると思います。実際そのエーレズって人は古代に名の知れた人だったとか聞きましたから」


 そんなやり取りをしていると、ナルディーンが割り込む。


「ちょっと、知らないの? 有名というか、現在主流になっている魔法の基礎体系の一つを確立した魔術師の一人じゃない。かなりの数の魔導書も遺しているわ。ここに来るような人間なら一般常識だと思うけど?」


 いや、そう言われましても……。

 この世界の人間の歴史なんて知りません。

 アンナやメリエは別に何とも思っていないようだったが、自分はナルディーンの知ってて当然という言葉にわかってはいてもややムッとする。

 ナルディーンに続いてアルバートも補足を入れた。


「一般に普及している四象魔法の基盤となる術式を構築し、規格化した人物の一人だ。実際には複数の魔術師の共同研究で確立されたらしいが、大きな役割を果たした魔術師の一人であることは間違いない。アンナ君に以前勧めた王立学院の魔法史や史学でも教えている内容だ」


 アルバートの方はただ単純に聞かれたから教えてくれているという感じだったので別に反感を覚えることは無かった。

 しかしその後に珍しい声が割って入る。


「あ……クロさ……さん、私も勉強しました。魔法史で……エーレズ・マグナガリアス。その人が考案したのが今の魔法四大体系の一つ、四象魔法。汎用性の高さから各国でも認められて使われるようになった魔法体系だって」


「スティちゃん、すごい勉強頑張ってたもんね」


「へーさすがだね」


 ここまで黙って付いて来たスティカが小声で主張する。

 それに振り向いて称賛の言葉を贈ると、いつも真面目な表情を崩さないスティカが珍しく嬉しそうに顔を綻ばせた。

 今まであまり役に立っていなかったのを気にしていたのか、ようやく役立てる場面が来て張り切ってるということだろうか。


「む……わ、私も今度ちゃんと勉強してみます。魔法、ちょっとは使えるようにしたいですし……」


 褒められたスティカが羨ましかったのか、隣のアンナがちょっと対抗意識を燃やしている。

 別に贔屓しているつもりは無いのだが……人にはそれぞれ得意分野があるわけだし。

 アンナはアンナで料理などで力を貸してくれている。

 まぁ他人の庭は何とやらとも言うし、やる気を出しているならそれはそれでいいことだ。


「(……人間の魔法程度では及びもしない竜語魔法の産物をこれだけ与えられ、尚且つ使いこなしているというのに……人間の魔法に時間を割くなら、クロとの連携を考えた方が有意義だとは思うがな)」


 と思ったらライカがそんなやる気をひん曲げるようなことを言ってきた。

 そりゃあ人間の魔法に比べれば星術の方が威力も精度も上かもしれないが、アンナが自主的に選んだのならそれに文句を言うつもりもない。

 仲間だと思うからこそ、アンナには古竜である自分にに引っ張られてではなく、自分の意思で、考えて進んでもらいたいと思う。


「(いいんです。私が魔法を使えればクロさんの力に頼らなくても済むわけですから。そうすれば旅先でクロさんの力を誤魔化さなきゃいけないことも減るでしょうし、連携するにしても幅が広がります。無駄になることはないはずです)」


 そんなことを考えていたら、アンナははっきりと自分の考えを伝えてきた。

 アンナはちゃんと自分のことを自分で考えているようだ。

 それが嬉しくもあり、ちょっと寂しくも感じた。


「(そ、それにクロさんはそういう私の方がいいって前に言ってくれましたから)」


「(ほーう。健気だな、とだけ言っておくか)」


「「(……)」」


「(な、なんか空気が……)」


 アンナの言葉に茶化すような返しをしたライカ。

 そしてなぜかそれを聞いて無表情になり、じろりとこちらを見たメリエとスティカ。

 一瞬場の空気というか雰囲気が重くなったのを感じたのだが、そんな【伝想】のやり取りがわからないアルバートがアンナに向けて提案したことで元に戻る。


「ほう。ならば今度指導しようか? 君たちには色々と興味があるし、王女の片手間に教えてもいいぞ?」


「あら。その必要は無いわよ。彼女達、王女殿下に誘われて王立研究院付属の学院に行くことになってるからね。っていうかアナタ、殿下に対して随分な言い様ね。不敬に当たるわよ」


「おっとこれは失礼した。何分この国には招かれた立場故、どうしても、な」


「……ま、聞かなかったことにしてあげるわ」


「皆さんそろそろ第二層も終わりですよ」


 話しながらも進み続け、また突き当りが見えてくる。

 そこも第一層と同じ扉になっていた。


「やー。この先まで来るのは久しぶりですよ。入る時にも言いましたが、この先からちょっとつくりも変わるし、罠もあったりするので注意して下さいね」


 そう言うアナベルの声は今までと同じで明るかった。

 この調子で言われるとあまり危機感が持てないが、それは扉を潜って暫くすると変わることになる。

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