書庫入口
まるで愛する妻から最後通告を受けた夫のような悲観具合で、トボトボと廊下を進むヒューナーの背を追いかける。
まぁライカがそうなるように精神を操ったのだろうが、当初の変なことをしているな程度の認識を改めなければならない程に手痛い仕打ちのようだ。
最愛の者から拒絶されるくらいの認識に上書きしたのなら納得の反応に思えた。
あまりの落ち込み具合にアンナもメリエもちょっと引いている。
「(気が済んだら元に戻すからそう心配するな。……この精神的苦痛をしっかり記憶させてはおくがな)」
「(根に持ってるなぁ……)」
「(因果応報だ)」
幻術に耐性が無い者に対してはかなり凶悪で陰惨な能力だ。
ライカに下手なことは言うべきではないな……。
「……こちらです……」
生気の薄い声で通されたのは、王城のほぼ中央くらいの場所にある地下への階段だった。
階段入り口の扉には二重の錠前が付けられているが、今は開かれている。
真っ直ぐではなく途中で折り返しがあるようで、階段の先は見通せない。
ヒューナーに続いて階段を下ること数分。
王城の地下にあるにしてはかなり深くまで続いており、まだ足腰が完全に回復していないスティカにはかなり大変な道のりだ。
一応身体強化と癒しのアーティファクトは持たせているが、それでも顔は辛そうだった。
ちなみにアーティファクトであることはまだ黙っている。
ぼんやりとした頼りない明かりに足元を照らされながら下り続けると、やがて終わりが見えてくる。
下り切った先にはまた扉。
ヒューナーは何の躊躇もなくその扉に手をかけ、ギッと押して開く。
「……こちらへ」
扉の先には石で囲まれた小さな部屋。
広さは会議室くらいだろうか。
執務机と燭台、椅子が数脚、あとは物を置く棚のようなものがあるだけ。
そこには三人の人影が待っていた。
「あら、ヒューナー卿、顔色が悪いわね?」
入ってきたヒューナーにかけられた声は、聞き覚えがあるものだった。
「……貴殿には関係ありません」
「フン、心配してあげてるのに失礼ね。ま、いいわ。
……にしても、あなた達だったのね。エーレズの大書庫に入りたいっていうのは」
「あ。あの人って……」
見覚えのある顔にアンナが反応する。
この女性……セリスと面会した時にいた人物。
王女に対して結構な態度を取り、そのまま出て行った偉そうな人という印象の女性だ。
今はあの時のような華美な服ではなく、動きやすいパンツと上着にマントを羽織っている。
「あ、ど、どうも、こんにちは、アンナです」
アンナは自分を見て言われたと理解し、挨拶を返した。
「フフ、こんにちは。意外だわ。あなた達が一緒に行くなんてね。そういえばあの時は名乗っていなかったわね。私はナルディーン・フォルガ。よろしく」
意味ありげに笑う女性にアンナが気を取られている間に部屋を見回すと、それ以外にも二人いる。
一人は全く知らない顔だったが、もう一人は知っている人物だった。
向こうも気付いたようで、座っていた椅子から立ち上がりこれまた意外そうな顔で近寄ってきた。
「……どこかで見た顔だと思えば……奇遇だな」
「あっ、魔法商店の……!」
「……名は確か……アルバート、だったか?」
アンナもメリエも思い出したようだ。
メリエが男の名を口にすると男は笑みを浮かべた。
そうだ。
王都の魔法商店でアンナの魔力測定を頼んだ店に居たエルフ。
魔法のことや魔力のことについてを簡単に説明してくれた不愛想な感じの青年だ。
「名を覚えられているとは光栄だ。改めて自己紹介しよう。王女付き魔術指南役を任されている、アルバート・シャズリックだ。まさか王家に縁ある者たちだとは思わなかった。あの時は失礼した。何分、本を読み出すとそちらに気が行ってしまうのでな」
アルバートは以前とは違い、丁寧に頭を下げて挨拶をしてくれた。
王女付きの魔術指南役か……客員と言っていたからヴェルタの外から教えに来ているということなのだろう。
あの時は王女が床に臥せっていたので仕事が無くなり、ああして時間を潰していたということか。
「あら、あなたも知り合いなの? 随分と顔が広いのね。意外に大物ってこと……なのかしら?」
「俺は王女から直接頼まれた。王女にそう言わせるだけの人物であることは間違いないな」
「私も彼女たちのことに関して頼まれてるんだったわね。貴族の中では見たことのない顔だったけど、俄然興味が湧いてくるわ。それに、あなた達のお陰で私も大書庫に入れることになったわけだし、感謝もしなくちゃね」
「と、いうことはあなた方も大書庫へ?」
「そうだ。俺は罠、魔術関連の対策役を任された、いうなれば君たちの護衛だな」
「私はそこのヒューナーから呪い関連の防衛を頼まれているわ。私はそれ以外にも目的があるけどね。
……でも、当初聞いてた人数と違うわね? どういうことかしら? ヒューナー卿。お守が増えたらその分リスクも上がるわよ」
この質問に一瞬ギクリとしたが、ヒューナーは淡々と答える。
「護衛をお願いしたい人数は当初と変わっておりません。右からアンナ嬢、スティカ嬢、エシリース嬢の三名です。他二名は護衛は不要とのこと。自己責任でこちらに同行したいと申し出て、それを王女殿下が了承されております」
ライカが頭数に入っていない。
ということはこれはライカが言わせているのだろう。
しかし王女の了承は得ていない。
バレたら怒られるかもしれないが、内情を知っている王女なら許してくれる気がする。
それだけの恩は前払いしてあるわけだし。
「へぇ……あなた達、この先は思っている以上に危ないわよ? 腕に自信があるみたいだけど、魔物の相手とはまた違った危険が待ち受けているわ。ここまで来た以上止めはしないけれど、注意する事ね」
「同感だな。前のよしみで世話を焼かせてもらうが、舐めてかかると痛い目では済まないことだけは確かだ。上層はいいとしても、中層から下は封印された魔導書の気配に釣られて集まった精霊どもが狂精化しているらしい。それ以外にも魔術的な罠や封印された書物自体にも命を狙われることになる。魔術の知識が薄い君たちでは荷が重いと言わざるを得ないぞ」
ヒューナーがぽつりぽつりと言ってはいたが、そこまでのものなのか……。
しかしそうだとしても、今更引くわけにはいかない。
一応魔術と幻術に耐性を持たせたアーティファクトは全員が持っているし、いざとなれば星術で強行するつもりだ。
「大丈夫です。それを踏まえてここに来ていますから」
「……そうか。なら何も言うまい。王女からの許可も得ているとのことだしな。我々も自分の身の安全は確保しなければならないし、ここにいる全員の安全に気を回す余裕はない。言われた通り、お嬢さんたち三人の護衛に絞らせてもらう」
「大した自信ね。後で泣きを見ないといいけど……ま、ヒューナーも言っていることだし、私もアルバートと同意見だわ」
話の流れからすると、ヒューナーはついてこないようだ。
とすると執務机に座った最後の一人が案内役……ということか。
「では、僕が最後ですね。自己紹介をしましょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます