我儘

 ◆◆◆


「これで……どうにか姫様の要望に応えられそうですね」


「確かに容姿はそこそこ良かったけど、見た感じ普通だったわねぇ……あんな優男がドニーと引き分けたの?」


「見た目に惑わされるな。奴は姿を変じているだけだ……どちらが本性かは知らんがな」


「ふーん。ま、いいわ。これで彼らが動いてくれるまで時間ができたのよね? せっかく遠くまで来たんだし、この都市を見て回りましょうよ」


「確かに彼らと接触もできて約束も取り付けることができましたが、ここは教圏の只中です」


「何のためにカガミがいるのよ。写像石があるじゃない。あれがあれば半日は大丈夫でしょう? 部屋に閉じこもってたら体が鈍るわよ」


「た、確かにありますが、この都市内にだって司祭クラスの魔術師がいるはず……往来の中で見つかれば面倒ではすみませんよ」


「いや、そこだけはキリメに同感だな。情報収集をするいい機会だ」


「何よ筋肉、たまにはいいこと言うじゃない」


「待つのにどれ程の時間がかかるかもわからない。時間を有効的に使用することは重要だろう。仮に出くわしたとしても奴らの戦力を削るいい機会だ。それから、筋肉というな」


「関係の無い人間が犇めく都市内での戦闘は認められません」


「仮の話だ。出くわさないようにはするし、見つけたとしても無暗に手出しはしない。情報収集を最優先にする。

 俺はこの後からギルド連合と教会の動きを探ろう。……が、万一ということはあるかもしれん。念のために俺の琇星しゅうせいを渡せ」


「! ダメです。ドアさん、あなたはここに来る前に一度、琇星の禍産霊を解放しているんですよ。こんなに短い期間に再使用しては命に係わります」


「……神殿騎士っていっても頭数だけの雑兵ばかりだったとはいえ、あれだけの数を相手に大暴れしたじゃない。結構長い時間影響下にあったんだし、ドニー本当に死ぬわよ?」


「フン。俺の命で済むなら安いだろう。お前達のような特殊能力者でもない人間の代わりはいくらでもいる。

 それに、雑兵の集まりとはいえ教会もあそこまでの打撃を受けたんだ。この区域の戦力を同水準まで回復するには暫く時間がかかるだろう。それを考えてもここで向こうが強硬策を取るとは考えにくい」


「自身の命を軽んじる言動は慎みなさい! 例え誰が殉死しても、姫様を含め、里の皆は傷つくのですよ」


「……」


「……まぁドニーの自虐はおいとくとして、このまま何日もここに居ても仕方ないのは確かよ。

 私たちの元々の役目を忘れたわけじゃないでしょう? 彼らと接触することが最優先だったとしても、私たちの命題は変わらないわ」


「……わかっています」


「なら決めてちょうだい。それが今の私たちの司令塔、カガミの仕事よ。手足を動かせない頭に意味は無いからね」


「同胞の保護と宝具の回収のためにも、必要な情報収集はやらねばならんことだ。この国のギルド連合の情報はまだ少ない。ギルド連合も複数の琇星を保有しているのは確実、多少のリスクを負ってでもやるべきだ」


「……わかりました。ですが、やはり今は琇星を渡せません。それが必要になる事態を招くようなら、動かない方が得策です。これはこの班の行動決定権を持つ私の判断です。従えないのなら姫様に言上してこの班は解体します」


「……わかった。隠密裏に動こう。無理はしない」


「……まぁ、カガミらしいと言えばらしいわね。なら、私は街を散策させてもらうついでに、彼らの動向もそれとなく見ておくわ。この国の王族にまで繋がりがあるみたいだし、私たちと合流するまで何をしているのか気になるし。

 私はカガミ達と違って昨日見たばっかりで、あまり知らないから興味あるのよね。ドニーも興味あるんじゃない? 一緒に見に行く?」


「……俺はまずギルド連合の方だ。気が向いたらな」


「そういえば彼らもギルド連合に登録してるみたいよ? 誘ってギルドの訓練場で手合わせでもしてみたら? 面白そうだし、私も彼の強さ見てみたいなー。姫様も興味があったら狙ってもいいって言ってたことだし、強くて優しいなら私もシグレもその気になっちゃうかもね」


「……気が向いたらな」


「二人とも……また関係を壊す気ですか?」


「あら、やる時はちゃんと相手の了解を得てやるわよ。突然襲ったりはしないわ。シグレは……カガミと一緒でいいか。あの子人混みは嫌いだしね」


「はぁ……二人とも、くれぐれも無茶は慎んで下さいね」


「心配しないで。私もドニーもそこまで間抜けじゃないわよ」


「……善処しよう」


「もう……不安で胃が痛くなりそうです……私もシグレと一眠りします……」


「じゃあ私は行ってこようかな。あ、ついでだから買い出しもしてくるわね」


「俺も休んだら動くとするか。腹も減ったしな」



 ◆◆◆



「……入場は三人まで、とお願い申し上げたはずですが?」


「ひぅ」


「(……まぁそう言われますよね……)」


 王城の応接間。

 〝大書庫〟の管理官、ヒューナー・ニルドは渋い表情で言った。

 ヴェルウォード邸でカガミ達と会談した翌日、王女からの遣いがやってきて告げた。

 準備が整ったと。

 それを聞いて王城までやってきたのだが……。


「申し訳ありませんが、如何に国王陛下、そして王女殿下からの申し付けであっても、〝大書庫〟の管理上こちらの約束は守って頂きます。それに、これはお客人のためでもあるのです」


 しかめっ面をしたヒューナーは、こちらの面々を見回しながら言った。

 当然だ。

 最初は三人と言われ、それを守ると言ったのに、ここには五人と一匹がいるのだから。


 元々の予定では自分とメリエ、そして知識の量から勘案してスティカを同行させるつもりでいた。

 昨晩のシラル達との会食の時にそのことは言ってあったのだが、いくつかの理由から全員一緒に行ってみようという流れになったのだ。


「〝大書庫〟は、いわば古代の遺跡だと思ってもらってさほど間違いではないのです。

 この書庫はヴェルタ建国以前から存在し、野蛮人から太古の知識を守るため、罠や結界なども配置されております。蔵書量は数百年という昔にヴェルタが建国されてから収められたものよりも、それ以前から置かれているものの方が多い程です。裏を返せば、それだけの遥か昔から膨大な知識を守り続けている堅牢な場所であり、それに比例して資格無き者を拒む危険を孕んでいる」


 ヒューナーの言葉に黙って耳を傾ける。

 これは予想以上に大掛かりな施設のようだ。

 ヴェルタが作ったものではなく、元からその場所にあったダンジョンを利用しているようなものらしい。

 その守りの硬さを利用し、ヴェルタの書庫として使っているということか。

 金品よりも、情報の重要さが良くわかっているということだ。


「もう一度言いますぞ。既定の人数を越えれば我々はあなた方の安全を保障できません。無論、万全を期すために同行者は吟味しておりますが、それでも完全ではないとお覚悟下さい」


「ふぇぇー」


「(ク、クロさん、やっぱり私達は待っていた方が……)」


 ヒューナーに気圧され、スティカの影に隠れて泣きそうな声を出すエシリースと、気まずそうに言うアンナ。

 最初は三人のつもりだった。

 しかし、昨晩の会食事に、ライカが言ったのだ。



 ◆



「私も行く」


「……え?」


「面白そうではないか、一緒に行きたいぞ」


「でも、もう行く面子は決まっちゃってるよ」


「フン。私がいれば問題ない。危険だから入る人数が増やせないというのだろう? 私なら呪いも魔術も自分でどうにでもできるし、罠も自分で対処できる。何なら私がお前たちを守ってやってもいい」


「……そうかもしれないけど、入る時に怒られるよ?」


「幻術でどうにでもしてくれるわ」



 ◆



 ───ということでライカが強引に行くと言い出した。


「(ま、まあ大丈夫じゃない? ライカが言うんだし)」


「(い、いいんですか?)」


 幸いなことに、迎えに来たのはヒューナーだけだ。

 王女は公務で忙しいのだろうし、決められた者しか入れいない場所にいくため、付き人も今はいない。

 確かに人間が警戒する程度のものでは、幻獣ライカなら余裕だろう。

 認識を上書きしてしまえばヒューナーが何を言っても無駄である。

 行くと言い出したライカは頑固だし、無理に残しても自分でついてきそうだ。


 だが、なぜ他の面々まで一緒に来ているかというと、これはシラルの話を聞いて決めた。

 王城から戻ってきて会食に参加したシラルとシェリアの話では、まだアンナの家族の行方は判明していないとのことだった。


 文字通り光の速さで情報が行き交っているインターネットのようなものはない世界だし、情報を検索するのだってアナログだ。

 膨大な名簿の中から特定の人間を探し出すのにはそれ相応の時間がかかるのも納得できる。


 それを聞いたアンナは悲しそうにしていた。

 希望が潰えたわけではなくても、やはり焦燥は生まれるだろう。

 このまま屋敷で留守番にしては気持ちが晴れることもないだろうし、何か他のことをしていた方が気が紛れると思ったのだ。

 それなら全員で行こうということになり、一人留守番は可愛そうなのでエシリースも連れて行く流れになった。

 ……ポロはさすがに留守番だが……。


「ましてや女子供、そしてこんな珍妙で小汚い動物までなど……これでは危険云々よりも蔵書の方が心配です。糞尿などされた日には貴重な蔵書が───」


「(……ほう、言うではないか。誰が珍妙で、誰が小汚くて、誰が糞尿を垂れるというのだろうな?)」


 あ……。


「(あ、あの、ライカ、最低限の幻術だけでいいからね?)」


「(おお、わかっているとも?)」


「ぐぐが!?」


 アンナの腕に抱かれたライカがギラリとした視線をヒューナーに向ける。

 と、同時にヒューナーの肩が跳ねた。


「……あ、あー……では参りましょうか。さぁこちらへ」


「あ、あれ?」


 半分寝ているようなふんわりとした顔と口調でヒューナーが促す。

 ヒューナーの変わり様にエシリースがキョトンとし、スティカも頭に「?」を浮かべている。

 ……良かった。

 どうやら心は無事なようだ。


「ご案内します……そして是非後程、可憐なる貴女様の美しい毛筋を梳く栄誉を賜りたく」


「愚か者が。お前ごときが私に触れるなど烏滸おこがましいわ」


「そ、そんな……」


 ……あーあ。


「(また変なことを……)」


「(フン。レディに対するあの言い様、当然の報いだ)」


 さっきまでの威厳はどこへやら……悲しそうな目で項垂れるヒューナー。

 事情を知っている面々は苦笑いするしかなかった。

 とぼとぼと歩き出したヒューナーに続いて、全員で王城の廊下を進んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る