二度目の邂逅

「おい、通れんぞ。いくら夜更けとはいえ、往来の只中に立つとは何事だ。速度が出ていたら轢いているところだぞ」


「……申し訳ありません。そちらの方と少しだけ話をさせて下さい。すぐに終わります」


「なん……? うっ……ぐ……?」


「……!?」


 馭者の騎士は手綱を握ったまま糸の切れた人形のようにカクンと馭者台にくずおれ、そのまま静かになった。

 ……呼吸はしている。

 眠っているようだ。

 それよりも、自分たちの前に立つ者……。


「……その服……あの時の……」


 夜の王都の貴族街。

 人通りのなくなった夜道に立っていたのは二人の人間。

 武器らしいものは持っていないが、どちらもこの街では見かけない服装をしている。

 あの時の記憶が蘇り、周囲の空気の温度が下がったような感覚を覚えた。


「……知り合い、ですか?」


「……アルデルを出た後の平原で、アンナ達を眠らせて襲ってきた二人組だよ」


「……!」


 走車の窓枠から顔を出していたアンナは、それを聞いて目を瞬かせた。

 一人は巫女服や修道服にも似た衣装を身に纏う日本人形のように美しい少女。

 そのやや後ろに控えるように立つ、燃えるような短髪の髪に小さな角を生やした大柄の男。


 見紛うはずもない。

 この世界に来て初めて、〝強さ〟というものを自分に意識させた二人。

 人間離れした体術、剣術、大刀を駆使して戦う大男と、正体不明の術を使う美しい少女。

 以前と違うのは、二人とも武器を持っていないこと、そしてピリピリとした敵意を感じないことだった。


「夜分に罷り越したる非礼、平にご容赦を。そして、その節は……申し訳ありませんでした。許して頂けるとは思いませんが、謹んでお詫びします」


 そう言ってやや前に立った少女が汚れるのも気にせず地面に片膝を付き、ペコリと可愛らしく頭を下げる。

 対して男の方は憮然と立ったまま嫌そうな顔をしていた。


「……ドアさん」


 それを見咎めた少女が呼ぶ。

 すると渋々ながら大男の方も膝を付いた。


「う……ぬ……すまなかった……許してくれ……この通りだ」


 そう言いながら少女と同じように頭を下げた。

 いくら人通りが無いとはいえ、こんな場所でこうして謝られるとどうにも居心地が悪くなる。


「……何だか、クロさんの話していたイメージと違いますね……」


 古竜種をも圧倒する力でいきなり襲い掛かってきたと聞いていたアンナは、その雰囲気の違いに困惑気味だ。

 いや、自分だってそうだ。

 文字通り本当に命の危機を感じさせられた当初の印象が悪すぎて、そのギャップに戸惑っている。


「クロさんのお話の通り、本当に謝りに来た……んですかね……?」


「さぁ、どうだろうね」


 油断はできない。

 それは彼らの力を間近に見た自分が一番よく分かっている。

 だが、あの時のような殺意にも似た闘争の空気が無いのも事実。

 こちらが疑っていることを小声で話しているのは聞こえているのだろうが、膝を付いて首を垂れたままの二人は黙ったままだ。

 アンナも黙り、自分も静かに謝ったままの姿勢の二人を暫し見詰め続けた。


「……無礼は承知、ですが、我々の話を聞いて頂けないでしょうか?」


 数秒か、数十秒かの沈黙の後、少女の方が膝を付いたまま静かに顔を上げて訴えた。

 その目を相変わらず黙ったまま見詰める。

 それをどう受け取ったのか、少女はまた訴えた。


「お気持ちはよくわかります。我々があなたの立場であれば、同じように疑ったでしょう。私共にあなたの疑念を晴らす術は、誠意を以って話すこと以外にありません。

 全ての事情をお話ししますので、どうか」


「……強盗まがいのことをされて、はいそうですねってなると思う?

 それよりもどうやって僕達を見つけ出したのさ?」


 この広い王都で待ち伏せするかのように立っていた二人。

 偶然ということは無い。

 今までずっと付けられていたのなら、気配に敏感なライカが気付くだろう。

 そんな様子も今までには無かった。


「……御尤もです。それも含めて、全てお話しします。お気持ちは重々承知、それでも、話をする機会を頂けないでしょうか」


 そう言いながら少女はまた頭を下げた。

 その声には焦燥が含まれているように感じる。

 チラリと大男の方を見るも、こちらはただ黙って頭を下げたままだ。


「……いいよ。明日、日が中天に来たらもう一度僕達のところに来るならね。どうせ僕たちの動向は筒抜けなんでしょ?」


「……!」


 そう言うと、少女はパッと顔を上げた。

 ダメだろうと思っていたのか、意外そうな顔だ。

 男の方もスッと顔を上げこちらを見る。


「……あ、ありがとうございます! 感謝致します。では明日、もう一度伺いたいと思います。宜しくお願いします」


「……恩に着る」


 二人は安堵に表情を緩ませ、立ち上がった。


「では今夜はこれにて」


「……」


 そのまま踵を返し、夜の街へと消えていった。


「……いいんですか? 罠、とかじゃないでしょうか」


「まぁ信用はしてないよ。罠かもしれないとも思ってる。質問にも答えなかったし……言うとは思ってなかったけど」


「じゃあ、どうして……」


「まず無視はできない。向こうはこの広い王都で僕達を見つけ出した。ここを通るのを待っていたんだから、こちらの動向を探る手段があると見るべきだろうね。ライカがいるのに付けられていたことに気付けないってことは無いだろうし、尾行じゃないと思うんだ」


「言われてみれば……」


「前の時も何かで僕達を探し出してたみたいだから魔法かなにかだとは思うけど、それをこっちにかけているなら逃げ隠れは無駄。実力は前に話した通り半端なものじゃなかった。不意を突かれたら、こっちもどうなるかわからない」


 王都内で強硬手段を取っても逃げおおせるだけの実力はある。

 こちらは無暗に竜の姿には戻れないので、王都内でそうした行動に出られたら危ないどころではない。

 が、出来るのにそれをしてこなかったということは、少しは彼女らの言葉を信用してもいいのかもしれない。

 ライカという前例もある。


「私は初めて見ましたけど、あんまり怖そうじゃありませんでした。女の人の方は丁寧でしたね」


「そうだね。僕も雰囲気が違いすぎて驚いたけど、前のことを考えればやっぱり敵だしね」


「それでも会って……危なくないですかね?」


「今回は前と状況が違うから。ほら、ライカがいるじゃない? ライカなら彼女らの嘘も見破れると思う」


 つくづくライカの能力は便利である。

 いつも頼るのは悪いと思うが、自分に嘘を見抜く力はない。


「ああ、なるほど。それにクロさん並みに強いですからね」


「まぁ戦いまで押し付けたら申し訳ないから、そうなったら僕が頑張るつもりでいるけど、有利には違いないからね。強かった大男の方を抑え込めば、その間に少女の方を捕まえられるだろうし。

 今後付け回されても困るから、ちゃんとライカに事情を説明して、攻撃してきたら今度は本気で撃退するつもり」


 ヴェルウォードの屋敷の中ならある程度無茶はできる。

 万一の時にはシラルやセリスにお願いして揉み消してもらおう。


「でも、本当に話をしたいだけかもしれませんよね。さっきの様子からすると……」


「その時は話をすればいいんじゃない? ライカが嘘ついてないって教えてくれたら話くらいは聞いてもいいよ。……前みたいに何かよこせって言われてもあげないけどね」


「あー、そういえば何かを取りに来たって言ってたんでしたっけ。確かにクロさんの鱗とかを取られたら困りますもんね」


「あれだけ強ければお金には困らないだろうから、そういう理由じゃなさそうだしね。もしかしたらアーティファクトとか希少品を狙ってるのかな」


「お金に困らないならアーティファクトとかも買えるんじゃないですかね。やっぱり他の理由なんじゃ……」


「それもそうか。何にせよ、帰ってみんなに相談しよう。ここで話していてもしょうがない」


「そうですね」


 アンナと頷き合い、ひとまず帰ることにする。

 ペチペチと馭者の頬を叩いてみると普通に起きてくれた。

 しかし、誰かに会ったということは覚えていないようで、居眠りをして申し訳ありませんと必死に謝られてしまった。


 貴人の安全を預かる立場で居眠りなどしたら罰せられるというのも頷けるが、今回はしょうがないだろう。

 苦笑いしつつやんわりと場を濁して、不問だから大丈夫と言っておいた。

 その後、一応警戒はしていたが、何事も無くヴェルウォードの屋敷まで帰ることができた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る