望んだもの

 魔法で光を発する鉱物が小さな会議室を薄ぼんやりと照らす中、セリスは報酬の件を切り出した。

 しかしまだ聞いておきたいことがあった。


「……その前に、教会はどうなりました?」


 今回の影の立役者。

 教会の動向だ。

 教会の支援が無ければ推進派も開戦に踏み切ることはできなかった。

 その話が一度も出ていない。


「……調査中、としか申し上げられません。

 教会に関しては今のところ何も情報が出てきていません。公文書での質問にも返答が無く、諜報部も動いていますがガードが固くなっており、枢機卿クラスの者たちの動きはほぼわかっていない状況です。

 国境に派遣された兵の中にも神殿騎士は一人もいませんでした。別ルートで合流予定だったのか、何か違う作戦で動いていたのか、はたまた動くことすらなかったのか……推進派の士官も困惑していました。

 現在父王が暗部の諜報専門の上位実力者、番号付きの者たちに内偵させていますが、まだ暫く時間がかかるでしょう。ギルドにもこの件については知らせてあり、独自に調査を行っているはずです」


 上空から見下ろした時も、それらしい者たちは見なかった。

 どうにも不気味だが調べているようだし、今は待つしかなさそうだ。


「今わかることは以上です。何かわかりましたら追ってお知らせしましょう。

 では報酬の件に移らせて頂きます」


 いつになるかわからない情報を待ち続けても仕方がないか。

 どの道、教会との件は国側の問題になるわけだし、自分たちに何かしなければいけないことがあるわけでもない。

 セリスの言う通り、先に報酬をもらって問題ないだろう。

 望みのものが手に入れば、ここまで来た目的であるメリエの母親を探す手がかりが得られるかもしれないということだ。

 アンナと共に、セリスの次の言葉を待った。


「以前お約束した通り、ヴェルタが保有している周辺国を含む地理、歴史、過去に起こった事件、その他全ての情報や文献を閲覧できるように取り計らいます。

 ……ただ、これはお願いになるのですが、できれば他言は控えて下さると助かります」


 セリスはそう言いながら苦笑を浮かべた。

 それと同時にヒューナーが眉をピクリと動かす。

 国のことは古竜である自分には関係ない。

 自分を法で縛ることができないという判断でのお願いということか。

 その言葉に頷きを返す。

 別に誰かに喋る必要もないし。


「では、これについてはヒューナー卿から」


 セリスが身じろぎせず黙って座っていた小太りの男性に視線を送ると、ヒューナーは静かに立ち上がる。


「失礼致します。私、王城地下にある〝大書庫〟の管理官を担っております、ヒューナー・ニルドと申します。

 国王陛下、そして王女殿下の命により、〝大書庫〟内にある全ての文献を閲覧できるようご案内致しますので、入場の際は申しつけ下さい。

 ただし、それに当たり何点か守って頂きたいことがございます」


 ヒューナーは抑揚の無い声で淡々と言うと、そこで一度区切る。

 そして一度セリスに目配せすると、本当に良いのか? というようにセリスの反応を見た。

 セリスはそれに笑顔で頷いた。


「……オッホン。まず〝大書庫〟内には危険な文献も保管されています。それらは専門の知識を有し、それ相応の力を持った者にしか開示、閲覧することができません。

 誤解が無いように言っておきますが、これは目にしたものを狂乱させたり、精神を蝕んだり、呪いによって開いた者の命を吸い取るといった物理的に生命の危機を伴う魔導書などがあるということであり、王国の保身のために見せないようにしているといった類のものではありませんので、私の言葉をお守り頂くようお願い致します」


 ……呪いの本とかそういうものだろうか。

 ふと、クトゥルフ神話などで登場する死んだ人間の皮を使って装丁されたり、読んだだけで災いが降りかかったりするという、エイボンの書やナコト写本などのようなおどろおどろしいものを思い浮かべてしまった。

 ……古竜の自分であっても見ることはできないのだろうか……?


「そして当然ながら稀覯本きこうぼんや朽ちて脆くなった文献なども保管されておりますので、無暗に手に取ることもお控え頂きたい。そうしたことを防ぐため、閲覧に際しては私か、司書を専属で同行させたいと思います。

 従いまして、〝大書庫〟に同時に入るのは三名までとさせて頂きます。これ以上になりますと管理上で不備が出る可能性が上がるため、ご理解頂きますよう」


「わかりました」


「最後に、自慢ではありませんがヴェルタの〝大書庫〟は近隣諸国と比べても数多くの文献が集められております。それもあって〝大書庫〟内に保管されている文献の言語は多岐に渡ります。

 また同じヴェルタで書かれたものでも、主流種族の違いにより言語基体の異なっていた古い時代の文献もございます。特に古い文献をお探しであるなら優秀な言語学者を呼ばなければ判読が難しいものもあるかもしれません。

 当然ある程度の知識を持つ司書もおりますが、膨大な文献や資料全てを読める言語の専門ではありませんので、可能なら王立研究院アカデミアから望まれる分野の語学に長けた者を招聘することをお勧めします。

 その際にはその人物に関する調査を行い、〝大書庫〟へ入ることに問題がないかを調べますので少しお時間を頂くことになるでしょう」


「一応私から地理関連の資料の編纂を行っている者は同行させようと思っていたのですが……今回の騒動でその貴族が推進派側とわかり、現在取り調べのために軟禁している状態です。

 読める者をお付けするとお約束した手前、申し訳ないことなのですが……」


 ふむ。

 まぁ仕方が無いだろう。

 そのために来てもらったスティカやエシリースがいるのだ。

 彼女たちに任せてもしも読めないようであれば、また王女に相談してみよう。


 ただ入場制限があるのが少し厄介だ。

 自分とメリエは必ず一緒に行くことになるし、それにプラスして入れるのはあと一人だけ。

 となると行くのはスティカかエシリースだが、学院での経験を鑑みるとスティカが適役だろうか。

 ダメだろうとは思いつつ、ついでに質問してみた。


「本を持ち出したりすることはできますか?」


 この質問にヒューナーは無言でセリスに視線を送った。

 その意図を察し、セリスが答える。


「……物によっては許可もできますが、お二人が望まれていたような文書になると少し難しいかもしれません。過去に起こった歴史や事件の中にはギルドや国家間との信頼を揺るがすようなものや、国民には秘匿しておかねばならないようなものも含まれているのです。

 大変申し訳ないのですが、誰かの目に触れる可能性がある以上、国を預かる身としては許可することはできない物もあります。どうかご理解下さい」


 真剣な顔で頭を下げながらセリスは言った。

 予想していた通りの答えだった。

 まぁ見せてもらえるだけ有難いのだし、贅沢は言うべきではないだろう。


「わかりました。そちらの意向に従います」


「ありがとうございます」


「……それでは、私は禁書が置かれた区域を含む全ての書架を案内できる司書、加えて禁書の魅了や禁呪を退けることができる魔術師を斡旋して参りますので、ここで失礼致します。ご用命の際はお呼び下さい」


 ヒューナーは静かに立つと、セリスに一礼してそのまま会議室を出て行った。


「……〝大書庫〟には、明後日以降には入れるように手筈を整えておきます。同行する者には禁書の封印を解く許可も与えておきましょう。人間の……それも一国家の書物ではお二人を満足させるような智慧は所蔵されていないかもしれませんが……」


 〝二人を〟とはいいつつも、セリスは自分を見ながらそう言った。

 セリスには情報を望んでいることは言ったが、なぜそれを望んでいるかは教えていない。

 人間が言い伝えてきた古竜というものは、力だけではなく知能や知恵も人間以上に有しているという認識だ。

 古竜が興味半分で人間の知識を見たいと考えたから、そう言ったのかもしれない。

 実際はそんなことはないし、見せてもらうことは大変ありがたいのだが、今言う必要は無いだろう。


「また必要でしたら王都に滞在している間、特権で利用できる施設、人員、金銭的な支援も可能な限り行いましょう。

 私からの報酬についてのお話はこれで全てでしょうか。他にありますか?」


「あ、あの」


 セリスが言い終わると同時に、アンナがやや焦った声を上げる。

 セリスはそれに対し特に慌てるでもなく、今までと同じように穏やかに返した。


「何でしょう、アンナさん。……そういえば、全てが終わったら話があると言っていましたね。それに関する事ですか?」


「は、はい。あの……私なんかが……こんなことを頼んではいけないのかもしれませんけど……でも……私の……私の家族を探してもらいたいんです!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る