原点
「あ! クロさーん! あれ! あれがアルデルじゃないですか?」
「そだねー」
「……あれ? アルデルに用があるんじゃ? ……通り過ぎましたけど」
「アルデルというよりも、僕とアンナが出会った森に用があるんだ」
王都を出て雲の高さを飛び続けること数時間。
雲の切れ間から見える眼下の景色に、見覚えのある都市が映る。
大人数を乗せているとはいえ、かなりの速度を出しているので街道を移動した時とは比べ物にならない速さで戻ってきた。
「つい数日前のことなのに、随分と時間が経った気がするな。それだけクロ達と出会ってからは濃い時間だということか」
雲が多いのでいつも地上の様子を見ることはできなかったが、時折こうして懐かしい景色が見えたりするとアンナやメリエが反応していた。
ライカはいつもの調子で空を楽しみ、自分が生まれたという場所に強い興味を示してどんなところかと聞いてきていた。
しかし、どんなところかと言われても森と山以外に言いようが無いのでそれしか説明できていない。
あとは直接見てもらうしかないだろう。
そして初めて空を飛んだエシリースはというと。
「エ、エシーさん?」
「は、はいぃ」
「目を開けても大丈夫ですよ? ほら、とってもいい景色です」
「むむむむりです。怖いですぅ~」
こんな感じである。
最初は気丈に振舞っていたのだが、高度を上げたところでこんな様子に変わった。
どうも高所は苦手らしい。
スティカのこともあって弱音は吐かなかったが、アンナの背中にヒシとくっついたままずっと目を閉じている。
防護膜でちゃんと包んでいるので落ちることはないのだが、高所が怖い人にとってはそんなことは関係ない。
飛行機や電波塔の展望台だってしっかりと守られているが、高所恐怖症の人にとっては怖いものは怖いのだ。
アルデルを過ぎ、飛び続けること数十分。
もう眼下に人工物は見当たらなくなった。
アルデルはヴェルタの西の端にある辺境の街。
この先に広がるのは普通の人間は踏み入らない未開地。
人ではなく、動物や魔物の領域なのだ。
広大な草原を越え、やがて見覚えのある二つの山の陰と青々とした森の境界が現れる。
「見えたな。デルノの森だ」
「なんだか懐かしいです。狼さんたちは元気ですかね」
「クロ達が出会ったという
「結構時間が経ってるけど、今もいるかねぇ。いたら挨拶しておこうか」
そのまま飛び続け、草原と森の切れ目に差し掛かると、まずは狼親子がいた泉を探すことにした。
「(ここがクロの生まれたという森か……確かに美しい森だが、竜の巣というには些か迫力に欠けるな)」
拍子抜けと言わんばかりにライカが零す。
一体どんな大魔境を想像していたのやら……。
だが、気持ちはわからなくもない。
この森は竜種の中でも希少で強力な古竜種が縄張りとするには人界に近く、そして穏やかだ。
恐らく自分がライカの立場でも、同じくイメージと違うと思ったことだろう。
「……ん?」
「? どうかしました? クロさん」
徐々に大きくなる、かつて自分が生まれた山。
その山の頂には火口のような穴があり、そこで自分は母上と暮らしていた。
近づいたその山から、幽かに何かの気配を感じ取ったのだ。
「……いや……」
何の気配かはわからないが、確かに何かがいるようだ。
一瞬母上が戻っているのかと思いもしたが、竜のような強い気配ではない。
自分と母上がいなくなって暫く時間が過ぎたし、もしかしたら別な動物や魔物が棲み付いているのかもしれない。
ほかの生き物が作った巣穴を再利用するというのは自然の中ではままあることだ。
山の頂の巣穴には母上との思い出以外には何もない。
思い出の家を見れないというのは寂しい気持ちもあるが、わざわざ暮らしている何かの邪魔をしに行くことも無いだろう。
用があるのは巣穴ではなく、この場所だ。
母上と暮らした二つの岩だらけの山を目印に、アンナと出会った泉を探す。
さすがに長い時間を過ごした場所だけあり、今でもはっきりと覚えている。
すぐに泉を見つけ、降下した。
「懐かしい……変わっていませんね」
「おお。これはまた美しいな」
「うわぁ……綺麗……」
泉の畔に降り立つと、その美しさに背中の面々が溜息を漏らす。
飛び立った当時と変わっていない、静謐な水面が出迎えてくれた。
人の手の入らない自然の美しさはやはりいいものだ。
「(静かな所だな……クロが生まれたという場所か……ここで何をするんだ?)」
「ここはね、僕達が星脈って呼んでいる場所なんだ」
用があったのはアルデルでも生まれた巣穴でもない、星脈だ。
この一帯であればどこでも構わなかったのだが、居心地の良さでこの泉を選んだ。
そういえば狼親子の気配は感じない。
もうここを離れたのか、それとも出かけているだけなのか。
「(セイミャク?)」
「簡単に言うと、竜語魔法を使うための魔力みたいなのがすごく多い場所かな」
「(! ……星の血の集まる所ということか……)」
ここ以外にも星脈は点在している。
ヴェルタ軍と隣国のドナルカ軍が激突しそうになった国境にある平原も星脈だった。
今回は単純に一番近く、場所を知っているのでここを選んだのだ。
「あ、あのぉ、アンナ様……クロ様は、どなたとお話ししてるんでしょうか……?」
「あ、ええと……」
ライカとやりとりをしていると、エシリースがおずおずとアンナに聞く声が届いた。
そういえばまだライカのことは知らせていないのだ。
傍から見れば無言の動物に熱心に語り掛ける怪しい人……いや、怪しい竜である。
「……面倒だから言ってしまうか。どうせ長い付き合いになるのだろう?」
「はえ?!」
別に素性を隠しているというわけでもないライカは、あっさりと正体を明かす。
実に堂々と人語を喋る狐を見て、エシリースは再度アンナの背中に引っ付いた。
「私はライカという。今はクロと一緒に旅をする身だ。騒ぎになるから言わなかったが、クロと同じように人前では内密にな」
「は、はぁ……ご丁寧にどうもー……」
迫力あるライカに気の抜けた返事を返すエシリース。
自分の時程の驚きは無いようだったが、ぽかんとしている。
「僕のことやライカのことも含めてこの後色々説明するね。とりあえず治療をしよう」
古竜についてや幻獣ライカのことも話す必要があるだろう。
だがそれは後回しだ。
まずはスティカの治療をしてしまわなければならない。
「そうですね」
「クロがいれば大丈夫だとは思うが、私も警戒しておこう。それくらいしかやることもないしな」
「は、はい! スティちゃんをお願いします!」
「じゃあまずは降ろそう。降ろしたら僕、ちょっと準備する」
真っ先に飛び降りたライカは興味深そうに周囲を見渡し、それに続いて降りたアンナとメリエが荷物を下ろしていく。
最後にエシリースがスティカの固定を解き、メリエと協力しながらそっとスティカを抱え上げる。
アンナが敷いておいた外套の上にスティカを横たわらせると、エシリースは心配そうにその横に座り込んで頬を撫でた。
「……私、お湯の用意をしておきますね」
「うん、お願いね。僕はちょっと集中するから、メリエとライカで周囲の警戒お願い」
「いいだろう」
飛竜の体色を解き、フワフワの草と土を踏みしめる。
伝わってくる落ち葉の感触と沈み込む柔らかさは前と同じだ。
のっしのっしと泉の傍までやってくると、その水面を覗き込む。
少し大きくなりつつも、前と同じクリクリの目をした黒い竜が映る。
角は以前よりも大きく複雑に伸び、枝分かれしている。
顔もややシャープになったというか、キレが出たような感じだ。
牙も生え揃い、猛々しさも増した。
懐かしい泉の鏡面。
だが今は遊んでいる時ではない。
波も無く静まり返った水面を見詰め、その水底に溶けるように心を沈める。
母上から学んだ星素の扱い。
それを思い出しながら、集中する。
星素を取り込み、循環させる。
その流れを徐々に強く、強くし、取り込む量を増やしていく。
いつもの星術を使う時とは違い、使わずに貯め込むイメージ。
星素の濃度を濃くし、いつも以上に体内に充溢させる。
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