所有権限
じろりとねめつけるようにこちらを見るリヒターだったが、先程までよりも幾分か視線が柔らかくなっている気がする。
「おっと、その前に……おめぇさんらは奴隷を買うのは初めてだって言ったな。なら最初に、連盟が定める奴隷管理法に基づき、所有登録をすることになる。登録はおめぇさんらが所属するパーティかクランが連盟のリストに登載されている必要があるんだが、おめぇさんらはギルド登録されているパーティかクランに所属しているか?」
そう言いつつ、またパイプから煙をくゆらせる。
「いいや……しかし今までに聞いたことが無かったな。本当にそれが必要なのか?」
リヒターの説明を黙って聞いていたが、わからないことが多い。
この中では一番知っているメリエでも知らないようで、小首を傾げて聞き返している。
「ああ、闇市で奴隷を買うって命知らずな方法で手に入れるなら話は別だがな。
だが……もしもそれをやるなら忠告しておいてやるぜ……やったらおめぇらは一生お尋ねモンだ。俺ら正規の奴隷商連盟、ギルド連合、そして国家群全てが敵に回る。名うての傭兵団に騎士団、賞金稼ぎ、ギルドの執行部に追われる覚悟を決めてからやるんだな」
にやりと口元を歪め、そう言い放つリヒターの声は鬼気迫るものがあった。
人を想うリヒターが、闇で人を食い物にしている者共を許すはずがない。
そんな感情が伝わってくる。
「そんなつもりはない。ただ聞いたことがなかったんでな」
そんなリヒターの雰囲気に気圧されてか、メリエの声も少し引き攣っていた。
「そうか。それならまずは、ギルド連合か王国に登録手続きをしてきてもらう。
村や町の長となれば農業奴隷を買ったりするのに国が一括登録をしているが、個人ではしていない。ハンターや傭兵でも大手のクランやパーティに所属していなけりゃ知らないのも無理はないかもな。大きなクランやパーティならそこの長だけ登録してありゃ構成員はする必要がないんだが……。
まぁ疑うってんなら商人ギルドに行きな。奴隷管理法は国家群もギルド連合も噛んでるからな、頼めば一から説明してくれるぞ。それにどの道、登録をしに総合ギルドに行ってもらわにゃならん」
「ここではできないのか?」
「できん。悪いが奴隷商館はどこもそうした大掛かりな登録業務はやっていないぜ。
ギルドに登録しているなら血で個人の情報を焼き付けてギルドカードを作っただろう? それと同じ原理で登録をするんでな。
ギルド連合と国家群の重要機密に指定されている登録用魔道具を、いち商店に置けると思うか?」
「なるほどな」
「登録は所有権限を有することになる者が登録料を支払う。言ってみりゃ王国に収める税金みたいなもんだな。これを払わないで購入した奴隷は例外なく全て違法だ。
個人の場合、料金は金貨50枚。これは奴隷の値段とは別で、これを払ったからって価格は安くならんぞ。
たけぇと思うかもしれんが、この金で俺たちは奴隷にならざるを得ないような人間を保護している。奴隷になってからの管理も含めてな。何も売り買いだけが奴隷商の仕事じゃないってことだ。
と、言うより寧ろ、これを高いと思うなら奴隷の購入は勧めないぜ。例え一番下の値段の奴隷を買ったとしても、食費やなんかを考えるとバカにならねぇ金がかかる。条件のいい奴隷を買うなら、どうなるかはわかるな?」
ふむ。
単純に利益目的だけで奴隷を売り買いしているというわけではないらしい。
身売りに来る者を引き取り、労働できるまでに教育し、奴隷として売られてからの人権保護のようなものもしているということか。
リヒターの話しぶりからすると孤児などの引き取りもやっているのだろう。
思った以上にセーフティーネットとしての役割が強いようだ。
それだけ徹底して管理されていると、奴隷というよりは派遣企業のような感じがしてくる。
商売として成立する以上、それなりのシステムが作られているとは思ったが、ここまでしっかりしたものとは思わなかった。
そして、そうしたルールに則っていない奴隷の売買……それらは人権を全く無視した、本当に人間を〝奴隷〟として取引しているものということか。
アンナは母上と暮らしていた森に奴隷としてやってきたが、とてもじゃないが人として扱われていなかった。
つまり森に来たあのハンター達は、非合法の方法でアンナを入手したか、そうじゃなくてもリヒターが言うようなルールを守らなかった違反者だったということだ。
「……わかった。では一度総合ギルドで登録を済ませてこよう」
「ほう。登録料だけでも結構な額だが、迷い無いな。おめぇさんら、見かけ以上の実力者なのか?
……いや、詮索は無粋だな。忘れてくれ。登録は商人ギルドの受付でやってくれるはずだ」
「わかった。ではまた来ることにしよう」
メリエが立ち上がるのに合わせ、自分もアンナも立ち上がる。
それを座ったままのリヒターがにやりと笑いながら見上げた。
「ああ、おめぇさんらは結構気に入った。また来てくれることを願ってるぜ」
リヒターの不敵な笑みに見送られながら、一度奴隷商館を後にする。
来た道を戻り、総合ギルドに向かった。
「メリエの言った通り、後回しにしなくてよかったね」
「手続きがあるのは知っていたが、ここまでとはな。予想以上に時間がかかりそうだ。
恐らく購入が決まってからも説明やら手続きやらがあるはずだ。今日丸一日使うと思っておいた方がいいかもしれないな」
「もし買うことになったら服とか日用品とかも買ってあげないといけないしね。そういえばどれくらいの値段なのか聞いておけばよかったかな?」
一応まだ緑金貨が20枚くらいはあったはずだが、登録料だけで金貨50枚もかかるのだ。
価格もそれなりはするだろう。
そして買った後の買い物もある。
これはもう一つアーティファクトを作ってお金にしておいた方がいいかもしれない。
今なら事情を知っているヴェルウォード夫妻や王女に説明して引き取ってもらうこともできそうだし、アルデルの時のようにびくびくしながらオークションに出す必要もないだろう。
まずはリヒターに値段を聞いてからだが、必要なら資金集めをしなければならなくなりそうだ。
「ふむ、確かにな。まぁ足りないようならまたクロのアレを売ればいいんじゃないか?」
「うん。僕もそう思ってた。今夜にでも何か作っておくよ。素材はいっぱいあるしね」
総合ギルドに向かって歩きながらそう話していると、奴隷商館では全く興味なしの様子でアンナの腕に収まっていたライカがぽつりと言った。
「(……古竜の秘宝か……それが作り出されるところを見られるかもしれないとは、珍しい体験だ)」
「(秘宝って……そんな大それたものじゃないよ。ライカに渡してあるものの方がいいものだし)」
そういえば【伝想】を込めたアーティファクトを作るときには、ライカは見ていなかったっけ。
できたものを渡したのだ。
「(はぁ……クロは本当にわかっていないな。古竜種の創り出すアーティファクトは恐ろしく希少だぞ。それは人間にとってなどというものではない。我々知性ある生物全体で見てもだ。
古竜の鱗や骨といったものは星の血との親和性が極めて高く、人間に限らず至宝としている生物も多いんだぞ。オサキも確か古竜の牙を一つ、大切にしていたな……。
それが道具ともなればどうなるか。そもそもクロのように道具を創り出そうと考える古竜自体が数少ない。それに加えて古竜種の絶対数の少なさ……秘宝と呼ばれても遜色あるまい?)」
「(そ、そうなんだ……でも鱗とかだけで持ってても何に使うのかね……?)」
「(持っているだけでも星の血で持ち主の能力を高めたり、薬として使うこともある。知性ある者の手に渡る前に朽ちてしまうことの方が多いから、手に入れるのは難しいと言っていたな)」
そんな効果があるのか。
おそらくライカが言う星の血とは星素のことだろう。
母上も星脈を血の流れに例えていたし。
何も施さなくても鱗とかに星素が集まって近くの者に影響を及ぼすのだろうか。
その辺はちょっと調べてみないとわからないな。
話しているうちに総合ギルドまで戻り、商人ギルドの窓口に行って登録のことを伝えた。
するとすぐに手続きをしてくれた。
記入はいつも通りメリエに任せ、名義だけ自分のものにしてもらう。
料金を支払った後、ギルド登録の時のように出された金属板に血を落として登録は完了した。
その後に少しだけ説明を受け、総合ギルドでやることは数十分もかからずに済んでしまった。
詳しい説明を聞くかどうか尋ねられたが、それはリヒターがしてくれるはずだ。
その時にしっかりと聞けばいいだろう。
「意外とあっさりだったね」
「でもクロさんが緑金貨を出したら受付の人がびっくりしてましたね」
「だって金貨で50枚はなかったんだもん」
「大金貨も無かったのか?」
「ああ、あのちょっと大きい形が違う金貨だっけ? なかったね。皆の装備を買ったりとちょいちょい使って崩しちゃってたし」
「じゃあ仕方なかろう。ギルドの人間にしか見られていないし、目立つこともないから気にしなくてもいいさ」
登録料の支払いの時にお金を確認したが、やはり緑金貨で20枚くらいは残っていた。
これで足りなければ売ってくるしかないだろう。
「(おーい。そろそろ腹が減ってきたんだが?)」
「(まだお昼には早すぎるよ。もうちょっと待って)」
「(むぅ。そう言われても減るものは仕方なかろう)」
「(じゃあ奴隷商館に戻る途中にあった屋台で買うのはどうですか?)」
「(あの美味そうな匂いのする店か! いいな!)」
「(じゃあ途中で買うから、ちゃんとした昼食までもうちょっと待ってて。お昼の前に奴隷商館に行っておきたいし)」
ライカの空腹を埋める物を探しつつ、再度リアズラー奴隷商館に向かう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます