次にやること

「じゃあ次に、少し今後のことを決めておこう」


「今後……というと、地図を見せてもらったあとですか?」


「いや、地図見せてもらうまでに時間かかるみたいだし、その間の暇な時間の使い方。それから、さっきもシェリアさん達に言ったけど少し気になることもあるんだよ」


「……教会の動向……か?」


「それも一つだね」


 メリエの言う通り、総合ギルドでハンターギルド総長のバークに言われたこともある。

 推進派へ加担した理由、使徒の神秘で退いた後のこともよくわかっていない。

 国境へ増援として向かっていたということだが、街道を進んでもそれらしい集団は見かけなかった。

 もしかするとヴェルタ軍の走車の列に混じっていたのかもしれないが、それも今となっては自分たちだけでは調べることもできない。


 なんにせよ、ギルド連合と同じように国を跨いで勢力を広げる教会がヴェルタ一国のために戦力を拡充するとは考えにくい。

 多額の布施を渡されたくらいで、下手をすれば体制そのものの地盤を揺るがすことになるような一件に加担するだろうか?

 そう考えると、まだ何かありそうな気がしてくる。


「まぁ細々とした気になることは他にもいくつかあるんだけど、それは追々でいいか。教会の件は今の僕達じゃ注意するくらいしかないし、そこまで気にする必要はないかもね。

 それよりもさ、単純に王都でやりたかったことをやりにいこうかなって」


 気にはなるが、こちらから積極的に動く類のものでもない。

 警戒するくらいしかできることが無いのも事実。

 そう言った途端、何かを思い出したのかアンナとメリエがピクリと反応した。


「ああ、そういえば総合ギルドに登録に行ったきりでしたね」


「そ、そうだな。じゃあ今度こそ私が王都を案内しよう……いや、その前にまず服を買いに行くか! 仕事の時の服や装備では味気ないし、やはり少しくらい可愛いものも……」


「……メリエさん少し落ち着いて下さい。行く時はみんなで、ですからね」


「うっ!? わ、わかっているとも!」


「まぁ確かに観光もいきたいけど、すぐに王都を出られるように旅の準備もしておきたいんだよね」


「む? なぜだ?」


「予想ではあるけど、まだ何かありそうだからさ。逃げるって言ったら言葉は悪いかもしれないけど……」


 こう言ったところ、アンナとメリエは一瞬考えこんだが、ライカはすぐに気が付いた。


「……まぁ何となく想像はつくな。クロの力を目の当たりにした人間どもにとって、クロは途轍もない脅威であると同時に、たまらない輝きを放つぎょくにも見えていることだろうからな」


「まぁね」


「なるほど。そういうことか」


「この都に住む人間どもにとって直接的な害を齎す当面の脅威はいなくなった。目の前の危機がなくなり、余裕が生まれると己の欲に流される……特に今まで見てきた貴族という輩はな。

 クロもアンナも姿は偽っていたが、人の口に戸は立てられぬ。最近になって突如王女と親しくなった人間……真実ではないにしても、憶測や推測からでもある程度まで辿り着く者は辿り着くだろう。

 ……クロを取り込もうとあの手この手でくるんじゃないか?」


 ライカはそこまで言ったところで、他人事のように欠伸を一つ。

 大体ライカが言った通りだ。


 貴族……国政に携わる人間はこうしたことに強かだというイメージがある。

 シェリアが言っていた王様のお礼という言葉にも、裏に何かあるのではないかと勘繰ってしまう。

 目をつけられたら相手にせず、目的を果たし次第早々に出て行きたいところだ。

 教会の件も貴族の件も正体を知られているわけではないと思うが、準備はしておく方がいいだろう。


「でも報酬は見せてもらわないといけないし、それまではいないとね。アンナも王女様と話がしたかったんでしょ?」


「……あ、はい……」


 そう言ったところ、アンナは少し悲し気に目を伏せた。

 何となくだが、アンナが考えていることは予想がついている。

 当たっていればあまり触れられたくないことだろう。

 あえて気にしないように振舞うことにした。


「全員で注意を払うしかないな。私は殆ど関わっていなかったから平気だとは思うが、今まで通り単独で行動することは極力避けよう。

 そういえば奴隷の件はどうする? 王女の話では読むための知識がある者をつけてくれるという話だが?」


「んーまだ確定ではないけど、やっぱり一人は知識の豊富な人が欲しいかな」


 今後のことを考えるとやはり知識ある人はいてほしい。

 ギルド登録をしたことでギルドからある程度の情報を得ることはできるようになったが、気を遣いながら情報収集するのは面倒だし、どこでボロがでるかもわからない。

 できればヴェルタのことだけではなく他の国についても色々と知っている人がいてくれるといいのだが、それは贅沢が過ぎるだろうか。


「そうか、なら早めに買う方がいいな」


「どうして?」


「買った奴隷だって旅支度が必要だ。装備、食料、日用品、所有登録もしなければならんし、出立間際に買ったらそれだけで数日は遅れるぞ」


「そうか、そうだね。じゃあ観光の前にまず一緒に旅をしてくれる奴隷を探そうか」


「ふふん。竜に買われるなど、それこそ人間から見れば絶望ものだろうにな」


 ベッドに飛び乗ってゴロゴロと転がり始めたライカが、鼻を鳴らして笑う。

 それにややむっとした声で返した。


「失敬な。ちゃんと仲間として扱うよ」


「ハハハ。クロがそう思っても、その人間は食われるとでも思うんじゃないか? せいぜい優しくしてやれよ」


 そもそも人間の姿で買いに行くのだ。

 買われる時に誤解されることは無い……はずだ。

 冗談ぽく言っているのでライカもその辺はわかっていてからかっているのだろう。

 思えばこの程度の冗談を言い合えるくらいには長い付き合いになったライカだが……。


「……王都を出るってことはライカとももうすぐお別れかな?」


「えっ!?」


 そうつぶやいた途端、アンナが悲し気な声を上げる。


「ん? 何故だ?」


 対してライカはまるで気にしていないのか、それとも伝わっていないのか、余裕の表情でベッドの上を転がりながら聞き返した。


「だってライカは王都に住んでるんでしょ? ここが縄張りだって言ってたし」


「人間に興味があるからいただけで、そこまで重要というわけではない。縄張りは必要に応じて変えればいいだけのことだ。私はアンナ達といる方が面白いからついていくぞ? まだ空も飛びたいしな」


「本当ですか!?」


 アンナは喜びに顔を綻ばせるが、自分は一瞬呆けてしまった。

 それを見てさっきとは逆に、今度はライカがむっとした声で聞いてくる。


「なんだ、ついてこられたら困るのか? 心配せずとも自分の分の食事くらいは自分で取ってくるさ。それでもダメなのか?」


「あ、いや、そうじゃなくて、意外だなーと……」


「何が意外なんだ?」


「いや、もっとこう縄張りとかにはうるさいのかと思ってたから。出会った時も戦いになるくらい拘ってるみたいだったし」


「だからさっきも言っただろう。縄張りは必要に応じて変えるものだ。普通の獣達でも、その縄張りで食料が取れなくなれば移動するし、気候が変われば場所も変える。

 この都に来る前には何度も縄張りを変えていているぞ。人間の住んでいる場所はここだけではないし、必要になったらまた適当な場所に構えるさ。

 そんなことを言うならお前の方が意外の塊ではないか。竜という常識から外れたことばかり、クロに比べたら私の縄張りの件など些細なことだろうに」


「うっ……ま、まぁわかったよ」


 そう言われるとつらいものがある。

 確かに常識外れの塊というのは当たっている。


「じゃあこれからもよろしく」


「ああ、クロとの時間は有意なものだからな。私からも頼むぞ」


 実際、ライカがいてくれて助かることはたくさんある。

 一緒に居てくれるというなら、これ程心強いことも無いだろう。


「ふふふ。ライカさん、またよろしくお願いします」


「私からも、よろしく頼む」


「気にするな。私がついていく立場だからな。仲良くしようじゃないか」


「それじゃ、明日は買い物だね。またメリエ達に旅支度とか頼んでいい? 僕は奴隷商館を見に行ってくる」


 やはりアンナを連れて行くのは少し憚られるので、そう提案してみる。

 メリエは察してくれたようで、黙って頷いた。

 しかしアンナは……。


「……クロさん、私も一緒に行っていいですか?」


 奴隷のことはアンナに嫌なことを思い出させるだろうと気を遣ったのだが、本人からそう提案された。


「……アンナ、あまり気分のいいものではないかもしれないぞ?」


「いいんです。クロさんが心配したように別行動はしない方がいいと思いますし、それよりも一緒に旅をする人は見ておきたいかなって」


 そこまで言うならいいか。

 辛そうになるようならすぐに出てくればいい。


「……そっか。じゃあみんなで行ってみる?」


「わかった。場所は明日にでもギルドで聞けばいいだろう」


「スイ達が知ってるかもしれないし、食事の時にでも聞いてみようか」


「そうですね」


「まぁ他の買い物とかのことは明日また考えよう」


 そこまで言ったところでノックが響く。


「失礼致します。お食事の用意が整いましてございます。食堂へお越し下さいませ」


 ドア越しに執事の声が聞こえてきた。

 真っ先にライカが反応し、猛スピードでドアに駆け寄る。


「じゃあご飯に行こう」


 全員で食堂に向かい、スイ達と豪勢な食事を堪能し、その日は柔らかいベッドで眠りについた。

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