虚
視線を空中に浮かぶ、小さなエルフの魔術師に合わせる。
そして吸い込んだ息を向かってくる男に向け、大きく吐き出した。
それと同時に星術を発動。
「「!!?」」
竜の肺活量を最大限に使用し、口元から灰色の煙を猛烈な勢いで放つ。
「ブレス!? 毒……煙幕か!?」
毒を警戒したためか、向かってきた男が一度立ち止まり、口元を抑える。
「バーカ! お前のような巨体では目くらましなんて……!」
エルフの方も一瞬表情を強張らせたが、すぐに杖を構え直し、何かの魔法を使う準備をしているようだった。
それを見たのを最後に、こちらからの視界も煙に遮られて灰に塗り潰される。
両者の視界が切れたことを確認し、すかさず次の星術を発動する。
「(ライカ! 一度防護膜の星術を切る! 少しだけ耐えて!)」
「(!? クロ!?)」
次に使ったのは【転身】の星術。
それもただの【転身】ではなく、集めた星素を圧縮して姿を変える速度を出来うる限り速めたもの。
瞬きする間にも満たない一瞬の浮遊感の後、古竜の巨体は即座に解け、全身を竜鱗で覆った半人半竜の人型となる。
更に今回は、両腕を元の古竜のものに留め、竜爪も健在。
ライカは人間と古竜の姿をしていた時の自分しか見たことが無かったためか、異形に変わった自分を見て驚いていた。
しかし今は相手をしている時間は無い。無視する。
本人が嫌がったため、ライカには【伝想】以外のアーティファクトは渡していない。
防壁も電撃カウンターの守りも無く、本来の力も発揮できない状態であの二人に攻撃されるのは如何にライカでも危険だろう。
まずは確実に、素早く一人……。
「(行く!)」
覚えておいたエルフの魔術師が浮かぶ空中に向かい、全力で立ち込める煙幕に突っ込む。
「チッ! こんな煙、ボクの魔法なら一瞬───うおっ!!?」
ブオッという風を切る音と共に、煙を突き抜けて眼前に現れた自分を見て、空中で魔法を使おうとしていたエルフの魔術師が驚愕する。
襲ってきたのがついさっきまで戦っていた巨体の竜ではなく、見たことも無い半人半竜の異形。
それが在り得ない猛スピードで接近し、今正に己の首を掻き切ろうと僅か数十センチ前で両腕の竜爪を構えているのだ。
これで驚かないのなら何をしても驚くまい。
「……っ!! 大地の堅牢!! 硬く! 硬くあれ!!」
エルフはこちらが腕を振り抜く瞬間、即座に杖を前に出して叫んだ。
その声で杖の結晶がまた輝く。
首を狙った竜爪と、輝く結晶が埋め込まれた杖が激突する。
木製の杖と竜爪がぶつかったとは思えない、高い金属音が響き渡った。
(……! これに反応してくるのか!!)
視界を奪う煙の中からの、肉体と精神両方の虚を突く一撃。
それも古竜の爪による強烈な斬撃を、子供のようなエルフは受け止めてみせた。
咄嗟の判断に魔法の発動速度、そしてその瞬発力。
さすがは国の闇で暗躍する実力者だ。
戦い慣れしている。
ライカが警戒するだけのことはある。
人間がこの見た目で油断すれば、その次の瞬間には魔法で殺されていることだろう。
そして弾丸のような突進力と竜の腕力による一撃を受け止めた杖。
木製の杖なのに鋼を両断する竜の爪が喰い込みもしない。
杖ごとでも切り裂けると踏んだのだが、甘かった。
「ぎぎぎ! っのお!! 何だお前!?」
鍔迫り合いになるかと思いきや、すぐに力が緩む。
こちらは星術が制限されるため【飛翔】などは使っておらず、突進の勢いと腕力しかない。
つまるところ、空中では踏ん張ることができない。
初動を抑えられると、もうあとは地上に落ちるしかないのだ。
(なら!)
油断を狙った一撃。
逃せば警戒される。
必ず、ここで仕留める。
その思いと共に、手が離れる前に相手の杖を両手で握り締め、腕力で体を覆い被さるように持ち上げ───。
(【元身】!!)
すぐさま異形の人型が解け、数秒前と同じ古竜の姿へと変わる。
体感覚のズレは拭えないが、そんなことを気にしている場合ではない。
「なん!? うおわ!!?」
小さなエルフが再度驚愕で目を見開くが、驚く暇も与えずエルフに巨大な質量が襲い掛かる。
がっしりと杖を握った腕はそのままに、上から重さと威圧、両方の重圧を遠慮なく叩きつけた。
「ぎぎ!! があ!」
人間が使う浮遊の魔法でも、さすがに桁違いの質量を空中に留めておくことはできないようで、すぐさま地上に落下し始める。
落下の僅かな浮遊感。
そのままエルフを下にし、石造りの床に叩き付けた。
「ぐがっ!!」
ズドンという音と衝撃。
それと同時に石床が凹み、クレーターのように沈み込む。
驚いたことに、これでもエルフは生きていた。
数トンにも及ぶ、石床を砕くほどの質量に上から押し潰される。
普通なら原型も分からない無残な姿になりそうなものだ。
しかし押さえつけていた手をどけると、重圧と衝撃によるダメージで手足は折れ曲がり、あちこちから血を流し気を失ってボロボロになりながらも原形を留めたエルフがいる。
(……これも加護とやらの力か、それともこのエルフの魔法か……? いずれにせよ……)
生きている以上、放っておけば回復される。
それにまだ厄介な敵が残っているのだ、躊躇っている暇はない。
一瞬の逡巡、しかしすぐに、迷わず殺せというライカの言葉と自分には護るべき者がいるのだということを思い出す。
気絶したエルフの首に爪をかけ、首を刎ねた。
飛んだ首、流れる血、離れた位置から星術で命を奪うのとは違い、自らの手で命を奪う。
それに思うところが無いわけではない。
しかしそれに囚われるわけにもいかない。
以前この手で命を奪った経験もあり、すぐに気持ちを切り替えることができた。
如何に常軌を逸した護りと回復力を備えた加護とやらも、首を切り飛ばされて死亡した者を復活させることなどできないだろう。
そんなことがもしできるのだとすれば、この世界の教会はもっと力をつけているはずだ。
「ぐあ!!」
エルフ見下ろし死んだことを確認したところで、ライカの苦悶の声が煙の向こうから響く。
(!! ライカ!!)
未だ部屋に蟠り、視界を覆う灰色の煙を吹き飛ばすために翼を広げる。
さすがの星術でも重度の凍傷や裂傷を瞬時に治癒することはできない。
ましてや敵の攻撃に意識を割かなければならない状況では術の精度も落ちてしまう。
だが、癒しの星術をかけていたのもあり、多少の痛みを我慢すれば動かすことはできる。
攻撃の時のような勢いは無いが、羽ばたいて風を起こすくらいなら問題ない。
すぐに翼で風を巻き起こし、煙を吹き飛ばす。
(!!)
飛ばされた煙の向こうに、
ライカの金色の尾の半分ほどが血で赤く染まっている。顔色もおかしい。
「……俺との闘いの最中、下らんことをするからこうなる。その代償は、高くついたな?」
男は右手の黒い刃ではなく、左手に持つ剣を構えていた。
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