使徒
「(なんだと……? 古竜種は……世界を操れるというのか?)」
ライカは震える声でそう言った。
今の説明だと受け止め方によってはそうなってしまうか。
しかしそれは違う。
星術で強引に干渉しているだけであって、操っている訳ではない。
「(いや、自由自在とはいかないし、操ってるわけじゃないよ。障害物や防御を無視できるっていう大きなメリットもあるから便利は便利なんだけど、結構制約もあって使うのには苦労する。
まぁミクラ兄弟の時みたいに強い衝撃を起こせば頭も吹き飛ばせるし、内臓に重傷を負わせることもできる。今回みたいに衝撃を弱めれば行動不能程度に抑えることもできるから、大勢相手にはかなりいいね)」
当然無防備な脳を揺さぶられれば、人間は立ってはいられない。
脳震盪を起こしたり三半規管を狂わせたり、威力を強めれば脳内出血を起こすだろう。
ミクラ兄弟の時のように衝撃で内部から破裂させ、即死させることもできる。
また内臓を狙っても弱い衝撃で十分ダメージを与えられる。
いきなりみぞおちを殴られるようなものだ。
暫くは苦しくて動けなくなるか、そのまま気絶コースである。
そしてこれは古竜の鱗や骨でも防ぐことはできない。
古竜の肉体の内部がどうなっているのかまでは知らないが、脳くらいはあるだろう。
とすれば、防護無しにこれを受けると自分でもただでは済まないはずだ。
「(ここにいる連中は暫く動けないだろうね。脳震盪に内臓へのダメージ、衝撃で気絶しているのもいる。年寄りや元々体が弱い人間なら死んでいてもおかしくない。この部屋全体に同時に衝撃が発生するから、どんなに素早くても逃げることはできない。だから見えない二階の連中も同じ目に遭ってる筈だよ)」
「(……)」
ライカはなにやら考え込むように腕を組んで一点を見詰めている。
ライカの疑問には一通り答えたので、王女の様子を確認することにした。
「(アンナ、そっちは?)」
「(大丈夫です。疲れと驚きで動けなかっただけみたいですね)」
説明している間に王女の方は立てるようになっていた。
イーリアスが肩を貸し、覚束無い足取りではあったが問題なく立ち上がっている。
「申し訳ありません。お恥ずかしい所を……」
「(大丈夫ならそれでいいよ。さてそれじゃあこの後のことは……)」
「(クロ、見ろ)」
後始末は近衛に任せ、こちらは退散しようかと思った矢先、ライカが何かに気付いた。
「(!)」
全ての推進派が倒れている中、いつの間にか立ち上がっている者がいた。
音もなく、気配も感じなかった。
警戒していたはずのライカも、立ち上がるまで何も言わなかった。
ライカでさえも気付かなかったという事だ。
使徒と呼ばれていた性別も年齢もわからない、人間かも定かではない二人のうちの一人が、純白のローブの裾を揺らし、佇んでいた。
倒れるほどの脳震盪がこんなに早く回復するものか?
そう思った矢先、そいつがスッと手を前に突き出す。
「(……いつの間に……? クロ、何かしてくるぞ)」
「(……!)」
ライカがそう言った瞬間、突き出された手の先から白く淡い光が、球状に広がった。
それは音も無く、波紋のように周囲に広がると、溶けるように消えていく。
すぐにその効果は現れた。
「ぐっ……頭が……一体何が……」
まず起き上がったのは教会の人間を取り纏めていた男。
痛む頭を押さえ、周囲を見渡している。
すると次々に倒れていた教会の者達が起き上がってきた。
「これは……なんということだ」
「くそっ……何が起こったんだ……?」
これはつまり……。
「(……回復系の魔法の使い手ってことかな?)」
「そんなまさか……治癒系魔法の中でこんなに早く、こんなに大勢の動けない者達を一瞬で回復させるものはありません」
「(私も違うと思うぞ。人間が使う魔力の気配は感じなかった)」
倒れていたうちに魔力を溜めていたのかと思いもしたが、ライカがその考えを否定した。
確かに外傷はないにしても、数十人もの倒れた人間を瞬時に回復させるというのはかなりの凄さに思える。
星術でもできなくはないが、これだけを同時に癒すとなるとかなりの星素が必要になるため、星素を集める為の溜めが少なからず必要になっただろう。
「……これは恐らく、使徒の神秘……魔法とは別種の力とされています。重要な祭事などで信者に見せることはあるらしいですが……よもやこれ程とは。
私も使われるところははじめて見ましたが、凄まじい効果ですね。クロ様の術にも匹敵しそうです」
「(成程。得体の知れない気配の正体はこれか。確かに人間の使う魔法のような気配はしなかったが、治癒系の力というのは当たっていそうだぞ)」
立ち上がる者はその間にも増えていた。
起き上がったのは教会の者達が全員に、王女と話していた老人、そしてその護衛。
更に二階からも人が動く気配がする。
……ということは、そちらも回復されたということか。
それ以外の推進派の人間達は倒れたままだ。
さすがに百人を越える人間を癒し切るのは無理ということだろうか。
それとも、そいつらは必要無いということだろうか……。
「ぐぅ……これは……」
王女と口論をしていた老人が最後に起き上がったが、足がふらついている。
その老人が立ち上がった直後、未知の力で負傷者を回復させた純白のローブを身に纏った使徒が前のめりに倒れ込んだ。
「!! テス!! あぁ! 何ということだ! お前達、テスを回収しろ! ザイン、お前の番だ。準備を!」
教会を取り纏めていた男は、慌てて倒れ込んだ使徒の下に駆け寄ると、荒っぽい口調で周囲の者達に命令を下す。
神殿騎士達は命を受けて倒れた使徒をそっと抱え上げ、後ろに下がった。
「……ドゥネイル卿、我々は一旦引かせて頂く。使徒の損耗は大きな痛手だ。今後に差し
さっきまでの余裕の態度を消し、教会の纏め役の男は怒りを含んだ声で老人に言った。
「……ノイマン殿、それは約束と違いますな」
「そちらこそ、約束と違うではありませんか。よもやこれ程の使い手の敵対を許しているとは、協力の前提である掌握したという話は嘘だったということでは?」
「私は全てを掌握したなどと申した覚えはありませんぞ。貴殿が勝手に勘違いしただけだ。それで一方的に手を引くとなれば、枢機卿連は何と言うか……貴殿の立場が危うくなるでしょうな」
「……チッ……だから私を選んだということか……。フン、御心配召されるな。テスの〝加護〟は残して行く。竜騎士が一騎程度なら卿が持つ手札でそれだけあれば十分でしょう。
参陣の件はこちらが片付いてから調整させて頂く。どんな言い訳をしても、そちらが抜かったのは事実です」
「……貸し、に、しておきましょう。派兵については予定通りに。それを違えれば貴殿の名は教会から消える……忘れなきよう」
「……。……ザイン、やれ」
教会の男は二人目の使徒に目配せをした。
その合図を受け、二人目の使徒が天に向かって細い腕を掲げる。
「え!?」
「(……!! 消えた?!)」
一瞬。
まるで映画のコマが抜けたように、神殿騎士や使徒を含むこの場に居た教会の人間が全て消えていた。
「(転移……はじめて見る。肉体一つで失われた術を再現する者がいようとはな。やはり、ただの人間ではなさそうだ)」
転移……テレポートということだろうか。
自分も試したことがあるが、まだ成功したことの無い術だ。
星術でも再現できていない術を使える者がいるとは、侮れないな。
「……それが殿下の切り札ですか……。成程。私はあなたを過小評価していたようだ。竜騎士まで従えていたとは……」
老人はそう言いながらヨロヨロと歩を進めた。
「ですが、これは手間が省けた。彼女らは恐らく、昨夜の竜騎士……探し出して口封じをする手間がね。竜殺しを為せる者は稀だが、いない訳ではない。使徒の〝加護〟が消える前に始末をつけましょう」
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