中の様子

「(アンナ、アンナ。とりあえずその件は置いておこう。きっと王女が何か知ってるんだと思うから、終わったら聞けばいいよ)」


「(え、あ……はぁ……やっぱりこの騎士さん達……私に向かって言ってるんですか? ……ライカさんじゃなく……?)」


「(私ではないだろう。全員アンナに礼を取っている)」


 跪いているのはアンナに対してで間違いない。

 彼らの頭はライカではなく、アンナに向いている。

 ライカもライカで恐れることも無く竜に乗っているが、どちらかといえば子供が遊んでいるようにしか見えない。

 装備や態度からすると、やはりアンナの方が今は竜騎士に見える。


「(手綱を握ってるのはアンナだし、アンナを竜騎士と思ってるんだろうね。何か変な方向に話がいってるけど……いや、それよりもまずはこっちの方だよ。

 近衛が邪魔に入らないでくれるなら僕もやりやすいから、そのまま適当に頷いておいて)」


 事情はよくわからないが、副団長が言ったことは好都合。

 王女が手出し無用と言ってはいたが、こちらの素性や実力も不明では信頼は得られない。

 そんな者に重要な役割を任せられるはずもないし、下手をしたら共闘も在りえるのではないかと懸念していた。

 邪魔者を庇いながら部屋の中にいる全員を叩くのは、不可能ではないが面倒すぎる。

 しかしその心配は要らないということだ。


「(えっと、わかりました)」


 アンナは未だ納得はできていないという様子だったが、今はそれどころではないと気持ちを切り替えてくれたようだ。

 表情を引き締めて騎士達に向き直った。


「わ、わかりました。ご協力感謝します。あ、あとは私達で……その、何とかしますから」


 今までにも何度か注目される場面があり、こうしたことに慣れてきたのか、キリッとした姿は意外とさまになっている。

 アルデルなどでの竜騎士のフリも無駄ではなかったか。


「ありがとうございます。ですが失礼ながら、御気をつけ下さい。教会の虎の子、神殿騎士の力は近衛と同等程度はあるでしょう。更にその中には、神殿魔術師や使徒の姿もあります。聖女様や古竜様には杞憂かもしれませんが……」


「え、いや、あの……が、頑張ります……」


「御武運を。では我々も任務に戻ります。……おい、手筈通りに」


「「ハッ」」


 何ともむず痒そうに、居心地が悪そうにアンナが頷くと、近衛騎士は再度深く頭を下げた。

 そのままスッと立ち上がり、控えていた騎士二人に目配せをすると、二人が廊下を早足で戻っていく。

 副団長を含む三人が今自分達がいる入り口を固める役のようだ。

 剣を引き抜いて持ち直し、いつでも動けるように体勢を整えた。

 それが済むと、静かにアンナに頷きを送る。


「(こいつらは仲間を死なせぬ為に動くのだな……狂った人間共だけではないということか……む。中も動き出したぞ。……上にいるな……気配を隠しながら動いている)」


 近衛の様子を眺めていたライカが、鋭い目付きで部屋の中に意識を向ける。

 開いた扉から部屋の中を見ると、二階席があるのが見えるが、ここからでは全てを見ることはできない。

 ライカの言う者達は、ここからでは見えない場所に潜んでいるのだろう。


 王女と老人は、まだ口論を続けている。

 王女は何とか自主的にやめるよう説得しているが、それに従おうという者が出る気配は無かった。

 話しに夢中な王女も、それを見守るイーリアスも、敵が動き出したことには気付いた様子はない。

 なら、こちらも……。


「(……ライカ、注意が必要な奴とかいる?)」


「(ここからは見えぬが、上にいる奴らは手練だな。気配の隠し方からして、森で始末した奴らの仲間だろう。それ以外では……あの老人の背後にいる者、白い布を被った二人、それから教会の者共を取り纏めていた男だな。あとは似たり寄ったりだ。

 ……前にも言ったが、気配を隠すのが上手い奴が他にもいるかもしれんから、あまり信用するなよ)」


 ライカに見破れないような奴はそうそういないだろう。

 スパイのような隠れることが仕事の者でも見つけられるのだ。

 ライカの気配察知は信頼できると思っている。

 短い時間だが、それくらいの信用は持っていた。


 警戒すべきは……まず距離が近い王女と対峙している老人の護衛。

 老人の背後には五人ほどの人間が控えている。

 どいつが強いのかまではまだわからないか。

 森で襲撃してきた暗部が潜んでいるということは、イーリアスや王女が言っていた暗部の上位者もいるのだろう。


 そして王女が話していた内容からすると、ライカの言う白い布を被った二人というのは教会の関係者。

 確か枢機卿の護衛としてついてきている神殿騎士だったか。

 ライカが言うには指揮役である枢機卿本人も実力者のようだ。

 神殿騎士上がりの枢機卿なら、実力があるとしても不思議ではない。


 他の神殿騎士達は白を基調とした鎧や、刺繍の入った法衣で身を固めているのに対し、ライカの言う二人は頭から足まで隠れるフード付きの真っ白なローブのようなものを身に着けていて、顔も見ることが出来ない。

 ローブから出ているのは足先と手だけで、夜中に見たら幽霊にでも見間違えそうな格好だ。


「(……にしても、あの布を被った二人は何だ? 何とも奇妙な匂いだな……ただの人間ではなさそうだが……)」


 ライカが眉根を寄せて神殿騎士と共に佇むフードを被った二人を凝視する。

 騎士の中には槍や剣、杖など武器が違う者達もいるが、服装は似通っている。

 しかしライカの言う二人だけ他とは全く違う。

 見た目は痩せ気味の人間が、純白のローブを纏っているようにしか見えないし、武器らしいものも今のところ持っていないようだが……。


「(……魔物か、僕やライカみたいな種族?)」


「(わからん。私もあんな気配を匂わせる奴とは出会った事が無い。幻獣種のような強大な力を持つ種族なら気配を間違えはしないだろうから、そうした類の奴ではないと思うがな。

 強そうな気配を出している奴は何人かいるが、あやつらだけは異質な気配だ。強そうというよりは……不気味と言った感じだな)」


 正体不明……姿かたちは人間だが、自分やライカのように何かが人間の姿に擬態している可能性もある。

 もしそうなら、教会とやらはそうした人外を使役する手段を持っているということになる。


「(……まぁ油断するつもりはないけどね)」


「(気を付けろよ。強さとは何も、相手を倒せる力を持つことだけではないぞ。我々とて足元を掬われることはあるのだ)」


「(わかってる。はじめから怪物が人間に化けていると思っておくよ)」


 そう。

 戦って勝つだけが強さではない。

 戦わずして相手を制するような力を秘めた者もいるだろう。

 魔法、幻術、毒、色々なものに耐性がある古竜種の肉体だが、まだ自分の知らない特殊な攻撃方法に対しても万全かといえば、さすがにそれは過信がすぎる。

 何事も、絶対は無いのだ。


「(ふふ。古竜種のクロが怪物と評するとは、すごい違和感だな。向こうからすればクロが怪物だぞ?)」


「(ライカだって人の事言えないでしょ)」


「(ふふん。人ではないがな)」


「(はいはい。じゃあ向こうが動いたら行きますかね)」


 王女には防護膜の星術をかけてはいるが、向こうの好きにさせるつもりはない。

 しっかりと王女を襲ったという既成事実を作ってから、遠慮なく叩き潰させてもらおう。

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