王女

「では、これから言うことは信じられないことも多いかと思いますけど、全て真実です。驚かないで聞いて下さい」


 レアは神妙な面持ちでそう前置きした。

 それに王女は笑顔を見せる。

 しかし……驚くなというのは無理な気がする……。


「大丈夫よ。お友達の言葉を疑ったりしないわ」


 王女の言葉に頷き、スイがまず口を開いた。


「……私達が誘拐された際に救ってくれたのも、レアの目を治療してくれたのも、そしてセリス様を救出してくれたのも、治療をしてくれたのも、あそこにいる御方のお陰なんです」


 そう言いながらスイとレアが寝そべる自分に視線を向けると、王女もこちらを見た。

 こちらはそんな視線にも反応せず、伏せの姿勢でじっとしている。

 自分は大人しい竜なのだ。

 危なくないとしっかりアピールせねば。


「……つまり、そこにいる飛竜の主、竜騎士の方ということよね? 治癒にも長けた竜騎士……パッと思いつくのはデルダリアの神聖騎士かしら……でもいくら穏健派もいるとはいえ、たった一騎で王城から私を連れ出すのは……他にも手引きしてくれた方がいるということ?」


 王女は僅かに首を傾げながら質問を返した。

 さすがにいきなり古竜種と結びつけることはできないか。

 姿は飛竜だし。


「あ、いえ、そうではなく……えーと、何と言えばいいか……実はあそこにいるのは飛竜ではなく、アンナさん達と旅をしていた古竜様、なんです。信じられないかもしれないですけど……本当です。

 私達は偶然助けられ、そして協力を願い出てセリス様救助に参加してもらったんです」


「……」


 王女はさっきの優しげな笑みを消し、真顔で考え込んでいるようだった。

 やはり信じられないのも無理は無い。

 しかしそう思ったのだが、王女は思いがけない行動に出た。


「……ごめんなさい。少し支えて下さい」


 両腕をスイとレアに支えてもらいながら立ち上がると、王女は覚束無い足取りで自分の目の前までゆっくりと歩いてきた。

 そして土の上に両膝を着くと、祈るように胸に手を当てて、頭を下げる。


わたくしはヴェルタ国王、ロベス・ヴェルタ・アガウールが子、セリスと申します。

 大切な友人を、そして矮小な私を救って頂いた事、心より感謝致します。私のような者が貴方様に直接口を利くことが、どれだけ罪深いか理解しているつもりです。今だけはどうか、その非礼を御赦し下さい」


 そう言って無言で伏せている自分に丁寧な礼を述べ、静かに顔を上げる。

 その瞳には疑いの色など一切無く、真剣な光が宿っている。

 スイ達の言葉を微塵も疑っていないということだ。


「セリス様、あの……」


「言ったでしょう? 友人の言葉を疑うわけないって。貴女は嘘を吐くような人じゃないのは知っている。小さい時からの付き合いですもの。

 そんなあなた達が真剣に言うこと、そして今までの経緯を鑑みると、それくらいの奇跡がおこらなければこの国はもう戦禍の只中にあったはず。

 私はどんな事実でも受け止めなければならない。それが王族の責務……余計な私情を挟んだり、些細なことを疑ったりしたことで大きな問題に、果ては戦争になることだってあるの。

 もしも貴女が冗談を言っているだけなら、私が少し恥をかくだけで済むけれど、本当だったら古竜様の機嫌を損ねてしまうでしょう。なら、私は迷わず恥を選ぶわ」


 そう言いながら王女は再度こちらに頭を下げた。

 成程、シェリアの言うように聡明であるということは確かなようだ。

 そして王族としての器量も備えている。

 普通の人が冗談だと切って捨てるようなことも真剣に聞き、最適の選択をするための情報とする。


 これができるかどうかは組織を運営していくための資質とも言われ、企業のトップに立つような人間は、一般人よりもこれに長けている。

 長けているからこそ様々な方面にアンテナを伸ばし、突拍子も無い意見や事実をも自身の糧として、ビジネスチャンスを創っていく。


 人の上に立つ立場は王族も同じだ。

 だからそれに似ているのだろう。

 時代や世界情勢の機微に敏感に反応し、人を纏め上げて国を運営していく。


 違いは利益を取るか民を取るか、くらいだろうか。

 一般人だった自分にはそれくらいしか思い付かないが、大きくは違わないと思う。

 その意味で王族という人の上に立つ人間というものを、王女の態度に垣間見た気がする。

 ……だが……。


「……」


 自分は王女の言葉には答えず、じっとその瞳を見詰め続けた。

 王女の真剣な眼差しは変わらない。

 何も言わぬ自分を疑うかとも思ったが、その気配は無さそうだ。


 今は痩せて頬がこけているが、完全に回復したら美人なのだろう。

 黄色に近い、ややウェーブした金髪に少し垂れた眉尻、鼻や口はメリハリがありバランスも取れている。

 やつれていても美形とわかる顔立ちに、上品な仕草。


 口調や態度からするとスイ達のような活発系ではなく、おっとりとしたお姉さん系の美人だろうか。

 年齢もスイ達と同じくらいと思われるが、体つきも女性的で大人びている。

 優しげだが芯のあるその佇まいは、幼稚園の先生とか保母さんの雰囲気のようだ。

 古竜を前にしても怯まず、礼を尽くす。

 その誠実さは伝わってくる。


 しかし、だからこそ警戒感を抱いた。

 普通の人間が恐れ畏れる存在に対しても、こうした立場の人間は自分達の利益になるとわかれば、積極的に関わろうとしてくるような気がした。

 まぁシェリア達が聡明であると評価したことが本当ならば、リスクを天秤にかけるだけの判断力はあるだろうから、目先しか考えない貴族などとは違うのかもしれないが……。


 覚悟も、そして心も、シェリアと同じものを感じさせるが、油断ならないと思わせる部分も確かにあった。

 今のところ人間性に欠陥があるような感じはしてないが、付け入る隙を与えるべきではないのかもしれないと、心のどこかで警鐘が鳴っている気がする。

 スイ達を信用しないわけではないが、だからといって王女をそのまま信用することはできなかった。


「……僕は自分と仲間のためにやっただけ」


 姿勢は伏せたまま、口と目だけを動かし、反応を見るために、少しつっけんどん気味に言ってみる。

 自分が人間の声を発したことで、王女は伏せた顔を上げてこちらを見た。


 友人の言葉を信じるとは言っても、やはり言葉を話したことで少なからず驚いたらしい。

 普通なら本の中にしか存在していないような古竜だといわれて、疑うことなく真剣に受け止めたところは凄いが、それと驚きは別ということか。


「僕達は、彼女達の両親であるヴェルウォード夫妻との約束を守ったに過ぎない。それが無ければ協力はしなかったでしょう」


 一応建前はそういうことになっている。

 今後の説明で更に詳しく話していくことにはなるだろうが、ここはそれだけ言うに留めた。


「そうでしたか……この国の、民のために、そこまで……ヴェルウォード夫妻には厚く礼を述べておかねばなりませんね。

 ですが、どのような事情であれ、貴方様に助けて頂いたという事実は変わりません。今、礼を述べるのは貴方様にでしょう」


 少し冷めた口調で言ってみたが、王女は特に態度を変えはしなかった。

 むしろ今までと雰囲気が違う喋り方をしたことで、スイやアンナの方がどうしたのかと戸惑いの反応を示していた。


「そ、それでですね。セリス様にもそれらのことについてを知ってもらいたいなと……」


「ええ。是非お願いします。古竜様とのことも詳しく、話して下さい」


「はい。では改めて紹介します。こちら古竜のクロさんです。そしてその隣にいるのがライカさん。えっと、ライカさんは獣人の姿をしていますが人ではなく、クロさんと同じくらい強い幻獣種だということです。お二方が力を貸してくれたお陰で、この少人数でも王城からセリス様を救出できました」


「クロです。別に様とかつけなくていいので普通に話して下さい。その方が話しやすいので」


「ライカだ」


 ライカは何ともぶっきらぼうに名前だけ告げる。

 ライカにとっては王女だろうが王様だろうが関係ないということのようだ。

 いざこざになったら国をさっさと出て行けばいいという立場は自分もライカも変わらないし、ライカは人間に対しての遠慮は殆ど無い。

 身分どうこうなど思慮の外ということか。


 そんな自己紹介を聞いた王女は目を点にした。

 古竜だという事実を正面から受け止め切った王女でも、幻獣までいると聞いてさすがに許容量オーバーのようだ。

 フリーズ気味である。


「……あ、し、失礼しました。重ね重ねご無礼をお許し下さい。御助力頂き感謝致します」


「気にするな。私はお前達のことなどどうでも良かった。ただクロとの約束があったから手伝ったに過ぎない。礼などいらん」


 ライカ腕を組んでそう言うと、自分の背中にポフッと寄りかかった。

 大分失礼な物言いだが、王女は差して気にするでもなく、ライカの方にも再度頭を下げた。


「クロさん。セリス様に説明してもいいですか? その、細かい所まで……」


「いいよ。そうしないと話が進まないし」


「で、では、クロさんのことも含めて詳しいことを説明しますね」


 スイがそう言い、微妙になった場の空気をリセットする。

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