王女の疑問

 アンナはカバンに駆け寄ると鍋を取り出し、こちらに持ってきた。

 星術で水を出して欲しいということだろうか?

 水ならすぐそこにきれいな小川もあるが……。


「クロさん。ここでアーティファクト使っても大丈夫ですか?」


「ああ、そっちね。いいよ。どうせもう正体もバレてるし、カラムも近衛騎士もライカがいれば口止めも簡単だし」


 周囲を気にしてか小声で聞いてきたアンナに、こちらも小声で答える。

 どうやら料理に使うアーティファクトを人前で使ってもいいか確認を取りたかったらしい。

 そう言えば水を出すアーティファクトもあるのだった。

 煮沸するとはいえ、そっちの方が川で水を汲むよりも清潔だ。

 人前で使えば絶対に面倒事になるからと、メリエとも相談して使うのは控えようと決めていたので、それを気にしてのことのようだ。


 アンナは小川の岸に落ちていたそこそこの大きさの石を拾い集め、土を使って固定して簡易竈を作ると、すぐに火を熾して鍋を乗せた。

 その鍋に水を出すアーティファクトで水を注ぐと、白湯を沸かしていく。


 ある程度温まったところでお湯の一部を木のカップに移し、残った鍋の湯に干し果物とミントのような香りのする乾燥ハーブを入れて煮立たせる。

 立ち上る湯気に、爽やかなハーブの香りと薄っすらと甘い果物の香りが混じったくらいで鍋を火から離し、スプーンを使って柔らかくなった鍋の中の果物を潰していく。


 硬い部分は残し、柔らかくなって潰せた部分だけをカップに取り分け、買い置きしてあった少量の蜜を垂らした。

 干し果物の果実入りホットジュースのようだ。

 以前にも作ったことがあるというのも頷ける手際の良さだ。


 ライカはアンナの作るホットジュースの甘い香りに釣られて、アンナの横でそわそわと落ち着かない様子だ。

 まるで飼い主が料理をしている横で、自分の分はまだかとウロウロする猫のようである。


 アンナはそんなライカの心情をしっかり把握していたらしく、ちゃんとライカの分も作って取り分けていた。

 ライカは教わった通り、お礼を言うと早速飲み始めた。

 かなり美味なようで、いい笑顔で飲んでいる。


 アンナはもらったライカが躊躇無く口に入れることも織り込み済みだったらしく、ちゃんと冷ましてから渡していた。

 もしアンナが冷ましていなかったらライカの口の中が大惨事だったことだろう。


「いやー美味かった! アンナは美味いものを作る才能があるな」


「どんな場所でもライカはライカだね……」


 ライカが満足気に口を拭いながら歩いてくる。

 それに呆れた声を返し、またライカと二人で周囲の警戒を続けた。

 そしてやはり予想したとおり、便利なアーティファクトを自在に使って何も無い森の中とは思えない速さで料理をしていくアンナを、カラムが目を丸くして見ていた。

 何も言わなかったが、目がそれは何だと言っているようだ。

 まぁ説明する気はないけども。


 アンナの方が一段落したあたりで王女の方に目を向けると、王女の方も大分意識がはっきりしてきたようだった。

 目付きも寝ぼけたようなものではなくなり、スイたちともスムーズに言葉を交わしているように見える。

 状況を飲み込めるまでになってきたので、スイ達が少しずつ現状の説明をし始めていた。

 ポロと一緒に身じろぎ一つせずにじっとしながらも、王女の方の会話に耳を傾けた。


「そう、だったのですか……3ヶ月も……どうりで身体が重い訳だわ。それに、あの時のこと……やはり夢ではなかったのね……」


 横になったままだが、やはり会話は問題なさそうである。

 ここまでくればもう悪化することは無いし、起き上がれるようにもなるだろう。


「みんなすごく心配しましたけど、もう解毒できましたから大丈夫ですよ。今は身体が弱っているので、すぐに自由に動くことは無理かもしれませんけど、それもすぐに回復するそうです」


「ごめんなさい……色々手間をかけてしまったのね……そうだわ! レア! レアの身体は? 床に倒れて意識が無くなる時にレアが顔に……あれは夢だったの……?」


 王女はハッと思い出し、レアを見やる。

 レアが毒をかけられたときのことを覚えているようだ。

 しかし、綺麗な顔のままのレアを見て、夢だったのかと問いかける。


「いいえ、それも現実です。あの時、セリス様を狙った刺客に毒をかけられ、私も一時両目の光を失いました。ですが、ある御方が力を貸して下さったので元通りになったんです」


「失明を完全に癒したと……? ある……御方?」


「はい。後で紹介致します。今はまだ御自身の御身体のことを心配して下さい」


「ありがとう。でも大丈夫よ。何故だか身体の奥から力が湧いてくるみたいだわ。すぐにでも歩けそう。それに、貴女達のお話を聞く限りでは、ゆっくりと寝ている場合でもないでしょう?」


 そう言いながら痩せ細った身体をいきなり起こそうとした王女を、慌ててスイ達が思い留まらせた。


「ダ、ダメですよ、無理をしては……食事も全く摂っていなかったんですから、少しでも何か食べて力をつけてからにしましょう」


 スイがそう言ったタイミングで、アンナがカップを持って近寄る。


「お待たせしました。身体を起こせますか? いきなり食べ物は胃がびっくりしてしまうので、飲み物にしました」


 出来上がった果実入りホットジュースと水を、アンナが王女の前に差し出した。

 両脇をスイとレアに支えられながら身体をゆっくりと起こした王女は、不思議そうな顔でアンナを見ている。


「いい香り……ありがとう。……あなたは……どこかで会ったかしら? 新しい侍女さん? それに、あなたも……」


「いえ……彼女達が我々に力を貸して下さった方々です。こちらがアンナさん、そして後ろの方がメリエさんです」


「まあ、そうだったの。どうもありがとう。私を助けてくれたことだけじゃなく、大切な友人の傷を癒してくれたことにも、心から感謝するわ」


「あ、アンナです。宜しくお願いします。まずはこれをどうぞ。熱いので冷ましてからゆっくり飲んで下さいね」


「ハンターをしている、メリエと申します。確かに王女殿下を救助する際には助力しましたが、傷を癒したり王城から運んだりしたのは私達ではありません」


「あら。そうだったのね。じゃあどなたが……?」


「あ、あの……ですね。助けてくれたり傷を癒してくれたのは、えっと……」


 スイが目を泳がせたことで王女はまだ協力者がいると思ったらしい。

 更に質問を投げかける。


「まだ他にもいらしたのね。どなたかしら? 窮地を救ってくださったお礼をしないといけないわ」


 その言葉に王女が周囲を見渡し、そして自分を視界に捉えた。


「あら……もしかして……」


「あっ、えーっと、何と説明しましょうか……」


「まさか、竜騎士がいるの? 私も何度か訓練場に行っていたけど、あの飛竜は初めて見るわね。ということは、国外から救援に来てくれた、ということかしら。それとも養成学校の? にしてはまだ幼そうだし……。

 こんな事態に竜騎士を派遣してくれるほどの友好関係を保っていた国はあったかしら……それとも、私が眠っている間に情勢が動いたの?」


 スイとレアがどうやって説明するかと悩んでいると、王女が大人しく寝そべっている自分とポロに目を留め、竜騎士がいると勘違いしたようだ。

 未だ飛竜の鱗の色に変えたままで静かに待っている姿は騎竜に見えるのだろう。


 こちらから話しかけたら絶対ややこしいことになる。

 できればスイ達に説明してもらってから口を開きたいのだが……。


「まずは何か少しでも口に入れて下さい。そのままではせっかく回復してきているのに、また倒れてしまいます」


「……そうね、わかったわ。頂くわね」


 王女はアンナの渡したカップに口をつけ、ゆっくりと飲んだ。

 毒見はすでにライカが済ませているし、ライカは美味しそうに飲んでいたので味も問題はないはず。

 仮に問題があっても自分が一瞬で消し去るだけだが。


 王女の表情を見るに、甘く優しい味なのだろう。

 ほっこりとしている。


「はあ……美味しい。それに、どこか懐かしい味……何だか幼い時を思い出しちゃった。喉もカラカラだったから楽になったわ。ありがとう」


「お口に合って良かったです」


「ええ、今度時間のある時に、しっかりお礼をします」


「いえ、そんな……」


 アンナとのやり取りもそこそこに、再度王女はスイ達に向き直った。

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