フィズの講義

「今その話をしたということは、諜報部も軍に属する人間ということか。当たり前に思考するなら、ベンゼ侯爵よりも立場が上でそれらの者達を動かせる者……将軍が有力になるか? そいつが今回の件の黒幕か?」


「確かベンゼ侯爵って人も資金管理で推進派の将軍に関わってたんだっけ。となるとシラルさん以外の将軍二人のどっちかってことかね?」


 腕を組んだメリエに続き、自分も長い首を捻りながら思ったことを口にしてみる。

 何の証拠も無いが、理には適っていそうな気はする。

 しかしフィズは静かに首を横に振った。


「いいえ、それは違います。可能性が全く無いわけではありませんが、その線は薄いでしょう。問題となるのはこの先の話ですね。

 ……騎士団や衛兵、士官など、殆ど全ての戦闘従事者を束ねる将軍ですが、将軍の指揮管轄から外れている兵達がいるんです」


「……そう言えば何かの話でそんなことを聞いたような……何だったっけ……」


 何かの会話の流れで出てきた気もするが……。

 その時は要点が他にあったので聞き流してしまっていた。


「国政や軍事の話など民には、ましてや人間社会とは無縁だったクロ様には関係のないことですからね。記憶に残らなくてもしょうがないですよ。ちゃんとここで説明致しますから大丈夫です」


 そう言ってフィズがピッと指を立てた。


「王国に仕える軍の人間でありながら、将軍の指揮下に加わっていない者。

 まず一つ目が近衛騎士です。

 近衛騎士団は国王直属であり、将軍の指揮系統とは別になっています。つまり将軍では近衛騎士団に命令を下すことができません。常に王族や王宮を守るために動く精鋭隊で、戦時下でも前線に投入されることは殆ど無く、王宮や王族の警護が主任務です。実力もそれに見合った者達が集まっています」


 そう言いながら、チラリと未だ動きを封じられたままの近衛騎士に視線を向ける。

 それに釣られて全員が近衛騎士の方を向く。

 それに気付いた近衛騎士は一瞬肩を強張らせると、恥ずかしそうに伏せた目を泳がせる。

 最精鋭の実力者という説明をされながら、そんな醜態を晒していることに羞恥を感じているのだろう。


 確かに王城での彼女の動きは速かったし、動きも見事で常人のそれではなかった。

 しかし戦闘素人が混じっているとはいえ、全員がアーティファクトでガチガチに身を固めた集団と比べたらさすがにどうしようもない。


 更にはメインで相手をしたのが幻獣ライカだ。

 見劣りしない方が逆に驚きである。

 決して彼女がだらしないのではなく、今回は相手が悪かったというだけだ。

 気まずい雰囲気になりかけたが、フィズはオッホンと咳払いをして空気を戻し、続きを話し始めた。


「そしてもう一つが諜報部。直接戦闘行動をすることは殆どありませんが、扱いは騎士団や衛兵と同じで王国の兵という立場です。しかし、こちらも指示系統は別になっています」


「さっきライカが倒した二人目ってのがその諜報部の人間なんだよね? じゃあ単純に将軍が黒幕ってことじゃないのか」


 そう言った自分にフィズが苦笑を漏らした。


「はい。そうだったらわかりやすかったんですけどね。

 諜報部という組織には大きく二つの役割があります。人員もその二つの役割のどちらかに割り振られていて、戦時平時を問わず動いています。

 一方は主に他国の監視……近隣諸国の都市に潜入したり、国内外の噂話などを集めたりする諜報を主任務としたものですね。

 熟練の人間になると、どこにでも忍び込んで必要な情報を盗み出してくる程の者もいるらしいです。身体能力や魔法の才能もかなりのものを有していますが、任務が任務なので一般人として振舞う訓練を徹底され、先程の者のように民に溶け込めるような服装をしています。一見して見抜くのはまず無理でしょう。

 そして〝枷〟と呼ばれる魔道具を胸に埋め込まれます。それが外見から見抜くことが難しいのに諜報部の人間だと判断できた理由です」


 自分はまだ無理だが、ライカなら気配で只者ではないと察知できそうだ。

 外見での判断は無理でも、行動の端々から滲む気配を隠すのは難しい。

 ましてやそれに長けたライカならそれ程難しくはないだろう。

 ライカが一緒にいてくれる間はそんな人間の心配もしなくて済むかもしれない。


 ギルドも同じように各国や教会の動向を調べている人間がいると、バークが言っていた。

 同じような組織が国に無いはずはない。

 だがバークの話には上らなかった、聞き慣れない言葉も出てきている。


「その〝枷〟って?」


「そうですね……簡単に言えば首輪……でしょうか。

 この枷と呼ばれる魔道具の役割は、首輪と言った言葉の通り、勝手な行動を制限し、逃亡や裏切りを防止するためのものです。

 他国に潜入して情報を集めるという任務の性質上、諜報部の人間は重大な機密を扱うことが多くなります。そうした機密を持って逃げられたり、他国で捕まったりすれば、王国にとっては大きな痛手となってしまいますからね。そうした行動をしようとした場合や、捕まって素性を暴かれたり、情報を奪われそうになった場合に、対象者の命を奪う魔法が込められているのです」


 殺して口封じをするための物。

 それを聞いて嫌そうな顔をしたのはアンナだけで、スイ達は特に表情を変えなかった。

 スパイという存在そのものには驚きはしなかったが、非人道的な道具を利用しているという事実と、それを当たり前に語り、当たり前に聞いている彼女達の様子には少なからず驚いてしまった。


 しかしそれもよく考えれば当然の処置だ。

 ここは監視衛星や電子情報網など無い世界。

 スパイが捕まって情報を奪われたことで、そのまま戦争勃発と言うことも有り得るし、逆にスパイを送り込まなかったことで情報に疎くなり、奇襲を受けることもあるかもしれない。


 国の存亡に関わってくるとなれば、国を動かす者達にとっては犠牲を払ってでも押さえなければならない要点となる。

 人を数字の多寡でしか考えないような権力者が人命より優先するのも、理解はできないししたくも無いが、当然なのかもしれない。


「成程な。で、諜報部のもう一つの任務とは?」


「もう一つが国内の情報収集と不穏分子の監視……そしてそれらの排除です。定かではありませんが、他にも表沙汰にできない仕事をしているとも聞きます。

 正式名称ではありませんが、国外で任務を行う者と区別するために、こちらの者達は〝暗部〟と呼ばれているらしいです」


「不穏分子というと、盗賊や賞金首のことか?」


「いいえ、それは騎士団や傭兵の領分でしょう。諜報部が動くのは主に貴族に対してです。

 王国の不利益となるような行いをしている貴族……例えば商人と結託し、物資の流通を制限するなどして私腹を肥やそうとする者や、王国の貿易規定を無視して隣国と違法な商いをする者、法を破って奴隷を売り買いする者、領民に不当な暴力や重税を強いる者などの情報収集や監視、粛正のために動いています」


「へぇー。あ、でも確かギルドもそうした人間を取り締まっているって言ってた気がする。執行部がギルドの信用を貶めるような奴を粛正してるって」


 ギルド登録をした時にバークがそんなことを説明してくれていた。

 ギルドの信用を守るためには容赦しないと。

 そんなことを思い出しながら口にしたところ、フィズは呆気にとられていた。


「……古竜種のクロ様がギルドの内情を知っているというのも凄い違和感ですね……」


 言われてみればそれもそうか。

 竜が人間に化けてギルドに首を突っ込んでいる。

 それも人間の国に出てきて間もない、右も左もわからない状態で。

 確かにおかしな話である。

 現にスイ達もカラムも驚きの目で見ていた。

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