経緯

 未だ見ぬ古竜のことにはすごく興味を惹かれたが、今は優先すべきことが他にある。

 カラムのことは気になるものの、今はどうしようもない。

 その他では自分の興味以外でその竜について知らなければならないことは無いので、特に困らないし、わからないならそれはそれでいい。

 まずは目の前の問題の解決が先だ。


「ああ、そうだったな。どこから話すか……」


「まずは今回の仕事を請け負った経緯を知りたい。ギルドを通さずに雇い主から直接依頼を受けたのか?」


 後ろめたいことがあるならギルドを介さずに傭兵を雇う可能性は高い。

 ギルドは中立であるが故に、安定を求める。

 ギルドが置かれた国の情勢が不安定では仕事は捗らないし、戦争に巻き込まれれば損害を被る。


 バークは表立って国と事を構えることは少ないと言っていたが、切羽詰ればその限りではないだろう。

 現に都市防衛といった国同士の争いに割って入るような緊急依頼も、過去にはあったという話だ。

 そうした観点から考えても違法な依頼が出されれば粛正するため、介入に動くはず。

 フィズもその辺を考慮して質問をしたようだ。


「いや、ちゃんとギルドに出された依頼を受けている。必要なら依頼書もギルドに残っているはずだ。

 依頼の内容は要人警護だったが、場合によっては依頼主からの要望で内容の変更もあり得るって話だったな」


 ……推進派も穏健派からの刺客を恐れて、身の回りを固めているということだろうか。

 普通に考えて外部の人間を雇えば侵入の危険が高まりそうだが、中立の傭兵ギルドを介して正式に雇った人間なら信用できるということのようだ。


「そんな曖昧な内容でギルドの受領審査が通るのか?」


「ギルドだって支払いがいい顧客を失いたくはないさ。規約に違反していたり、あまりに突飛だったりしなけりゃ通すだろう。それに傭兵ギルドに出される依頼だと、これくらいは普通だぞ。まぁハンターギルドの依頼に慣れていると違いに戸惑うかもしれんがな。

 依頼者はロルゴットって奴だが、これはある貴族の執事の名だ」


「ふむ。その貴族とは?」


「マルダック・ベンゼ侯爵。それが、俺達の雇い主だ」


 いよいよと言うべきか、背後に立っていた者達の名前が出始めた。

 しかし国のことについて全くわからない自分やアンナ、ライカは無反応で、次の言葉を待つだけだった。

 対して思い当たることがあったらしいスイやレア、フィズはその名を聞いて考え込む。


「ベンゼ……代々王国の財務管理官を任されている、あのベンゼ家か?」


「その貴族の立場については俺はよく知らない。一応雇い主ってことで面識はあるが、それだけだ。

 今回の依頼開始時に顔合わせはしたが、侯爵の依頼を受けるのは今回が初めてなんで親交が深いってわけでもない。俺達をよく指名していた貴族が紹介したらしい」


 カラム達は御前試合で貴族に名が売れたと言っていたが、多くの貴族から引っ張り凧になるというよりも特定の貴族に贔屓にされていたらしい。

 初めて依頼を請けた貴族ということなので、表面的なこと以外はあまり知らないようだった。


「ベンゼ侯爵家は推進派の貴族で間違いありません。お父さんと方針についてよく言い争いをしていた推進派の将軍の一人と繋がりが深く、開戦に向けての資金繰りも積極的に行なっていたそうです」


 これは収穫は薄いかと思った矢先、スイがそう付け足す。

 さすがは公爵令嬢。

 シラルの傍でそうしたことを見てきたのだろう。


 まぁ襲ってくるという段階で敵対側ということはわかっていた。

 カラムが知らなかったとしても、名前が出た時点で推進派の人間だということはほぼ確定だ。

 穏健派が王女奪還に派遣したのなら、王女の安全を何よりも先に考えるはず。

 フィズが治療したということを言っても意に介さなかったし、王女を第一に考えていたとは思えない。


「ふむ……では、詳しい依頼内容を教えてくれ。王女殿下暗殺も依頼に含まれていたのか?」


「依頼内容はさっきも言ったが、要人警護の依頼だけだ。依頼表に記載されていた難易度はA8。この難易度は貴族相手の護衛なら妥当なところだな。私兵より劣る傭兵を雇う意味は無いから、自然と要求される人間の質も高くなる。

 当初の依頼内容通り、最初はベンゼ侯爵の邸宅の警護をしていたが、王城が騒がしくなってすぐに、王女誘拐の報が依頼主に届いたそうだ。それから誘拐犯の人間を生死問わずで捕獲、または排除しろと指示された」


「王女殿下については何と言っていた?」


「特に何も。普通に考えれば誘拐犯よりも王女の身柄を優先しそうなものだが、侯爵は一切王女については触れなかったな。怪しいと思わなかったわけじゃないが、傭兵は余計なことに首を突っ込まない。それも信用のために必要なことだ」


「……ギルドへ提出された依頼表では警護となっていたのだろう? 誘拐犯の追跡は警護とはかけ離れていないか?」


「傭兵ギルドへの依頼は雇った側と受けた側、相互の承諾があれば現場判断である程度の内容変更が許可されている。

 護衛依頼をやっていて盗賊が出ると、征伐に変わったりすることも多い。ギルド規約に違反せず、相互に納得しての変更ならば何も言われない。その代わり何かあっても自己責任になるがな。

 だが、特定の誰かを殺せというものは一切許されない。傭兵は殺し屋じゃない。そんな暗殺まがいの依頼なんざ、どんなにお得意様でもギルドが認可しないだろう。やったらギルドの信用は地に落ちることになるからな。……まぁやっている奴もいない訳じゃないんだが、そういう奴は大抵早死にする。

 当然俺もやらない。黙ってそんなことをしてバレれば、俺は粛正対象リスト行きだ。ミラとの約束も果たせなくなる。

 誘拐犯を追跡して排除しろって内容なら変更は認められるはずだ。実際、商隊の護衛で誰かが野盗に攫われた際には、現場判断での誘拐犯追跡と征伐だって普通にやる。のんびり救援なんか待っていたら逃げられちまうし、そうなれば攫われた奴は奴隷として売られるか殺される」


 バーダミラとカラムが口にしていたことは真実だったということか。

 足がつかないようにする為にカラムのような外部の傭兵を雇っていたのだろうし、ギルド連合に目を付けられたら意味が無い。

 カラム達に暗殺を指示すればギルドから王国に露見することも考えられる。


 察するにカラム達が無事依頼を達成したら、その後に王女や自分達を始末するつもりだったということだろう。

 戦いの中で死んでしまったらそれはそれでいい。

 生き残ったなら捕獲した後にどうとでもできる。

 問題なのは如何にバレないように捕まえるかだし。


 もしかしたら森に潜んでいた二人がその役目を負っていたのかもしれない。

 ……そうだ、森に隠れていた人間のことも聞いておかなければ。


「カラム達と一緒に来ていた者が二人いたな。僕達が戦っているのを森に潜んで見ていたはず。そいつらは何者だ?」


「……二人? 一人は知っている。侯爵子飼いの人間で俺達の監視役でもある、風の魔法で俺達をここまで連れてきた魔術師だ。

 もう一人は知らないぞ。ここに来た時は俺とミラ、そしてその魔術師の三人だったし、他にも仲間がいるなんてことは何も聞かされていない」


 ライカに視線を向けてみたが、黙って首を横に振った。

 ……嘘を言っている様子は無い。

 ……無関係とは到底思えないが……、あまりやりたくはないが後で死体の確認をする必要がありそうだ。

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