カラムと精霊

「……そう言うなら、どうして傭兵などという危険な仕事をしている?

 確かバーダミラは御前試合にも出ていて有名だったな。それに色々ときな臭い噂も多い。もし守りたいと考えるなら、戦いから遠ざけるべきだろう」


 確かにそうだ。

 どんなに強い力を持っていたとしても、大切な者を命の危険がある戦いの場に連れ出すのはやはり矛盾している気がする。

 心情としては遠ざけようとするだろう。


 その問いに、カラムは答える。

 その表情には、そんな質問が来るという予想が当たったという、自嘲に似た疲れた笑みが浮かんだ。


「……それができるならそうしてる。しかし、噂云々は殆どでまかせだぞ。御前試合で入賞してから妬むヤツも増えた。そんな連中が何とか俺達の評判を貶めようとして根も葉もない噂をばら撒いてるのさ。実際、ギルドに咎められるようなことは一度もしていない」


 カラムが言うには、フィズが言っていた黒い噂の殆どが、そうした妬みから来るでまかせらしい。

 厳格なはずのギルドが調査もしていないということだったし、そう言われれば納得もできる。


「そうだったのか。では、なら何故戦いから足を洗わない?」


「端的に言うなら、金のためだ。……まぁ……俺の不甲斐なさが原因なんだがな」


「金だと? 命を賭してまで守りたい者を、金のために危険に晒しているのか?」


 大きな矛盾にフィズが困惑の表情を作る。

 その疑問はここにいる全員が同じように思ったようだ。

 自分もそう思う。

 しかし話を進めるカラムの声に淀みは無かった。

 それはつまり、そうせざるを得ない理由があるということだ。


「……お前さん達は、カディナの森ってのを知っているか?」


 突然のカラムの問い掛けに、各々が顔を合わせる。

 地名のようだし、この世界の人間のことがわからない自分は当然知らない。

 アンナもそうしたことには疎いため、やはりわからずに可愛く首を傾げた。


 メリエに視線を向けてみたが、メリエも首を横に振った。

 ライカも腕を組んだまま黙っているので知らないようだ。

 ライカの場合は場所そのものを知らないというよりは、人間の呼んでいる地名なので知らないのかもしれない。


「……いいや」


 フィズも知らなかったようで首を振る。

 しかしレアが顎に手を当てながら、うーんと思い出すようにしてつぶやいた。


「カディナの森……確か、宗教国家セラネシラにある大きな森……でしたよね? ヴェルタからは結構離れているので国交は乏しかったような……ヴェルタや近隣諸国を教圏としている教会と同じ宗教ではありますが、宗派が少し違うというのをどこかで聞いたことがあります」


「そうだ。この辺の教会もやっていることは大概だが、それよりもタチが悪く過激な連中さ。俺たちが目指している場所ってのが、そのカディナの森だ」


 カラムがカディナの森とやらのことを話しだすと、精霊の表情が僅かに曇ったような気がする。

 どこか申し訳なさそうな目で、カラムを見つめていた。


「カディナの森は、どういう理由でかは知らんが、セラネシラの神官共が神の領域だと言って管理している、所謂聖地の一つだ。ま、俺達が信じるのは何もしない神なんぞじゃなく、自分たちだけなんで、俺達にとっちゃそれはどうでもいい話なんだがな」


 精霊の視線に気付いているのかいないのかわからないが、カラムは淡々と続ける。

 本当に信仰に関しては興味が無いようだ。その点についてはカラムと自分は似ていると言えるだろう。


「面倒なことにカディナの森は、信仰という名の泥沼に頭の天辺から足の先までどっぷり浸かって融通の利かなくなった神官どもが、外部の人間が入り込まないよう強力な結界を敷いて守護している。入れるのは上位神官以上の身分がある人間か、預言や予知夢、降神術、交神術、巫術などの特殊な能力を持っている人間に限られる。それ以外の人間が入るためには高額な布施を払って特別な巡礼者と認められなければならない。

 また厄介なことに、奴らは差別主義でな。人間種、それも純粋な人間以外は下に見ていやがる。ミラのような精霊は、奴らにとっちゃ魔物と変わらんだろう。だからミラの正体を隠したまま入らなけりゃならないんだが、結界のお陰で力技で入るのは難しい。

 ……俺達はそこに入るための金を稼いでいるのさ。だが腕っ節くらいしか売りの無い俺が真っ当に働いた所で、入るために必要な金額を稼ぐのはムリだ。寿命が何年あっても足りやしねぇ。だから危険でも、ハンターや傭兵をするしかないんだ」


「……ミラといったか。彼女の精霊の力を使えば治療などでも仕事を得られるのではないのか? その方が安全だし、傭兵よりもいいと思うが」


「ハハッ、無茶言うな。まぁミラもそう言ってくれたこともあったし、俺も考えなかったわけじゃないが、リスクが大きすぎる。

 まず問題になるのは教会の存在だ。施療院や治癒術師の管理は基本的に教会が行なっている。精霊魔法を使えるミラに比肩できる治療術師なんざ、この国にはいないだろう。となれば教会が必ず介入してくる。

 これは戦いで目立つこととは訳が違う。御前試合を見ればわかると思うが、俺達くらいの実力を持ってる人間は割といる。

 しかし治療に関しては上位精霊魔法を使えるミラが断トツで飛び抜けちまう。目を付けられたら稼ぐどころじゃなくなるのは、俺でもわかるさ。

 それに精霊魔法で治療をして名が売れれば、人間以外を敵視しているセラネシラの連中の耳に入らないとも限らない。連中は従魔や魔獣使い、精霊契約者も異端と見ているから、そうなればもういくら金を積んでも中には入れなくなる」


「だから正体を隠しているにもかかわらず、人目につくことも厭わずに御前試合に参加したり、アーティファクトを使ったりしていたのか」


「そうだ。御前試合はミラがやるって聞かなかったんで、ミラに頼んだがな。ミラのお陰で実入りの良い仕事は多くなったし、貴族に名も売れて目標金額まで大分近付いた。

 だが一つ訂正がある。俺達はアーティファクトなんて金のかかる物は持っていない。持ってたら売り払って、さっき話した布施の足しにしてるさ」


「お前が使っていたのはアーティファクトではないのか?」


「違う。全てミラの力を借りていただけで、アーティファクトなんて持ってねぇ。一応それなりな品質の装備だが、何かを付与したりもしていない。今までのは全てミラの力を借りた精霊魔法だ。これも恐らく、ミラの力をアーティファクトのものだと勘違いした人間が勝手に広めただけだ」


 アーティファクトという話だったので、アンナ達がカラムの使っていた盾やバーダミラが振るっていた鎚を回収して持ってきている。

 しかし実際は普通に店で売られているやや品質の良い装備品というだけで、アーティファクトではないらしい。

 あれだけ自在に水を操っていたのだ。

 アーティファクトではなく水の精霊の力だと言われた方が、何となくしっくりと来る気がする。


「……成程。勇名を轟かせるミクラ兄弟の正体には驚いたが……」


「俺達だって自重はしてきたし、注意も払ってきた。ずっと集団で仕事をせず、二人だけでやってきたのもそのためだ。現に今まではバレる事もなかったしな。

 それより、いいのか? そんな身の上話を聞くために連れてきたわけじゃないだろう?」


「む。確かにな」


 そう言えばそうだった。

 カラムと上位精霊がどういった関係なのかに興味があったため、割と自然にそっちの方面に会話が流れていた。

 切り出したフィズをはじめ、女性陣も同じだったようで、カラムに指摘されて「あっ」という表情を作っている。


 カラム達を生かして連れてきた本来の目的は、雇い主と王国内の情勢を知ることだ。

 王女が目覚めるのを待つ必要があるので、急いで聞き出したところですぐに行動に移せるわけではないが、早く情報を得て対策を考えることは必須だ。


「(ライカ。周囲の様子は?)」


「(相変わらず静かなものだ)」


 自分でも耳を済ませるが、すぐ傍を流れている小さな小川の水音と風の音だけだ。

 気配にもおかしなものは感じない。

 連絡役となっていたであろう森に潜んでいた人間を始末したので、追手の動きは未だ無さそうだ。

 しかし放っておけば何れ動き出すはず。

 その追手のことも聞き出しておかねばならない。

 しかし、その前に───どうしても確認しておきたいことがあった。

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