先人の知恵
ライカのかけてくれている幻術の事を考慮し、なるべくゆっくり降下していく。
闇夜の中、距離に注意しながら徐々に高度を下げていくと、スイの言っていた尖塔の窓がさっきよりも見やすくなってきた。
しかし光が漏れてはいるのはわかるが、やはり中まで見るには距離がありすぎる。
「んー。さすがにここからだとよく見えないね。明かりがついてるってことは誰かがいるとは思うけど」
「クロ、そろそろ危ないぞ。これ以上近付くと気付かれるかもしれん」
「わかった。じゃあここから様子を探ってみる」
都市の上空だが、幸いここは大きな道から離れているので下に篝火が無い。
これなら仮に足元の方にライカの幻術を見破れる人間がいたとしても、見られる心配はないだろう。
一度空中で制止し、どの術を使うか考える。
人がいるかどうかを探るのに一番確実なのはオークの巣穴で使った索敵の術だが、【飛翔】を使いながらでは無理なので今回は他の方法を使う事にした。
未だ【飛翔】を使いながら複数の術を使うのは難しい。
少しは練習して【伝想】や防護の膜、夜目や身体強化などの一度使えば意識する必要の無い簡単なものなら【飛翔】の術を使いながらでも使えるようにはなった。
だが、細かい制御や集中を必要とする術の同時使用はまだまだ練習が必要だ。
細かい制御を意識せずともできるようになれば、【飛翔】を使いながらでも他の集中を要する星術を使用することはできそうだった。
しかしそれには【飛翔】か使いたい他の星術のどちらかに慣れる必要があるのだが、ここ最近空を飛ぶことが少なくあまり練習できないので【飛翔】はなかなか上達していない。
他の星術も集中を必要とするということは強力な効果を発揮するものだ。
そんなものをホイホイと使う状況はそうそう無いので、こちらも慣れるというのは難しい。
【飛翔】が水泳や自転車などのように一度覚えれば忘れないというものならば良かったのだが、そうではないため暫く飛んでいないと制御が結構甘くなる。
練習の為にも自分の満足のためにも、もっと空を飛びたいなぁと余計な事を考えながら城を探る準備をした。
空中に制止したところで眼前に水を生み出す星術を使い、大小二つの水玉を作る。
プカプカと浮かぶその水玉を薄く延ばし、揺らがないように形を固定した。
出来上がったのは二枚それぞれ大きさの違う、凸型で円形の水の膜だ。
「……何してるんです?」
「これで遠くを見るんだよ」
「これで? 水……ですよね? 何か特殊な魔法をかけてあるんですか? 魔術師の使う遠視魔法とか?」
「いんや。ただの水」
「??」
空中に水を出しているところを見てスイが首を捻っている。
この世界では望遠鏡は一般的ではないのかもしれない。それともスイが知らないだけで使われているのだろうか。構造自体は気付きやすいものだし、後者の方かなと予想した。
今回水で作ったのは凸レンズ。
対物レンズと接眼レンズの二枚だけを使う、構造をかなり簡略化した望遠鏡である。
身体強化の星術で視覚を強化してもそれなりに遠くを見ることはできるが、さすがに望遠鏡レベルまで視力を上げるのはかなりの集中を要する。
今回のように【飛翔】を使いながらでは少々都合が悪い。
だが水を生み出して形を変える程度なら簡単だ。
大きめの対物レンズを奥に、小さめの接眼レンズを手前側に動かし、ピントが合うように顔の近さやレンズの位置を微調整すると像が合った。
さすがに市販されているような望遠鏡の精度には到底及ばないし、かなり像が歪みはしたが、何とか明かりの漏れる窓の中の様子を見ることが出来る。
「んー。この位置だとちょっと見えないから少し動くね」
浮かんでいる位置が悪く、窓の奥が見えないので少し場所をずらす。
少し高度を下げ、浮かぶ位置も窓の奥まで見えるように角度を調整してから再度中を覗いてみると、大き目のベッドとそれに横たわる人間、そして騎士らしき人間が二人に侍女服の人間一人を見ることができた。
この位置からでは部屋全体を見ることが出来ないので、見えない場所にまだ人がいるかもしれない。
「見えた見えた。この寝てる人が王女で合ってる?」
確認のためにスイとフィズの顔の前に二枚のレンズを動かし、同じように窓の中を覗かせた。
「わっ大きく見える! ……そうです、ベッドに寝ているのが王女のセリス様です」
「昔見たお顔より大分やつれていますが間違いありません。
……にしてもただの水でこのようなことができるとは、古竜様の使う竜語魔法と知識の深さには感服致しますね」
「まぁ僕が考えたものじゃないんだけどね」
先人の知恵を応用させてもらっただけだ。
自分が考え出したものではない。
「しかし、どうやってセリス様を? 近衛隊の見張りも近くにいるようですが」
「これ以上近付いたら気付かれるみたいだし、あれだけ人がいたら最初に考えていた気付かれないように攫うってのはやっぱり無理か……。
じゃあ一気に窓に突っ込んで突き破るよ。そうしたら僕とライカで見張りの騎士を抑えるから、二人は王女を担いできて。
で、出る時にはフィズさんに大声で攫ったことを宣言して欲しい」
「おっ王城に突っ込むんですか!?」
「ほう。派手だな」
驚く二人だったが、今は他にいい方法が思い浮かばない。
【飛翔】を使っているので他の強力な星術は難しいし、かといってのんびり近付いていたら気付かれて他の兵士にも駆けつけられてしまう。
「やるしかないよ。もたもたしてたら夜が明けちゃう。明るいと逃げ切るのも難しくなるから、悠長に騎士や侍女が離れてくれるのを待つ時間は無い。というかこんな時間までああして張り付いてるなら、いくら待っても離れないだろうし。
大丈夫。竜語魔法でしっかりと守ってるから石壁くらいでどうにかなることはないよ。突っ込んだら僕とライカでサポートするから、二人は王女の方にだけ集中して。あ、他の人間に喋ってるのを聞かれると面倒だし、これ以降は【伝想】を使うようにお願いね」
せっかく夜襲がしやすい時間を選んだのだが、さすがに見張りが皆無とはいかないか。
しかし、警備全体の集中力は低下しているだろう。
なるべく人間の気を引かないように注意しながら接近し、一線を越えたら向こうが動くよりも先に片をつける。
スピード勝負のヒットアンドアウェイである。
「わ、わかりました。……本当にやるんですよね?」
「まぁ失敗したら他の方法を考えるから、緊張しすぎないで」
スイは不安そうだが、フィズはさすがと言うべきか、既に気持ちを切り替えたようだ。
冷や汗をかきながらも表情は戦う者の顔になった。
実際にはこの一回で成功させなければならないのだが、あまりプレッシャーをかけるのも良くない。
適度に肩の力を抜かなければ成功するものもしなくなってしまう。
この位置からでは部屋全体が見えないので他にも人間がいるかもしれないし、ドア一枚向こうには他の騎士が控えている可能性もある。
そしてその人間の中にはライカが言う実力者も高確率で混じっているはずだ。
王が溺愛する娘に適当な警護をつけるはずが無い。
そうしたことにも気を配っておく必要があるだろう。
「じゃあ行くよ! しっかり掴まってて!」
「は、はい! うわわっ!?」
急に加速したことでスイが仰け反る。
フィズは手綱を握って身構えていたので大丈夫そうだ。
ライカは平然としていた。
そのまま勢いをつけて真っ直ぐに王女のいる部屋の窓めがけて突進する。
自分は石壁だろうと問題なく突き破れるが、背中の三人はそうもいかないのでしっかりと防護膜の強度も上げて三人をガードする。
そのままドガガァンという轟音と共に、窓と窓枠、そして石壁の一部を破壊して文字通り王城に頭から突っ込んだ。
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