竜騎士(仮)
日が暮れてから大分時間が経ち、宿の外を歩く人達の喧騒ももう聞こえない。
予定通りメリエ、アンナ、レア、ポロのグループは準備を済ませて日没前に王都を離れた。
何かあったらアーティファクトで知らせるようにと言ってあるが、反応は無いので今のところ順調のようだ。
ポロは荷物に加えて三人もの人間を乗せることになったが、身体強化のアーティファクトもあって重量の問題は皆無。
何も乗せずに走るのと同じくらいの速度を維持できるようだった。
ライカがメリエ達の気配を探ってくれていたが、問題なく王都を出て北西に向かって移動中らしい。
少人数での夜間移動、それも森に入るとなればかなり危ないらしいのだが、今回はその心配はいらないだろう。
レアも含め、渡せるだけのアーティファクトを渡して守りは固めてあるし、自分の古竜の角まであるので魔物に襲われる危険もかなり減っている。
王都から一日程度しか離れていない場所にある森だ。
そこまで凶悪な魔物や獣はいないだろうし、仮に襲われても余程の怪物でもない限りポロもいるから何とかなる。
野盗なども夜の森では気にする必要は無いだろう。
元々野盗は標的が多い街道などで網を張っているので、人がいない森の中で活動する事はほぼ無い。
あるとしても狙った相手が森に入り、それを付けた場合くらいだ。
夜間に高速で移動し、疾竜のポロまでいるメリエ達を付けて襲おうとは思わないはず。
メリエはせっかくの機会だからと、アンナに夜の森での行動の仕方や注意点などを教えると言っていた。
戦う訓練だけではなく、そうしたハンターとしての活動についても教えていくようだ。
対して城に行く自分達のグループは、更に夜が濃くなるのを待っている。
機会チャンスは一度しかないので出来る限り成功率を上げる為、なるべくなら警戒が緩む時間帯に動きたい。
だがあまり遅すぎると逃げる前に夜が明けてしまう。
なので大体午前2時から3時頃を狙って動く予定だ。
そのためスイとフィズは今のうちに仮眠を取っており、暇を持て余したライカも狐の姿に戻ると二人と一緒にベッドで丸くなった。
どんなに警備が厳重でも警備しているのが人間である以上、例え交代をしていても疲労や眠気は必ず蓄積される。
それが最も大きくなるのが夜明け前だといわれている。
昔の夜襲などを行なった記録も、夜明け近くの時間帯が最も成功率が高かったらしいので、今回はそれに倣う事にした。
今夜は曇り空。
月も星も雲に翳って明かりは殆ど無い。
別に嬉しくもないが、潜入には適した天候だろう。
更に時が経ち、多くの人が寝静まった夜半。
準備を整えて、こちらのグループもいよいよ行動を開始する。
静かに宿を出て、ライカと戦った御前試合が行なわれていたという闘技場に向かった。
かなり遅い時間にも関らず、スイ達を捜索していると思しき騎士達が道を歩き回っているが、ライカのお陰で隠れる必要も無い。
「……クロ様。城に向かう道とは違いますが、遠回りでもするのですか?」
「城に行く前に少し準備するので、御前試合の会場に行きます」
どこに行くのかとフィズが訝しげに聞いてきた。
大まかな流れは先程話したが、細かな部分ままだ伝えていない。
仮眠と休息の方を優先したのと、口で説明するよりも見た方が早い部分があるので闘技場で説明する予定なのだ。
それに詳細を話して緊張させてしまうと仮眠も取れなくなってしまう。
特にフィズには重要な役を任せる予定なので、しっかりと休んで気力を維持していてもらわねばならない。
そのまま警邏の騎士達に気付かれることもなく、ライカと戦った闘技場までやってきた。
さすがに夜まで入り口に見張りの騎士は立っていなかった。
入り口を潜り、真っ暗な廊下を直進すると、開けた空間に出る。
ライカと戦ったすり鉢状の闘技場だ。
ライカとの戦闘の爪跡はまだ残っており、中央にある試合場リングはひび割れがあったり、自分の爪の跡があったりとボロボロだった。
一部の破損した石が取り除かれ、交換されたような場所もあるので修理が始まっているらしい。
ちょっと申し訳ない気分になる。
「ここで何の準備をするんですか?」
スイが床に荷物を下ろした自分に聞いてくる。
フィズとライカも同じように疑問の視線を投げかけている。
「さっきの話は覚えてるよね。これから城に行って王女を誘拐してくるっていう」
「ええ。私達で気付かれないようにお城に潜入し、セリス様を確保、その後離脱して王都を離れ、先に行っているメリエさん達と合流するんですよね」
「うん。その方法だけど、僕が竜の姿に戻って三人を乗せて城まで飛んで行くから、スイとフィズさんにはお城のどこに王女が居るのかを指示してもらいたい。ライカにはなるべくギリギリまでこちらの存在がバレないように幻術をお願い」
「!? と、飛んで行くんですか!?」
「うん。逃げるには空を飛んだ方が早いし、検問の心配も要らなくなる。それに僕に乗ってればはぐれることなく全員で移動できるでしょ? 王女を運ぶのも楽になるし。
そこでフィズさんには僕の主人、つまり竜騎士のフリをしてもらいたい。当然正体を知られるとまずいから、顔とかは隠してね」
「竜騎士!? わ、私が!?」
「クロ。それなら場所だけ確認してクロだけが行く方が確実じゃないのか?」
驚愕するフィズを尻目に、ライカが聞いてくる。
「シー。静かに。これにも理由がある。もしも僕だけが竜の姿で飛んで行って王女を攫ったら、城の人間はどう思う?」
「えーっと……使役する騎手が居ないのなら、はぐれ飛竜とかが襲ってきて王女を攫ったということになるんでしょうか……?」
「そうだね。
竜騎士は国が抱えているって話しだけど、飛竜なんて目立つ存在が国境から侵入してきたら王都に着くまでにどこかで見つかるだろうから、敵国の竜騎士が操る竜だとはまず考えない。だから敵が攻めてきたって思われて開戦の心配はいらないはず。それに、竜騎士で王女を狙う利点も無い」
大きな竜でも見つからない侵入方法はいくつかあるだろうが、戦時下で警戒しているのなら魔法などで何か対策しているだろう。
さもないと竜騎士を抱えた空戦力の高い国が圧倒的に有利になってしまう。
星術を使えない飛竜でも、成体以上なら物理的な方法で火炎や毒などを吐けるし、メリエが話していた討伐難易度で最上位となると一匹で町を壊滅させる事もでき、対応には軍が動く必要がある程の強さを持つ。
仮にそれがなくても、攻撃の及ばない高空から機動力を生かして魔法などで攻撃すれば相手に為す術は無い。
それを抑止するための手段が無いのなら一方的に蹂躙するだけになり、そもそも戦争が成立しなくなる。
それに如何に強大な力を持つ飛竜を駆る竜騎士でも、単騎でいきなり王城を襲撃してくるとは考えないだろう。
暗殺を考えるなら目立たない他の方法がいくらでもある。
攫うのが目的だとしても、ヴェルタにも竜騎士や竜を倒せる人間がいるという話だ。
簡単には逃げられない。
そもそも圧倒的不利という状況ならばともかく、敵対国が竜騎士という貴重な戦力を使ってまで、ほっとけば衰弱死する王女を攫う利点などない。
単騎特攻での暗殺だとしても狙うなら死に掛けの王女ではなく、国のトップである王を狙った方が得られるものは遥かに大きい。
「じゃあ野生の飛竜が王女を攫った場合、攫われた王女についてはどう判断する?」
「……食べるために攫われたと思うんでしょうか……?」
「そう。いくら知能が高いと言っても、野生の飛竜が食糧以外の目的で人間を攫うなんて考え難い。飛竜にそれ以外で人間を生かして捕らえなければならない理由なんて無いだろうしね。
つまり攫われた時点で食べられて死亡したって扱いにされる可能性がある。そうなれば戦争推進派は王女の死が確認できなくても開戦の口実になると考えるかもしれない」
「!! ……成程。そこで私が竜騎士のフリをすれば……」
「うん。騎手がいれば野生の飛竜じゃなくて使役された竜騎士、つまり誰かの思惑で攫いに来たって思うよね。普通に考えれば」
そうすると状況が変わる。
国王が溺愛する王女を簡単に諦めるとは思えないので、探し出そうと考えるはずだ。
当然追っ手も差し向けられるだろうが、死亡扱いで開戦という流れは避けられる。
「だからフィズさんには竜騎士だということが城の人間にわかるように振舞って欲しい」
「それが先程言っていた私の役目、という事ですか」
「そういうこと。と言う訳で変身するからちょっと待って下さいね。あ、そうそう。今のうちに二人もアーティファクト付けて使えるかどうか試しておいて」
フィズとスイにも創っておいたアーティファクトを手渡し、使い方を説明する。
渡したのは声を出さなくて済む【伝想】、夜闇で視界を得る為の夜目、眠る王女を素早く運べるように身体強化、そして念のための防壁だ。
攻撃に関しては二人は必要ないだろう。
夜目が利くらしいライカには身体強化と防壁を追加で渡しておいた。
「こっ!? これが全部アーティファクト!? ひ、一つ手に入れるのにも莫大なお金が必要になるのに……」
フィズはジャラジャラと手渡されたものを見たまま固まった。
「あー。細かく説明すると長いから簡単に言うと、僕がアーティファクトを作れるんですよ。素材は僕の鱗で、込めてあるのも竜語魔法だから、全部自前なのでお金は掛かってないです。だからたくさん用意できるの」
「そ、そうなんですか、はは……スゴイデスネ」
あ、これは思考を放棄した顔だ……。
さっきから驚きすぎてて頭が考える事をやめたようだ。
まぁここで動揺されてても時間の無駄だし、それでもいいか。
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