理由
「そんな!? では将軍はどうなるのですか!? 見殺しにするんですか!?」
ライカ以外の全員が驚きで固まったのも僅かな時間。
すぐに困惑の表情に変わる。
こちらの考えを聞いて慌てたフィズが、血相を変えて詰め寄ってくる。
「ちょ、ちょっと落ち着いて……そんな事しませんってば。さっきフィズさんが自分で言ったじゃないですか。僕もそう思います。他の穏健派の目がある以上、すぐにシラルさん達が殺されたりする心配は無い。逆に今脱出すると確実に立場が悪くなる」
「それは、どういうことですか? クロさん」
フィズに諭すように言ったところ、スイがそう聞いてきた。
王女の件はともかく、シラルの方については少し考えればわかりそうなものだが……。
「じゃあ仮にシラルさん達を救助したとしよう。そうするとどうなるか考えてみて」
「……安全になるんじゃないですか?」
「まぁね。ライカが協力してくれれば気付かれずに救助はできるだろうから、シラルさん達の安全は確保できると思う。
けど、状況は何一つ変わらないままでしょ? 依然として開戦の危機はそのままだし、救助したとしても、一度捕まったとなればシラルさんは自由に動けなくなるから、王女の治療も遠退く。ここだけ考えれば変わらないどころかマイナスになる。
そして何よりもまずいのは、反逆の嫌疑がかけられているのに逃げたことで本当に反逆者にされる危険があるんだよ」
裁判のような自己弁護の機会や、しっかりとした調査が行なわれるのかどうかわからないが、犯罪などの容疑をかけられた者が逃げてしまえば、自らその嫌疑が事実であると認めているようなものだ。
シラルのように後ろめたい事が何一つ無くとも、逃げてしまったというだけで事情を知らない周囲の人間は少なからずそう思うだろう。
推進派がそれを見逃すはずはない。
必ずそこを突いて、敵対派のシラルを追い落とそうとしてくるだろう。
そうすればシラルの立場はこの上なく悪くなる。
それこそ本当に反逆者にされ、二度と日の目を見る事ができなくなるかもしれない。
「言われてみれば、確かに……」
「で、では何故王女殿下をかどわかすなど……下手をしたら問答無用で死罪に……仮に成功しても私達の方が反逆者になってしまうのでは……」
「そうかもしれない。でも現状で一番状況を打開できる可能性を持っているのが王女しかいないでしょ?
一度潜入されれば向こうも警戒する。さっきのライカの話だと次からは幻術も効果がなくなるから二度は無理みたいだし、ライカが協力してくれたとしても
ライカの言った幻術の仕組みと欠点。
それを考えれば今の状況でシラルを助ける事はできない。
この機会は開戦の阻止という最終目標のために使う必要がある。
視力が戻ったレアに戦争推進派が刺客を差し向けたと証明できるのなら、王女に拘る必要はないのかもしれないが、レアは刺客が化けていた侍女については何も知らないようだったのでそれも難しい。
まぁ失敗しても力づくで開戦を止める方法はあるが、それをすれば報酬はもらえなくなるし、できれば王女に止めてもらって丸く収めたい所だ。
「……クロ。わざわざ攫わなくても、その場で治療してしまう事はできないのか?」
「最初はそれを考えてたんだけど、さっきライカが教えてくれた幻術の制約を考えると無理そうなんだ。それが無かったとしてもライカは前に幻術を見破れるくらいの実力者が城に何人かいるって言っていたから、王女に近付いた段階で間違いなく侵入はバレる。
いくら治療が短時間で済むとはいえ、集中しなきゃいけないことに変わりは無い。僕が治療する間、護衛の近衛や騎士、それに推進派の人間が悠長に待ってくれるとは思えないから、その場での治療は難しいよ。
そしてもう一つ。王女の治療が無事済んだとしても、王女に現状を説明する時間がどうしても必要になる。目が覚めていきなり、毒を飲まされて数ヶ月昏睡状態だったあなたを竜が治療し、今現在は開戦の危機が迫っていて止められるのはあなただけです、なんて言われたら混乱するでしょ?」
少なくとも自分なら混乱する。
「……それもそうか。王女の証言と協力が必須となる以上、王女が落ち着いて状況を飲み込める環境と時間は必要になる」
それに王女が目覚めたとなれば、推進派は是が非にでも抹殺に動くだろう。
正体不明の人間と竜が王女の部屋に侵入したとなれば、城の人間は間違いなくパニックを起こす。
その混乱は暗殺者にとって絶好の機会のはずだ。
ライカでも警戒が必要となるほどの実力者や、数多くの騎士達の相手をしている間に王女が殺されでもしたら取り返しがつかない。
その危険を減らすためにも、一度城を離れた方がいい。
「これでわかった? シラルさん達の救助よりも王女を優先する理由」
スイとレアは二人で顔を見合わせる。
フィズも納得してくれたようで異を唱えることはなかった。
「……それで戦争を止められるんですね……」
「……王女を無事回復させる事ができて、王女がこちらを信用し、止める為に動いてくれればね。そうすれば推進派の事も明るみに出るだろうし、シラルさん達の嫌疑も晴れるんじゃないかな」
正直なところ、王女が今回のことをどう受け止めるかはわからない。
理知的ではあるみたいだが、性格はわからないのでこちらが思った通りに動いてくれないかもしれない。
まぁ懇意にしていたというスイとレアがいれば話を聞かないということはないだろう。
説得はスイ達に頑張ってもらうしかない。
「わかりました。両親もそのために今まで戦ってきました。ここで目標を見誤れば全て無駄になってしまう……クロさんの言う通りですね」
これで流れは一通り知らせる事ができた。
後は細かい部分の説明だが、その前にスイとフィズは休息が必要だ。
依頼で疲れているはずのメリエ達には申し訳ないが、先に動いてもらわなければならないので休む暇は無い。
最後に失敗した場合のことも確認し、最悪の場合は逃げるということも周知した。
その後、買っておいた串焼き肉を全員で食べて腹ごしらえをし、それぞれ準備に入る。
「じゃあ王都の外に出る我々は先に行こう。クロ、大丈夫だとは思うが、無理はしないようにな。アンナ、レア、荷物を持って移動の準備をしよう。おっと、出る前にポロにも食事をやらないと可哀想か」
「わかりました」
「は、はい!」
「アンナもごめんね。依頼で疲れてるのに、ドタバタとしちゃってさ。気をつけてね」
「大丈夫です。旅で少しは体力がついていたみたいなので、それ程疲労はありません。癒しのアーティファクトもありますしね。……クロさん、絶対に無理はしないで下さいね」
「その辺は大丈夫。何よりも命が第一だからね。メリエも」
「ああ、気にしなくていいぞ。これも訓練になる。町の外に出る仕事では予想外の事態も起こり得る。そうしたことはこちらの疲れとは無関係に起こるからな。疲れていても行動する心構えと体力を鍛えるには丁度いいさ。
ま、早めに隠れられる場所を確保して休んで待っていよう。今回はレアもいるし、無理はしないようにする。じゃあ行ってくる」
「うん。また後で」
メリエ達は手早く荷物をまとめてポロのところに向かった。
アーティファクトでの変身は、ポロのところで行なうようだ。
変身したメリエとレアを見られないのはちょっと残念。
スイは出て行くレアを心配そうに見送る。
レアもドアの前で振り返るとスイと視線を合わせた。
二人は言葉を交わすことは無かったが、その瞳に決意を宿らせていた。
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