支払い

「……確かに、我々ハンターも見習わねばならない考えだな。食糧として獣を狩るのは仕方が無いとしても、必要も無く命を奪うのは冒涜だ」


「我々鍛冶師とて、それは同じですよ。強力な魔法を使える者はまた別ですが、普通の人間は非力です。武器が無ければ生き残っていくことは難しいでしょう。少し矛盾した考えかもしれませんが、私は武器を殺しの道具ではなく、生活を助ける道具と思って使って欲しいと考えています。

 だから我々は殺しを楽しむような人間や犯罪者に武器は売りませんし、故意に売っている者はギルドから粛正対象にされます。……それでも利益を求めて売る者は後を断ちませんがね」


「売れてしまった双剣の片方も、買った相手に気を付けたんですか?」


「それは当然です。特に〝負うもの〟の効果は危険ですからね。しかし父の話によれば、〝負うもの〟の買い手は王宮の近衛騎士様だったそうなので、正しく使ってくれているのではないかと思います。父も近衛騎士様ならと片方だけの販売に承諾したそうです」


「!!」


 これはまさか……。

 そんな物騒な剣を王宮の人間の誰かが所持しているということか。

 もしかするとライカが言っていた実力者の誰かが持っている可能性もある。

 ダランドさんがにこやかに話しているのを見ると、騎士や王宮の人間は一般人からの信頼はあるようだが、戦争推進派側の人間だとすると危険だ。

 今後敵対したら戦うことも出てくるかもしれない。


 傷付けた相手を死に至らしめる……〝償うもの〟と同じような呪いか、何かの毒や魔法が仕込まれた剣だろうと思うが、詳しいことはわからない。

 ダランドさんも前の代で売れているため、具体的に何が付与されているかまではよくわかっていないようだし、ここに飾られている剣と同じタイプの剣を持っている人間には注意しなければならない。


「どうかしましたか?」


「いえ、何でも……それにしてもお城の人も買いに来るなんて、有名な工房だったんですね」


「ありがとうございます。確かに騎士や貴族様が買いに来てくれることも増えましたが、初心は忘れずに励んでいます。例え王様が来たとしても、それを変えることはありません。雅みやびの為の武器ではなく、誰かの役に立つ武器を心掛けていきますよ」


「……ところで、あの残った一振りも買うことはできるんですか?」


 これを聞いてダランドさんは驚いた表情になった。

 メリエとアンナもこちらに視線を向ける。


「ええ、販売はしていますが……」


「じゃあさっきのショートソードを辞めて、あの〝償うもの〟を売って欲しいんですけど」


「しかし……いいんですか? さっきの話は本当です。〝負うもの〟のように使うことで使用者に何かあるということはありませんが、本当に木剣と大差ないですよ? 武器の性能はともかく、素材は良い物が使われているので値段もかなり割高になりますし……」


「ええ、それでもいいので」


「……まぁ納得して買って頂けるなら私は何も言うことはありませんが……」


 困惑気味の表情をしているダランドさん。

 それもそうだろう。

 今までの話を聞いた限りでは、わざわざあの剣を買う人間は恐らくいない。

 売れ残っているのが何よりの証拠だ。


 しかしこれには少し打算があった。

 武器としての利用価値はともかく、ライカの言った呪いというものがどういうものなのか興味が湧いたのだ。

 もしかしたら【竜憶】に何か記録が残っているもので、どんなものなのかを調べられれば星術に応用できるかもしれないし、呪いを使って攻撃してくるような魔物などへの対抗策を考えることもできるかもしれない。


 呪いといわれると手元に置いておくのがちょっと恐い気もするが、誠実なダランドさんが害は無いと言っているのだしそこは信用してもいいだろう。

 それに元々武器を使う予定は無かったので、命を奪うことなく相手を無力化できるというのも悪くない気がする。

 竜の爪よりも頑強で切れ味の良い武器はそうそう無いだろうから、本当に殺傷する必要が出た時には自前の竜の爪を使えばいい。


「ではショートソードではなく、こちらで。……本当にいいんですか?」


「はい。あ、それと弓で使う矢を50本下さい」


 忘れずにアンナの弓用の矢も購入しておく。

 多い気もしたが、改造カバンにならたくさん入れられるしこれくらいあっても邪魔にはならないだろう。

 矢筒を買ったらカバンのように容量を増やす改造をすれば便利かもしれない。


「わかりました。矢は普通の物しか扱っていませんので、もし魔法の矢などが欲しい場合は魔法商店を探してみて下さい」


「わかりました」


「では支払い契約をしますので、ギルドカードか市民証をお願いします」


「支払い契約?」


 アルデルと同様にただお金を支払えばいいと思っていたので、思わず首を傾げてしまう。


「おや。ご存知ありませんか? 今回のような品質が良く高い武器や素材、それからアーティファクトや建物など、一括での支払いが難しい高価な物を買う場合は、ギルドが仲介役となります。支払い契約を済ませた後は各地の総合ギルドにお金を払って頂けば、わざわざ店にお金を持ってきてもらう必要はありません」


 ああ、成程。

 銀行のようなシステムをギルドが代行しているということか。

 アルデルでは金貨30枚をそのまま払ってしまったが、よくよく考えれば一般の人が300万円相当のお金をホイホイと払えるだろうか。


 それくらいなら平気だとしても、緑金貨が必要な程の物を現金一括で支払える人間はそうそういないはずだ。

 そうした高価な買い物の仲立ちをしてくれるのがギルドということらしい。

 そんな風に予想を考えているとメリエも説明してくれた。


「支払い契約をすると店にはギルドから代金が払われ、購入者はギルドに代金を支払うことになる。一括で払えない場合は分割でギルドに支払えばいいんだ。

 またこれにより他の都市や村に移動したとしても、各地の総合ギルドで支払いができる。しょっちゅう移動する仕事をしなければならないハンターや傭兵には必須ということだ」


 ふむふむ。

 各国の各都市や村に拠点を置いているギルド連合なら、こうした銀行のような仕事は都合がいいということか。

 どうやらギルドカードにそうした情報を記録できるようだし、情報管理もしやすいみたいだ。


「はい。そして先程も話した犯罪者に強力な武器を売らないためでもあります。

 高品質でもナイフ一本など生活で使う程度の物でしたら必要ない場合も多いですし、鍛冶師ギルドや商人ギルドのランクがC以下の店では身分証が無くても店主がお客を見て売るかどうかを判断している場合もあります。村から買出しに来た人などは身分証明を持っていないことも多いですからね。その場合は高品質の武器は売ってもらえませんが。

 しかしギルドが定めた一定以上の品質の武器を売る場合や、B以上のランクの店で武器を買う場合は購入者の市民証やギルドカードを確認することが販売側に義務付けられています。そうして犯罪者に強力な武器が渡るのを防いでいるわけです。武器に限らず危険な毒物や奴隷の売買でも身分証明の提示は必須です。まぁ大きな犯罪集団では鍛冶師を抱え込んでいることも多いので、完全ではないのですけどね。

 余談ですが、商人ギルドに登録し店を構える時には犯罪者かどうかの見分け方なども指導されるんですよ」


 ギルドはそうした警察のような管理もしているのか。

 身分証は村に住んでいる人間は持っていないことが多いという話だったが、そうした人達だって武器は必要になる。

 そうした人達も買えるようにということらしい。


 どちらかというと国がやるべきことのような気もするが、店や職人達を取り纏めているギルドが指導した方が効率的ということだろう。

 しかし店が売る人間に気を付けていたとしても、買った人間が横流ししてしまえば犯罪者の手に武器が渡ってしまうと思うのだが……。

 まぁ素人の自分が思いつくくらいだから、きっと対策はされているのだろう。

 購入情報を元にして監視したりしているのだろうか……。


「わかりました。じゃあ代表で払うので僕のギルドカードを」


 ダランドさんに手渡す前に舐めて情報を表示させる。

 ダランドさんはギルドカードを確認すると、カウンターの下から一枚の紙を取り出し、何かをサラサラと書いていく。


「支払い総額は緑金貨15枚、金貨70枚、銀貨5枚になります。問題なければこちらにサインを」


 うっわ。

 高くなるだろうと予想はしていたが、物凄い金額だ。

 こちらの世界の物価はまだよくわからないところではあるが、もし予想通りのお金の価値だったとしたら家の2,3軒は買えそうな金額である。

 まぁ問題なく支払えるのだが。


 かなり高品質な物や魔法武器まで買ったというのもあるのだろうが、これだけの武器を揃えても最低品質のアーティファクト一つにも及ばないのか。

 アーティファクトの希少性と価値がよくわかる。

 そしてそれで完全武装している自分やアンナ達がどれだけ異常なのかも再認識してしまった。


「あ、僕文字を書けないんですけど……」


「ああ、本人立会いであればお仲間さんに代筆してもらっても結構ですよ」


「じゃあメリエお願いしていい?」


「ああ」


 代わりにメリエに書いてもらい、契約書を手渡す。

 ダランドさんは再度確認し、問題が無いことを確かめ、自分のギルドカードを契約書に押し付けている。

 ギルドカードに何かを記録したのだろうか。

 ギルドカードの方はその後すぐに返してくれた。


「支払い期限などはギルドと交渉して下さい」


「ここで支払うこともできるんですか?」


 身分確認は必要なので契約書は一括だろうが分割だろうが作ることになるだろう。

 しかし、支払いができるのならここで払ってしまいたい。

 借金があると落ち着かないので極力したくないというのもある。


 日本で生きていた頃も借金は全くと言っていい程しなかった。

 お金を借りなければならない程の買い物はしないか、お金が溜まるまで我慢していた。

 利息を払うって何か損した気分になるし……。


「ああ、頭金ですか。受け取ることもできますよ」


「いえ、全部払ってしまいたいんですけど」


「は……? いえいえ、一括で払えるような金額ではないでしょう。貴族や上位ランカーの人間などでなければこんなお金を手元に……」


 あるわけないとでも言おうとしていたらしいダランドさんの声が尻すぼみになる。

 自分が財布から緑金貨をジャラジャラと取り出したからだ。


「え!? ま、まさか貴族様だったんですか!?」


「いえ、普通の一般人です」


 嘘です。

 普通でもなければ人でもないです。


「で、ですがこんな大金を……」


 ダランドさんがお金と自分を交互に見ながらうろたえる。

 メリエがこのお金を渡してくれた時に自分やアンナが全く反応を示さなかったのを訝しんでいたが、こういう反応が普通ということか。


「ちょっと高価な物をオークションにかけたんだ。その売り上げで装備を買うことにしただけで、身分が高いというわけじゃないんだ」


 メリエが苦笑しながら説明してくれた。


「そ、そうでしたか……オッホン。失礼しました。では一括で受け取りましょう。契約書自体はギルドに提出するために必要ですのでこのまま預からせてもらいますが、支払いは完了済みにしておきますのでご安心を」


 そう言って契約書に何かを書き足していく。

 提示された金額を支払い、お釣りを受け取る。

 高い買い物をしたが、財布にはまだ緑金貨が20枚くらいは入っているので余裕がある。

 このままアンナの防具も買いに行っていいかもしれない。

 ついでなので防具のお店も紹介してもらっておこう。

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