結果

 試験をした翌日。

 身支度を済ませて朝食を摂ると、昨日の試験の結果を聞くためメリエ、アンナと一緒に朝一番で総合ギルドにやってきた。


 自分は待合室に行って結果を聞かなければならないので、一度総合ギルドの受付前で二人と別れる。

 メリエとアンナは待っている時間で訓練場に行ってみるそうだ。


 さすがにいきなり戦闘訓練は無理なので、まずは少し体を動かして体力の確認と、ギルドが貸し出してくれる武器の中からアンナが今後使っていく武器を選んでみると言っていた。

 使用する武器はこだわりや思い入れがないのなら、色々な武器を実際に手にとって使ってみることで一番馴染むものを探すのだとか。


 そしてここではできないが、武器探しと平行してアンナの潜在魔力を調べるとも言っていた。

 魔法が使える使えないは結構戦い方に違いが出てくる。

 もしもアンナに高い潜在魔力があれば、魔術師として学ぶことも視野に入れた方がいいだろう。


 ハンターギルドや傭兵ギルドに登録したり、王立学院に入学したりする際には無料で調べてくれるそうなのだが、そうでない場合は有料になるとのことだった。

 仮に魔術師になるのだとしても魔法が使えない状況下でも戦えるように、何か武器を使えるようにしておくことと体力を付けておくことは必須となる。

 先日自分と戦ったダールも近接戦の心得は必要と言っていたし、自分もそう思う。

 なので何れにしても体力作りと訓練そのものはやらなければならない。


 というわけで二人と別れ、昨日と同じ待合室で待つことになった。

 部屋に入ったのは昨日と同じで自分が一番最後だったようだ。

 待っている人間の様子も大体昨日と同じで、コージスはそわそわと、他二人はむすっとした表情で目を閉じてじっとしている。

 相変わらず会話も無く、何とも居心地の悪い雰囲気の待合室である。


「おう。揃ってるな」


 待つこと数十分ほど。

 待合室の扉を開けて大男が入ってくる。

 判定官のバークだ。


 昨日と違って今日は何やら箱を持った女性がバークの後から一緒に入ってきた。

 バークは昨日と同じようにドシドシと歩いて席に着く。

 後から続いてきた女性は箱をテーブルに置くと静かに退室していった。

 試験官の二人は同席しないのか……。


「さて。んじゃ余計なことは抜きにして、まずは結果からだな」


 この言葉を聞いて緊張しまくりだった獣人の少年、コージスがゴクリと喉を鳴らす。

 受験の合格発表を見るような気持ちなのだろう。

 わからなくもない。

 他の二人は表情を変えず、相変わらず無言だった。

 バークはそんな新人達を見回してから、今までと同じ事務的な声音で言った。


「全員、今日からハンターだ。これから戦闘能力評価の結果とギルドカードの発行、そして注意事項をいくつか説明する」


「や、やったぁ!」


 ハンターになれたとわかったコージスが喜びの声と共にガッツポーズを作る。

 対して他の二人は相変わらず眉ひとつ動かしていない。

 ハンターになれて当たり前といった感じだ。


 自分は正直な所、心の中で安堵の息を吐いていた。

 かなり手を抜いて戦ったし、決定打となるような攻撃を一度もダールに与えられなかったので、これはもしかするともしかするのではないかと不安に思っていたのだ。


「気持ちはわかるが、まだスタートラインに立っただけだぞコージス。これからだってことを忘れるなよ」


「う、は、はい……」


「よし。じゃあギルドカードを渡すついでに戦闘評価を伝える」


 そう言うと、バークは懐から四枚の金属プレートを取り出す。


「まぁ見たことはあるだろうが、これがギルドカードだ。これだけじゃまだギルドカードとしては使えないがな」


 そう言いながらテーブルにプレートを並べた。

 メリエが見せてくれたものや自分が拾ったものとは違い、何もしていないのに文字が表示されている。


「こいつには戦闘評価とギルドランクは既に記載されているが、個人の生体情報はまだ焼き付けていない。これからそれを行なって完成となる。まずは戦闘評価だな。コージス」


「は、はい!」


「コージスの戦闘評価は1だ。ほれ、これがお前さんのカードだ」


 そう言うとコージスの方にカードの一枚を滑らせる。


「ありがとうございます!」


 自分の前まで滑ってきたカードを受け取ったコージスは、早速カードに見入っている。

 余程嬉しいのか犬の尻尾がパタパタと揺れていた。


「次、アルダ。お前さんも戦闘評価は1。ほれ、カードだ」


「何だと!? なぜ俺が!」


「まぁ言いたい事は後で聞いてやる。次ナイア。お前さんも戦闘評価は1。ほれ」


「……!」


 アルダもナイアも評価を聞くなり怒りの目をバークに向ける。

 いつも無表情だったナイアですらわかるくらいの目付きをしている所を見ると、かなり頭に来ているようだ。

 それだけバークの評価が納得いかないものだったのだろう。


「まぁ睨むな。最後にクロ。お前さんの戦闘評価は2。ほらよ」


 バークはそんな二人の怒りの視線を無視し、自分の方にカードを滑らせた。

 手元に滑ってきたプレートを持ち上げる。

 相変わらず文字は読めないが、教えてもらった数字だけはわかる。

 今の時点での自分のギルドカードの情報部分は次のようになっているようだ。


〔 ギルドランク F 戦闘能力評価 2 (魔力総量 _ ) 〕


 ギルドランクはメリエの話からすると当然一番下のFだろう。

 バークも何も言っていなかったので読めなくてもこれで間違い無さそうだ。

 まだ魔力測定はしていないのでそこだけ空欄になっている。

 というか大した戦果も出していなかった自分が戦闘能力評価が2で、魔法やらなにやらを使っていたアルダやナイアが1なのか。

 どういう評価基準なんだろう。


「納得いかねぇ! なぜ俺が1でロクな戦闘技術も無かったこいつが2なんだ!」


 ここでアルダが椅子を蹴倒して勢いよく立ち上がり、テーブルを叩いた。

 カードに見入っていたコージスが驚いて硬直している。

 こちらもびっくりしてしまった。

 心臓に悪いからやめておくれ……。


「私も、承服し兼ねる。判断の根拠は何?」


 やはりこの結果にお二人さんは大層ご立腹のようだ。

 二人は判定をしたバークに詰め寄る。

 コージスは妥当な所だと思っているのか、怒った二人を戸惑いながら見ているだけだった。


「……そうくるだろうと思ったぜ。ったく新人はどいつもこいつも……まぁ座れや。機密事項もあるから全ては教えてやれないが、お前らが納得できるだけの判断の根拠は示してやる」


 そう言うと溜め息を吐きながら静かにこちらを見回した。

 怒っている二人も鼻息を荒くしつつも席に着いた。

 バークの様子を見るに、この二人のように評価に異議を唱えるものは少なくないのだろう。

 またかという渋い顔をしている。


「じゃあまずは前提の話からだ。お前らが登録したのは何のギルドだ?」


「……ハンターっス」


 バークの問い掛けにコージスが答える。

 他の二人は何を今更という感じで答えることも無くバークを睨んでいた。


「そうだ。お前らが今日からなるのはハンターだ。このギルドカードはハンターギルドの物。このカードに記載される情報も全てハンターとしてのものだ。調理師ギルドのカードに戦闘能力を記載する意味はねーからな」


「それが何だというの?」


「……この戦闘能力評価は『ハンターとしての』戦闘能力評価だっつーことだ。剣を振ったり魔法をぶっ放したりする能力を評価したものじゃねぇ」


 これを聞いて自分は何となく言わんとしていることがわかったが、他の三人はよくわかっていないようだった。

 コージスは首を捻り、怒り心頭の二人もギリっと歯を食い縛ったままだ。

 納得できていないと言う事だろう。

 仕方ないといった顔をしたバークは深く背もたれに寄りかかると、睨んでいる二人をねめつける。


「わかっていないようだな。じゃあもっと具体的に言ってやろう。

 仮にお前達全員に戦闘能力評価2をつけてやったとしよう。ギルドの依頼受注システムからすると、評価2のお前らは評価3までの依頼を受ける事が可能になるわけだ。だがもしお前らが今の状態で評価3の依頼を受けたら、ほぼ間違いなくクロ以外の全員が死ぬだろう」


 これを聞いてコージスがビクッと震える。

 怒気を発していた二人も驚いた表情で固まった。

 バークは目付きを鋭くし、更に言葉を続ける。


「もう一度言う。お前らがなったのはハンターだ。御前試合に出る武芸者でも無ければ、闘技場で戦技を競う剣士や魔術師でもねぇ。ハンターとして生き残り、仕事をこなしていくのに必要な強さ、それを評価すると必然的にこうなる。

 今回、三人が1でクロだけが2になった理由を説明してやる。クロの戦闘技能は確かに素人だ。単純な戦闘技能だけで言うならアルダやナイアの方が上だろうな」


「じゃあ何で……!」


「だが、ハンターに最も必要なのは剣を扱う腕でも、強力な魔法をぶっ放せる力でもない。そんなもんは二の次だ。仕事をしてりゃ嫌でも身につくからな。ハンターとして生き残っていく上で大前提として備えていなければならないモノをもっていたのが、この中ではクロだけだった。

 昨日のお前達の戦いを思い返してみろ。クロ以外の三人はすぐに息切れを起こした。つまり体力、持久力が圧倒的に足りていない。無論体力だけで判断したわけではなく、他にも見ている部分はあったがな」


 確かに先の三人はラサイが一向に疲れを見せない中、ラサイよりも先に息を乱して動きを鈍らせていた。

 激しい動きをしていたというのもあるだろうが、時間にしたら魔法で補助をしていたアルダでも30分に届かないくらいだった。

 ナイアやコージスはもっと短かった気がする。


 自分はバークに止められるまで息切れはしていない。

 元々竜の体力を備えているわけだし、あの程度では疲労すら感じない。


「戦闘能力評価が関係してくる赤白の依頼で、2から上のものは町から遠く離れた場所に赴いて依頼をこなすことが殆どだ。町の近くに戦闘能力3以上も必要な魔物なんか居てみろ。住民は農業や狩猟のために外に行く事もできやしねぇ。

 期限付きの中、場合によっては何十日と移動し、標的を探し回る事も珍しくないのが評価3が必要となる討伐依頼だ。お前達は時間に追われ、クソ重い荷物を持って長時間移動した後にそんなバケモン共と全力で戦えるか?」


 これを聞いてやっと二人も理解してきたのか悔しそうな表情を作る。

 言われてみれば評価が4のメリエも体力はかなりあった。

 旅をしながらでも余裕をもって野盗の襲撃を退けていたし、アスィでも魔物相手に連戦していた。


「お前達と戦った試験官の二人を思い出せ。ラサイなんかお前らに付き合って三連戦したのに汗ひとつかいてねぇんだぞ。広大なフィールドを歩き回ることが仕事として前提となるハンターや傭兵は、戦う事だけを考えりゃいい武芸者や衛兵なんかとはわけが違う。これが戦う技術よりも体力が大前提と言った理由だ」


 それはそうだ。

 その一瞬で全力を搾り出して戦えばいい御前試合のようなものと、長期間に渡る旅をしながら依頼をこなすのでは体に掛かる負担は全く違う。

 慣れない野宿で夜間も気を張らなければならない状況では体力だって常に100%を維持する事などできないし、精神的な疲労ものしかかってくる。

 それは今までの旅で自分も痛感した。


「繰り返すがお前達二人とクロとを比べれば、戦う技能は間違いなく二人が上だろう。だが実際に依頼を受けるとなれば今のお前達二人は足手纏いにしかならねぇ。ソロならそのままあの世行きになるか、何の成果も得られずに逃げ戻るのがオチだ。

 もしパーティーを組むに当たってクロのように戦う技能は未熟だが体力は一人前の者と、戦う技能は一流でも体力が新人程度の者、どちらと組みたいかと言われたら余程の馬鹿か新人教育が好きな奴でもない限り体力を優先する。戦えなくても体力があれば見張りや荷物を抱えての逃走もできるし、疲労による効率の低下は防げる。

 今のお前らじゃ仮に組めたとしても見捨てられるな。これがどんなに大きな事か仕事をすればお前らもわかるだろう」


「くっ……」


「ナイア。お前さんは最初に言ったな。騎士団でも通用するかと。騎士団も同じだ。長時間の行軍をし、野営地を築き、何日も作戦行動をしていく体力は必要になる。これは魔術師だろうが剣士だろうが関係ない必須のモンだ。これをしっかり見極めて評価しているからこそ、騎士団が俺らハンターや傭兵ギルドの戦闘能力評価を信頼して使用してるんだ。

 この評価は膨大な時間と数え切れない犠牲の中、如何に犠牲を減らしていくかを試行錯誤して決められたものだ。どんなに戦闘技能が長けていようが体力が無いうちは評価1から動くことはねぇ。

 アルダも同じだ。お前さんが貴族の血筋で、騎士団の指導を受けていたとしても評価は変わらねぇ。例え王族でもこの評価基準は絶対だ。例外はねぇ。わかったか?」


「……く」


「……知ってやがったのか」


「フン。ギルドの情報網を見縊るんじゃねぇぞ? 例え偽名を使っていようが変装していようがわかる奴にはわかるんだよ。どういう理由でハンターとなるかは知らねぇし興味もねぇが、素性くらいは調べるさ。この後も言うが、ギルド連合の信用を貶める奴が紛れ込むと余計な仕事が増えて困るんでな」


 ……え?

 それ大丈夫?

 僕の正体バレてない?

 と思ったが、もしも見破られていたとしたらギルドの受付に行った時点でバレていたはずだ。

 試験を受けることすらできなかっただろう。


 今の段階で何も言われていないのだから大丈夫なはずである。

 人間種の魔法や技術よりも古竜が使う星術の精度の方が高いということか。

 にしてもアルダは貴族だったのか。

 ちょっと居丈高な気はしていたがそこまではわからなかった。

 さすがの二人もバークの話で押し黙った。

 正論過ぎる正論でぐうの音も出ないといったところか。


「まぁ評価2が必要な依頼を連続でこなせるようになれば体力は十分ついているだろう。そうすればこちらが判断して上げていくさ。

 ああ、ついでだからこの評価の事も言っておくか。評価5までは一つ上の依頼を何度もクリアしていれば上がっていくが、5から上にいくには試験が必要になる。近くなってきたら受付で教えてもらえるだろう。長くなっちまったが次の話に移るぞ」


 そう言うとバークはテーブルに置かれた箱に手を伸ばす。

 箱の中にはガラス板のようなものとナイフが四本、そして光沢のある厚紙のようなものが入っていた。


「んじゃ次だ。これから魔力総量の測定と生体情報の焼き付けを行なう」

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