試験終了
「おや。さっきよりもやる気が出ましたか? ではそちらの手番でどうぞ」
こちらの雰囲気を察したのか、ダールが一歩下がって身構える。
杖を前面に構え、受けの姿勢になった。
では遠慮なく。
「! ほぅ。それなりに速いですね」
さっきまでのようにゆっくりとではなく、走って間合いを詰める。
身体強化もしてあるがちゃんと加減はしている。
せいぜいコージスやナイアの突進より少し速いくらいだろう。
そのまま籠手をした拳を振り上げ、真正面から拳撃を繰り出す。
「───大気の殻、シールド」
拳を振り上げるのを見たダールが呟く。
シールド、と言う事は、これは泉の森で襲ってきたハンターが使った防壁の魔法か。
気にせずそのまま拳を振り下ろすとダールの前で不可視の壁に阻まれる。
感触はガチガチに硬いわけではなく、硬めのゴム、タイヤにぶつかった感じだろうか。
星術の防壁で防いだ時のようにガキンといような音がすることもなかった。
強度は結構あるらしく、ゴムのような感触であっても力で押し込む事はできそうもない。
仕方なく防がれた拳を引いて大きく飛び退く。
しかし間髪いれず再度攻撃を仕掛ける。
今度はジグザグに動いたり、背後に回り込んだりして攻撃の位置をずらし、何度も拳を叩き込んでみた。
だが、どこから攻撃してもダールに拳が届くことは無く、ゴムの壁のような感触に阻まれてしまった。
どうやら自身を中心に、球状に壁を作っているらしい。
この辺は自分の使う膜を作る星術と同じようだ。
力も少し強めてみたりしてみたが、やはり防がれてしまう。
感触的に全力で殴りかかれば突き破れないこともなさそうだが……。
「少しは動けるようですが、決定打に欠けますね。魔術師でも近接の心得くらいあって当然。その程度では抜けませんよ?」
その後、暫くはさっきまでの新人達と同じように結構な時間動き回り、緩急をつけたり力加減を変えたりしながら攻撃を繰り出し続けたのだが、ダールに攻撃を届かせることはできなかった。
時間で解除されるタイプの魔法ではなさそうだ。
竜の時は全く抵抗無く切り裂けたが、今回は人間の姿で更に手加減もしているので簡単に突き破ることはできないか。
このままでは埒が明かないし、魔法を見ながら動き回って思いついたことがあったのでここで試してみる事にする。
丁度いいことに手が隠れる籠手をつけているので、新しい星術の実験も同時に行うことができる。
一度攻撃の手を止め、間合いを取って立ち止まる。
この隙に攻撃されないよう相手の動向に注意を払いながら星素を操作し、星術の準備をしていく。
元々使っていた【転身】、それとアンナの猫耳姿で思いついた独自に考え出した星術。
体の一部分だけを別な生物のものに変化させる、部分転身の星術だ。
アンナに作って渡したアーティファクトにできたのだから、自分でもできるだろうと予想していた。
籠手に隠された拳に星素を集め、竜鱗で覆われた手をイメージする。
籠手の外から見ても何か変化が起こっているようには見えないが、以前変身した半人半竜の時のように、握った時に鱗が当たる感触がするようになったので、恐らく成功しているだろう。
籠手のお陰で周囲に気付かれる事もない。
こうして一部分だけを変化させることで周囲に知られることなく体の一部分の防御力を上げたり、今回のように拳の攻撃力を上げたりすることができる。
咄嗟の時にすぐ使うのは難しいため、その辺はまだ改善していかなければならないが、正体をバラすことなく戦いを有利に進めるには結構いい星術ではないかと思う。
これならさっきのように火の玉を受けたとしても熱い思いをしなくて済むし、以前森で岩を相手に試した時のように硬い物を強めに殴っても拳や腕を痛めることもなくなる。
丁度いいし、どれくらい強く殴ればシールドの魔法を突破できるのかも試してみる事にしよう。
人間の姿ではもうどうしようもなさそうだったし。
星素の充溢した竜鱗の手を構え、再度ダールに殴りかかる。
いきなり威力を上げたら怪しまれるので、まずは速さも威力もさっきまでとほぼ同じにして、徐々に変えていくことにした。
ダールからすればさっきまでの攻撃と変化していないように見えるだろう。
思惑通りダールも懲りずにまた同じ攻撃をするのかというやや呆れた表情のまま、その場所から動かなかった。
さっきと同じように籠手で覆われた竜鱗の拳とダールの防壁が衝突する。
「「!!?」」
しかしさっきとは衝突した時の感触が違った。
先程までは硬いゴムのような壁に阻まれて終わったが、今回は衝突した部分を
竜鱗の手での攻撃は、シールドの魔法を突き破って中のダールへと進んでいく。
これには自分も驚いたし、ダールも驚いたようだ。
「っ!」
ダールは咄嗟に後ろに飛び退き、拳撃を回避した。
思ったよりも機敏な動きだ。
これがブーストという魔法の効果なのか、それとも元々ダールが備えている身体能力なのかは判断できない。
こちらの拳撃は速度も遅めだし、攻撃そのものは素人が殴りかかるのと同じだったので、回避することはそこまで難しくはなかったようだ。
一度間合いを取り、お互いに睨み合う。
それにしても、これはどういうことだろうか。
竜の姿の時ではシールドを意に介さずに攻撃できていた。
最初は単純に竜の姿の力が強いからだろうと思っていたのだが、今回の事を考えると単純にそうだとは言えなくなった。
確かに相手の防御力を上回る威力で攻撃すれば防げなくはなるだろうと思う。
しかし今の攻撃は竜鱗の手に変わった以外は力も速度も今までと一緒だった。
星素が宿った竜の体だと、人間の使う魔法を無効化できるということか?
しかし、無効化しているというよりは無理矢理に壁を掘り進んだ感じだった。
ということは星素を漲らせると魔法に対して抵抗力のようなものが生まれるのだろうか?
いや、そもそも星素は関係なくて、古竜の体そのものに人間の魔法を無効化したりする効果があるという可能性もあるのか……。
うーん、わからない。
まだ情報が足りない。
もっと身近でじっくり魔法を見せてくれる人がいれば調べやすいのだが……。
「……??」
ダールも自分と同じで、何故さっきと同じように防壁で止まらず、拳が振り抜かれたのかわからないようだった。
驚きと疑問を綯い交ぜにした顔で、さっきまでよりも油断無くこちらを見据えている。
とりあえずもう一度やってみようということで、さっきと同じように拳を構えてダールに向かって駆ける。
「!! ───足を
ダールは向かってくる自分を見た途端、さっきまでの余裕を消して叫ぶ。
それと同時に杖の先端を石の床にカツンと叩きつけた。
その声と同時に駆ける自分の足元にある石が一瞬で泥のように変化し、丁度自分の足が着こうとしていた真下に落とし穴のような丸い穴が生まれた。
「あぶふっ!?」
突然口を開いた穴を避ける事ができず、盛大に落とし穴にハマって穴の壁面に顔からぶつかる。
身体強化はしてあったので怪我は負わなかったが、鼻の頭がヒリヒリする。
きっと鏡を見たら鼻の頭が真っ赤になっていることだろう。
ついでに急に落とし穴に落とされたため、びっくりして心臓がバクバクである。
「それまで!」
ここでバークが終了の宣言をした。
何とも納得のいかない終わり方だったが、全力を出せない今の自分ではどうしようもない。
一応それなりに攻撃の姿勢も見せたが、一度もまともな攻撃を当てられなかった。
試験は大丈夫だろうか……。
「あでで……ありがとうございました」
「……」
穴から這い上がると、ぶつけた鼻を押さえつつダールに礼を述べて試合場を後にした。
落とし穴は暫くすると独りでに塞がり、元通りの石の床になった。
自分には無駄だが、落とし穴に落として塞いでしまえば結構嫌な攻撃になるかもしれない。
戦ったダールは何も言わず、こちらを鋭い目で睨んでいた。
……これは怪しまれただろうか。
下手に反応すると墓穴を掘りそうなので知らん振りしておこう。
ダールの方は気にしないようにして借りた籠手を外し、元の位置に戻す。
外す前に人間の手に戻しておくことも忘れない。
そんな自分を、やはりダールは目で追い続けているようだ。
何となく背中に視線を感じる。
「よし、ではこれで戦闘試験は終了だ。結果は明日発表する。明日の朝、今日の待合室と同じ場所に集合してくれ」
バークがそう言うと今日は解散になった。
見ていた人間も散り散りになり、新人達も特に何を言うでもなく訓練場を出るために庁舎の方へと足を向ける。
試験官の二人と判定官のバークは何やら残って話をしている。
評価の事だろうか。
緊張しまくりだった獣人の彼は、とても晴れ晴れとした表情で足取りも軽く歩いている。
きっと心の重荷がなくなったからだろう。
鎧の彼と魔術師の彼女は、ムスっとしたとてもそっくりな表情で総合ギルドの建物に消えていく。
こちらは余程試験が納得いかないものだったのだろうか。
自分にしても緊張感が抜けたので、うーんと伸びをして体の凝りを解した。
この開放感は人間だった頃に受けた受験が終わった時の空気に似ている。
どこの世界でもこうした緊張が解ける一瞬は同じなのだなぁとしみじみと思った。
この場に残っている理由も無いので、訓練場の外に向かう流れに乗り、メリエの言っていた総合ギルド内の酒場に向かう事にする。
歩きながら今日色々と見ることができた魔法についてを考えてみた。
今までのことから人間の使う魔法に対抗するアーティファクトを創っておきたかったのだが、今日得られた情報だけではまだ難しそうだ。
まず魔力といったものは全く感じることができなかった。
竜の姿になっていればまた違うのかもしれないが、これでは口元を隠されたり、発動時の声が届かない長距離から魔法を使われたりすると前兆を捉えるのは無理だろう。
となると今のところは対処療法的に魔法を防ぐしかなさそうだ。
幸い魔法での攻撃そのものを防ぐだけならば星術の防壁や防護膜でも何とかなりそうだし、ある程度までなら竜の体になっていれば耐える事はできそうだった。
しかし視覚的に捉える事が難しいタイプの魔法や、最後の落とし穴のように間接的に効果を及ぼすタイプの魔法は厄介かもしれない。
それに初心者相手に手の内を全て晒すと言う事はしないはずだし、上位の魔物とも一対一で戦えるとなるとまだまだ強力な魔法を隠し持っているはずだ。
当然魔法に耐性がある魔物もいるだろうし、そうした相手にも対処できる何かを持っていると考えるべきだろう。
そう考えると人間の使う魔法の脅威はまだまだありそうだ。
試験を受けたナイアが使った精霊魔法などのこともあるし、早い内に他の手段で魔法についてもっと調べておく必要を感じた。
いつ魔術師が敵として自分やアンナ達の前に立つかわからないし、のんびりとしているのはまずいだろう。
顎に手を当てながら思考を巡らせつつ、庁舎の廊下を歩いて酒場のあった入り口近くに向かう。
受付や酒場のあったホールまで来ると、大勢の喧騒が耳に入ってくる。
酒場は昼時が近くなっているということもあり、ここに来た時よりも人で賑わっていた。
あちこちから話し声や笑い声が上がっていて、席の間を歩く給仕の人も忙しそうだ。
人を避けながら席を見回してみるとメリエとアンナが座っている席を見つけた。
別れてから2時間くらいは経っていたので戻ってきたのだろう。
待っている間に何か食べたり飲んだりしていればいいのに、テーブルには何も置かれていなかった。
気を遣わせてしまったのだろうか。
「おまたせ。待たせちゃった?」
二人の席に近づいて声をかけると、こちらに気付いたようだ。
「おかえり。少しだけな。どうしたんだ? 鼻の頭が真っ赤だが」
「いや、試験で戦った時にぶつけちゃってさ。後で癒しの術かけとくよ。結果は明日だって」
試験のあらましをざっと話してみたが、それを聞く二人の様子がどうもおかしい。
いつものアンナなら動物達と話をしてきた後は、笑顔で嬉しそうにしていることが多かった。
しかし今回はアンナの顔に笑顔は無く、真剣な表情をしている。
メリエも同じで表情が晴れない。
動物に何か気に障ることでも言われたのだろうか?
アンナは前にアルデルで猫に泣かされていた前例があるし……。
「そうか。試験のことも気になるが、まずクロにも知っておいてもらいたい重大な知らせがある」
「どうしたの?」
そう尋ねると、アンナが周囲を気にしながら小声で答えた。
「私とメリエさんで動物達の話を聞いて回っていたんですけど、どうやらこの王都にクロさんと同じように人間に成り済まして入り込んでいる強い魔物がいるみたいなんです」
「……どういうこと?」
「……詳しいことは宿に戻ってから話そう。ポロにも知らせておかなければならないし、その方が手間が省けるだろう」
「わかった」
「じゃあ行くか」
メリエとアンナはそう言うと席を立ち、歩き始める。
自分も二人に続いて総合ギルドの建物を後にした。
宿に戻る道すがら食事ができそうな店を探そうかと思ったのだが、丁度お昼に差し掛かると言った時間帯なのでどこも人でごった返しているし、例の話のこともあるので今回は見送る事にした。
ポロの昼食も含めて宿の食堂で頼めばいいだろう。
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