手分け

 草原の中を、警戒しながらアンナを乗せて進んでいく。

 所々で草が踏み倒されているので方向は間違っていなさそうだ。

 少し草原の中を進んだところで、草の上にうつ伏せで倒れている騎士風の人間を発見した。


「(あの人かな)」


「大丈夫ですか!?」


 急いで駆け寄るとアンナが状態を確認する。

 まだ息はあるが、肩口から鎧ごと切り裂かれた大きな傷が在った。

 剣ではなく斧のようなものでつけられた傷のようだ。

 かなりの出血のようで、周囲の倒れた草にも血がついている。


「(アンナ、新しく創って渡しておいた癒しのアーティファクトを試してみよう)」


「(はい! わかりました)」


 アンナはカバンから手袋型のアーティファクトを取り出す。

 柔らかい白兎に似た動物の革製手袋の表面に竜鱗をコーティングしており、癒しの効果を付与してある。


 指輪や腕輪などの装飾品型の癒しのアーティファクトはそれをつけている者の内側に作用し、体を癒すのには向いているが、他者に癒しの効果を及ぼすには効率が悪い。

 そのため自分以外の対象を癒せるよう、星素を浸透させるための面積を増やしたグローブ型のアーティファクトを創っておいた。


 星素を流し込み、効果を及ぼす面積が増えるため、対象者に手を翳して癒しの星術を使えば他者にも効率良く術の効果を及ぼすことができる。

 直接星素を操作して癒したい対象に星素を集めることができれば一番いいのだが、それができるのは自分だけなので、アーティファクトを工夫し星素を対象に集めやすくすることにしたのだ。


 これで魔法が使えないアンナも後方支援役として活躍できるだろうと思うが、あまりに重傷となるとアーティファクトだけでは治しきれないのではないかと思っている。

 自分が使う癒しの術なら、生きてさえいればかなりの重傷や重病も治せる自信がある。

 しかし、アーティファクトに込めることができる術の威力はそこまでのものではない。


 時間をかけて術を使い続ければ回復するかもしれないのだが、重傷や重病を治癒するためには、やはり古竜の姿に戻って自分が術をかけるか、【竜憶】にある奥の手を使う方が効果的だと思えた。

 ただ、奥の手の方は少し研究をしないと危険かもしれないので、いきなりは使えない。


「(ではいきます)」


「(この姿だとあんまり力が出せないけど、僕も一緒に治癒の術をかけるね)」


 うつ伏せ状態の騎士を仰向けにして治癒を始める。

 鎧はつけたままだったが、星術なら例え魔法耐性のある鎧をつけていても関係無いのでそのままだ。

 アンナが鎧の上から手を翳して癒しの術をかけている間に、他に怪我人などはいないかと周囲を見てみるがこの人しかいようだった。

 足跡は相変わらず草原の奥へ向かって続いている。


「う……ゲホ……」


 暫く術をかけ続けていると、騎士の人が目を覚ました。

 まだ体を動かすほどの力は出せないようで、目だけ動かしてアンナと自分を見ていた。

 やはりというか自分を見たら目を見開いていたが、状況から危険は無いのだろうと思ってくれたようだ。


「もう少し待って下さい。動けるくらいには回復するはずです」


「……すまない。……頼む。オーク共に攫われた人がいるんだ。助けに行かなければならない……。協力してもらえないか……?」


 それを聞いてアンナと目を見合わせた。

 肩から胸にかけてパックリと傷口が開いているこの状態で助けに行くなど自殺行為もいいところだ。


「今はあなたの治療が優先です。動けるようになったら仲間の所に連れて行きますから」


「……時間が……無いんだ。女性が攫われている……オークは女を攫って繁殖するんだ。頼む……早く行かないと……」


 体もろくに動かないのに助けに行こうとする騎士の男をどうにか宥め、応急手当だけ済ませると自分の背中に乗せてメリエの所まで戻る。

 怪我は塞がり切っておらず、動かす際の苦痛を取り除くため、騎士には星術で眠ってもらうことにした。

 丁度パーラの走車も到着していて、メリエが状況を説明している所だった。


「メリエさん。怪我人を見つけました。この人の話によるとオークに攫われた人がまだいるようです」


「……そうか。やはり不審な点があるな。現状では一刻も早くヒュルに向かって救助を頼むのが妥当だと思うが……」


 メリエが考え込むと、フェリが慌てて口を開く。


「そんな! 時間をかけたら間に合わなくなっちゃいますよ!」


「さっき言ったことをもう忘れたのか? 我々の最優先事項はパーラ殿の護衛だ。雇い主を危険に晒して救助に行くのか? それにこの騎士の怪我も軽いものじゃない。町で治療を受けさせないと命にかかわるかもしれない。ギルド側も仕事を途中で放棄したと見なすだろう。そうすればフェリ達のギルドからの評価はかなり悪いものになるぞ」


 怪我については星術のお陰もあって命を落とすほどではないが、あまり時間をかけて術をかけられなかったので完治には程遠い。

 ただアンナに渡したアーティファクトでも、長い時間をかければ重傷でもなんとかなりそうだとわかった。


「う……でも……」


「では、仮に助けに向かったとしよう。相手の数は不明、救助対象の人数、状態も不明、オークの潜んでいる場所や上位種、その他の敵の存在の有無もわからない。もしこれがギルドの依頼だとしたら難易度は上から数えた方が早い程のものになっているはずだ。パーラ殿の護衛に半分は人を割かなければならないと仮定して、残った人数で救助に当たることになる。それでも達成できるか?」


 言われたフェリは悔しそうに俯いた。

 他の面々も苦い顔をして聞いている。


「まぁ、気持ちはわかるし、手が無いわけじゃない。ギルドで護衛の依頼を受けているのはフェリ達と私だけだ。リンは付き添いだからな。ここで別れて、私達はヒュルへ急ぎ、救援を呼ぶ。リンとクロで攫われた者の捜索に行ってもらう。リンとクロなら疾竜を連れている私よりも戦力としては上だし、これなら問題は無い。が、リン達の危険は増すだろうな。安全を考えるなら救援を待つ方がいいと思うが、どうする?」


 それを聞いたフェリ達はアンナと自分に申し訳なさそうな視線を向けた。

 アンナはもうすでに決心しているのか、強い視線でメリエに頷きかけている。


「わかりました。私とクロで救助に向かいます。大丈夫です。クロがいますから。それに無理はしませんよ」


「(まぁアスィで見たオークが相手なら数が多くてもどうにでもなるよ。新しい術の実験にもなるしね)」


 どっちにしろ町に着くまでに適当な理由を探して離脱しなければならないと思っていたので、ある意味丁度いい。

 ここで別れてもメリエとポロに渡してあるアーティファクトの気配を探れば合流することも難しくない。


「……わかった。出来る限り早く救援を呼んで戻ってこよう」


 フェリ達はアンナにすぐに戻ってくるということと無理はしないようにということを告げると、怪我をした騎士を走車に乗せ、出発の準備をする。


「この騎士の怪我はコレットとユユに頼もう。二人とも魔術師と薬師の見習いだけど応急手当くらいは心得がある。ここからならヒュルの町も近いからそこまで持たせるくらいはできるさ」


「任せて下さい! ヒーリングの魔法は得意です!」


「ん。大丈夫。道中全然戦闘が無かったから、薬品の在庫もまだ十分」


「リンさん、頼んだアタシらが言えることじゃないけど、くれぐれも無理はしないでね」


「大丈夫です。パーラさんと怪我人の方をお願いしますね」


「(アンナ、クロ。なるべく早く戻ってくるつもりでいるが、オークは群れると面倒だ。それに住処すみかや縄張りに入り込むとなると、古竜のクロであっても躊躇無く襲い掛かってくるぞ。今までの移動のように縄張りに関係ない場所と同じと考えると大変な目に遭う事になる。クロたちなら平気だろうとは思うが、油断しないようにな)」


「(はいよ)」


「(それと気になることがある。オークは馬も人も食べる。にも関わらず馬の死体や騎士の死体は放置され、生きた人間だけ攫っていったというのが腑に落ちない。それに魔物に襲われ、中にまで入られているというのに走車がほぼ無傷で残っているというのも変だ。たまたまと言われればそれまでだが、何か理由があるのかもしれない。十分注意してくれ)」


「(わかった。心に留めておくよ)」


 メリエを先頭にして、パーラの走車が出発する。

 先程よりも急ぎ足でヒュルに向かっていく走車をアンナと見送った。


「じゃあ助けに行こうか。急いだ方がいいみたいだし」


「はい。行きましょう」


 アンナを背に乗せ、アーティファクトの確認をするとこちらも移動を始める。

 足跡の続く草原に分け入り、痕跡を辿りながら進んでいく。

 草が踏み倒されていたりするので迷うことはないが、魔物の縄張りに入り込むという話を思い出し、油断することなく気を引き締める。


 魔物が自分より格上の古竜種に対して積極的に襲ってくることはなくても、こちらから相手の縄張りに入るとなれば話は違ってくる。

 メリエの言った通り、例え竜を相手取ることになったとしても、自分の縄張りや群を守るためとなれば向かってくることは十分考えられるからだ。


 アンナを背に乗せて暫く痕跡を追って進んでいると、草原が途切れ、土と石だらけの広場のような場所に出た。

 そこに斜め下に向かって伸びる巨大な穴が口を開けており、足跡はその穴の中に向かっていた。

 穴の入り口はかなり広く、地下鉄の入り口のように見えなくも無い。

 直径は15m以上はありそうだった。

 竜の姿の自分でも余裕で入ることができる程の大きさだ。


「この中かな? 凄い大穴だけど、何の穴なんだろう」


 見たところ天然の洞窟という感じではない。

 かといって人為的に掘られたにしては規模が大きすぎる。

 この世界の技術水準でこれだけの大穴を掘るとなると、何千人規模の人手とかなりの時間を要するはずだ。

 そこまでの工事をしたならこの付近一帯に人がいた痕跡くらいは残ると思うのだが、周辺は草と土と石だけで人が手を加えた様子は無い。


「穴のことはわかりませんけど、足跡は中に続いていますね」


 暗黒が口を開けている穴の入り口を見て、背中のアンナから震えが伝わってくる。

 攫われた人を助けたいと思っていても、魔物の巣に飛び込むということはやはり恐いのだろう。


「アンナ。大丈夫? 僕だけで行ってこようか?」


「いえ。大丈夫です! 最後までクロさんと一緒に行きます。新しく用意してもらった攻撃用のアーティファクトもありますからね」


 震えつつも固い意志を示すアンナ。

 今までの境遇がそうさせるのか、アンナの誰かを助けたいという意志は人一倍強いようだ。

 まぁ自分が守ればいいだけだし、いざとなれば逃げることもできるだろう。


「かなり深いし、広そうだね。ここは新しい術を試してみますか」


「どんな術なんですか?」


「んーと、目の届かない場所を探る術かな」


「結構大きい穴ですけど、大丈夫なんですか?」


「実験はしたんだけど、実際に試すのは今回が初めてなんだよね。たぶん大丈夫だと思う」


 前から自分の警戒に引っかからない相手に対する対策を考えていた。

 残念ながら【竜憶】にはそうした術が無かったので、自分で星素を使った索敵を考え、星術にならないかと試行錯誤してみたのだ。


 何とか形になったのは周囲の星素の動きを自分が認識できるようにする術で、一定以上の大きさであれば動いているものは星素の動きから認識できるようになる。

 ただ小さすぎるとただの揺らぎなのか、生物の動いた痕跡なのかが判別できない。

 地形なども星素の濃淡で認識できるので、入ったことの無い建物やダンジョンなども広さや地形を知ることができる。


 また多くの生物は自分で認識できていなくても、体にはある程度の星素があり、生物によって特徴的だったりする。

 例えば古竜だと体全体に満遍なく、そして力強く星素が充溢しているのに対して、人間種だと体の細部にまでは星素が行き渡っていないといった具合だ。

 小さすぎると認識できないが、猫よりも大きいか、数が多ければ生物をこの術で認識することができる。


 もしかしたら星素が全く無い生物もいるのかもしれないので確実ではないが、人探しならば問題ないはずだ。

 魔物も同様で個体差はあるものの、体に含まれる星素の量が少なかったり、中心に集中していたり、中には体の外に膜をつくるように纏っているものもいる。


 魔物についてもそこまで遭遇していないのでわからない部分もあるが、人間の星素の特徴と大きさだけ把握できていれば、こうした洞窟や建物でもどこに人間がいるかくらいは把握することができる。


 しかしこの術は星素の精密な知覚が必要になるため、体全体の星素の親和性が高い竜の姿でなければ使用できなかった。

 人間状態での応用と個人個人を識別したりできるようにするにはまだ実験と研究が必要だ。

 今回は試しに使用してみて、改善点や工夫できそうなことを確認する意味合いもある。


「アンナ、一回降りてくれる? 竜の姿に戻らないと使えないから」


「わかりました」


 アンナが降りるのを確認して、【元身】で竜の姿に戻る。

 何だか久しぶりに元の姿になった気がした。

 この姿になるとまた空が飛びたくなるが、今は我慢である。

 早速術を使い、暗い穴の中に満ちる星素に意識を集中する。

 頭の中にマップが作られていくように、見ることができない穴の中の地形を知ることができた。


 限界距離がどれくらいかはまだわかっていなかったが、かなり遠方まで知ることができる反面、距離に比例して精度が落ちているような気がする。

 近い部分は岩の凹凸などまで知覚できるのだが、遠くなるに連れてそういった細かい部分があやふやになり、ぼんやりとしか認識できなくなっているようだった。

 遠くなりすぎると生物か地形かの判別も難しくなりそうだ。


 そして術を使ってみて気がついた。

 この術は、術自体の難易度はそうでもないが、見えない部分を知るという性格上、かなり意識を集中して行う必要があった。

 何か他のことに気を取れらている状況では使えそうも無い。


 使ったとしても自分の認識能力では地形などを把握する余裕はなさそうだった。

 例えるなら二枚の全く違う地図を同時に見て、両方の必要なことを同時に把握するような感じだろうか。

 慣れればできるかもしれないが今は無理そうである。


 ただ動くものの気配が有るか無いかくらいならわかるので、咄嗟の時に敵の存在を知るという意味では使う価値はあるのかもしれない。

 この辺も含めて今後改良していこうと考える。

 集中し、大きく口を開く暗黒の入り口に意識を潜らせていった。

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