第三十六話 最強の陰陽師、帰り支度をする
噴火が起こったという報せは、瞬く間に全種族へと知れ渡った。
まああれほど大きな音が轟いたのだから、無理もないが。
ぼくたちはあれから菱台地の里に戻ったのだが、各種族の調査隊が現地へ確認に向かったおかげで、その後の状況もわかってきた。
流れ出た溶岩は未だ冷えていないものの、噴出はすでに止まっており、今は蒸気のみが湧き出ているようだ。
あれから数日、地震も減ってきているように感じる。今回の火山活動は、このまま徐々に収まっていくことだろう。
周辺には灰が降り、まだとても戻れない状況だが、いずれは麓の集落に住む者たちも元の暮らしを取り戻し、壊された蒸気井戸も再建されるに違いない。
わざと噴火を起こしたことは、ぼくらの間での秘密だった。
一応口止めはしたものの、そんなことをしなくても皆、あれが無闇に触れ回ってはならない類の力だということは察していたように思う。
成功を確信できた頃、ぼくらは魔王城へと向かい、そこで小さな宴を開いた。
近くの集落でできるだけ上等な食材を買って、皆で調理した。意外にもガウス王とシギル王が手慣れていて、思っていたよりも豪勢な食事が並ぶこととなった。
余っていた酒も開けたおかげか、宴は賑やかなものになった。
王たちはいろいろなことを話していた。大火山の中途半端な噴火に拍子抜けしていた高官たちの話題から始まり、王宮のこと、民のこと、そしてこれからのことまで。
元からそれなりに親しかった王たちだが、様々なことがあったためか、初めの頃よりもずっと打ち解けているように見えた。
今話しておかなければ、という思いもあったのかもしれない。
危機は過ぎ、彼らも自らの王宮へ帰らなければならない時が来ている。
ぼくは途中で席を外したが、皆は夜が更けるまで話し込んでいたようだった。
そして、翌日。
それぞれの王都へ送っていくというぼくの提案を、王たちは断って言った。
日暮れ森の里まで乗せていってほしい、と。
「え、どうして?」
ぼくは思わず訊ねる。
ルルムの里は、魔族領でも帝国に近い端の方にある。
どの王都へ帰るにしても不便なはずだった。
「ええと、代表の者たちと帰ろうかと思いまして」
ヴィル王が、他の王たちへ視線をやりながら言った。
「彼らは皆政治的な有力者なので、王宮へ戻る前に話をつけておこうかと」
「うん、そうそう。フィリもそう思って」
「どんなやつだって話せばわかってくれるはずだ! な、シギル?」
「そ、そうだな……おれはちょっと、あの将軍は怖いんだけど……」
「皆といれる時間を、できるだけ長く取りたいというのもあります」
アトス王が補足するように言った。
「魔族の連盟を設立するにあたり、話し合わなければならないことは多いですから」
「ああなるほど。まあ、それはかまわないんだが……」
ぼくは少々言葉に迷いつつ言う。
「ただ、もしかすると代表たちはもう出立した後かもしれないぞ。一時は魔王どころの騒ぎではなくなってしまったし、王都へ戻った者もいるんじゃないのか?」
「その時はその時じゃ。便りを出し、迎えを呼べばよい。なに、多少時間がかかった方が都合がよいくらいじゃからな」
「それはそうかもしれないが……」
「大丈夫なの」
プルシェ王へ煮え切らない答えを返すぼくに、リゾレラが笑みを浮かべて言う。
「里にいる間、みんなのことは神魔の者たちがしっかり守るの。だから心配しなくていいの」
「うーん……わかった」
ちょっと想定外ではあったが、まあ問題ないか。
ぼくは微笑を浮かべ、皆へと告げる。
「では、行こうか」
****
宴の後始末に手間取り、出立が少々遅れたこともあって、ルルムの里に着く頃にはすっかり夜になってしまっていた。
もう床に入る時間帯なせいか、建物に見える魔道具の灯りも少ない。
少々申し訳なく思いながらも、里長であるラズールムを起こして事情を説明し、王たちを代表の一団が滞在する場所へ受け入れてもらえるよう取り計らってもらった。
代表の中にはやはりすでに帰還した者もいたのだが、急いだために人員と物資の大半を残していったようで、王の護衛や滞在などは特に心配なさそうだった。
王たちを代表団へ引き渡し終えて、ぼくはようやく一息つく。
「はぁ」
「……なんだか疲れたの」
リゾレラもぼくの隣で、同じように溜息をついて言った。
「思えばずっと、保護者をしていた気がするの」
「……はは、確かにそうだ。気疲れしたのはそのせいか」
ユキの言っていたように、弟子がいた頃を思い出すようだった。
手のかかる子たちが巣立っていなくなり、少し寂しくなるのも同じだ。
「でも……ちょっと楽しかったの」
リゾレラが微かな笑みとともにぽつりと言う。
「あの時あなたについていくと決めて、よかったの。いろいろ、大変なこともあったけれど……あなたのおかげで、全部なんとかなったの。本当に感謝してるの、セイカ」
「……ああ」
そう、短く答える。
これでぼくも、ようやくアミュたちのところへ戻ることができる。
ただ。
「……リゾレラ」
その前に、彼女には伝えておくことがあった。
「ぼくは――――」
****
翌日の夜明け前、ラズールム邸の離れにて。
すでに荷物を整え終えたぼくは、目の前で寝こけるアミュたちを見下ろしていた。
若干ためらいながらも、宙に浮かべたいくつものヒトガタに明るい光を点し、抑え気味の声で彼女らへ呼びかける。
「……おーいっ、起きてくれ」
「んん……」
「……まぶしい」
「なによ、もう……」
三人が目を擦りながら、もぞもぞと起き上がる。
誰がどう見ても眠そうだったが、ぼくの姿を認めると、次第にその目を開き出す。
「……セイカ?」
「ええっ!?」
「セ、セイカくん!?」
イーファが一番に立ち上がると、泣きそうな顔でぼくに駆け寄ってきた。
「もうー! 戻ってこないのかと思った……」
「ご、ごめんごめん。いろいろあって……」
ぼくはうろたえながら弁解する。
噴火前に一度戻ってきた時も、結局彼女らとは顔を合わせずじまいだったから、もう相当に久しぶりだ。
アミュが同じく立ち上がって言う。
「えっと……一ヶ月ぶりくらい? ほんと、今までどこでなにしてたのよ。なんか火山がどうとかでルルムたちが心配してたけど……」
「あー、うん。いろいろあって……そっちは何もなかったか?」
「なにもないっていうか、ヒマでしょうがなかったわよ。神魔の里だって半月もすれば見るものもなくなっちゃうし」
「……することなくてルルムさんにも申し訳なかったから、最近は魔道具作りをちょっと手伝ったりしてたよね」
「あとは、ガキんちょのお守りとかね。まったく、ガキって人間も魔族もなんでああも生意気なのかしら」
「子供だもん、しょうがないよ。でも、なんだかんだ言ってアミュちゃんが一番遊んであげてたからね」
「へぇー……」
どうやら平和に過ごしていたらしい。
ルルムの里とはいえ魔族の地であったから少し心配していたのだが、何事もなくてよかった。
その時、寝ぼけ眼のメイベルが、未だ眠たげな声音で言う。
「……なんで、こんな時間に起こすの」
「はっ、そうだ」
ぼくはあわてて彼女らに告げる。
「みんな悪いんだが、急いで出発の準備をしてくれないか?」
「えっ」
「はあ?」
「……どうして?」
ぽかんとする三人に向け、ぼくは言う。
「帝国へ戻るには、今がチャンスなんだ」
噴火のゴタゴタがおさまるまではまだしばらくかかる。今なら魔族も魔王どころではなく、ぼくがいなくなっても大きな騒ぎにはならないはず。
今日明日でこの状況は変わらないだろうが、とはいえあまりもたもたしてもいられない。代表たちに帰還を知られれば、あの手この手で魔族領に留め置かれる可能性もある。
だから、今日。早朝に出立するのが一番いい。
「え、でも……大丈夫なの? セイカくん」
イーファが心配そうに言う。
「黙ってこっそり出て行ったら、あとで魔族の人たちが帝国に探しにくるんじゃない? 魔王なんだし、簡単にはあきらめないと思うんだけど……」
「……めんどうなことになりそう。セイカ、追っ手がついてもいいの?」
「ね、ねえ。あたし……できればルルムには、最後にお別れしてから行きたいんだけど……」
「わかってるわかってる。全部大丈夫だから」
ぼくは皆をなだめるように説明する。
「帝国に戻ることは、実はリゾレラ……ええと、神魔の偉い人にはもう伝えてあるんだ。ぼく自身も各種族の王とは顔見知りになっているから、いいように取り計らってくれると思う」
そう。魔族領から去ることは、リゾレラには昨日の夜に話していた。
なんと言われるかと思ったのだが、彼女はしばらく沈黙した後に、『そう言うと思ったの』とだけ言って微笑みとともにうなずいていた。
王たちにきちんと別れを伝えられなかったことだけは、少し心残りだ。
本当は王都まで送り届けてそこで別れるはずだったので、時機を逸してしまったというのもある。だがそれ以上に、彼らから頼まれた魔族連盟の代表という役目を、断らなければならないことが後ろめたかったのだ。
残念だが、ぼくからの別れと弁明の言葉はリゾレラから伝えてもらうことにしよう。
ぼくはあくまで人間なのだ。魔王として、この地で暮らすことはできない。
あの子たちも、きっとわかってくれるだろう。
「それと、ルルムのことだけど」
ぼくはそれから、少ししょんぼりしている様子のアミュへ言う。
「今日出立することは、リゾレラから伝えてもらうようにしてある。だからきっと、里の門のところで待ってくれているはずだよ」
「そう……。じゃ、いいわ。はーあ、いよいよこの里ともお別れなのね」
伸びをしながら感慨深そうに言うアミュに、イーファとメイベルも同調する。
「長かったけど……あっという間だったね。もう、ここに来ることもないのかなぁ……」
「来ようと思ったら、また来られる。目印も覚えてる」
「そうね。みんなあたしたちよりずっと長く生きるんだし、来たいと思った時に来ればいいわ!」
「ああ」
ぼくはうんうんとうなずき、それから少し急かし気味に言った。
「じゃ、荷造りを頼む」
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