第十話 最強の陰陽師、逃げる
それから十日。
代表たちの話し合いに、結論はまったく出ていなかった。
「おや、ではパラセルス殿はかつての魔族領奪還を諦め、人間の好きにさせておくのがいいと言うのであるか」
「くだらない種族主義的な物言いですね。重要なのはその選択が、種族の繁栄に繋がるか否かです」
「せやせや! むしろ人間社会とはほどほどにでも付き合っていかなあかんで。市場がでかいからなぁ!」
「グフ、曇っておるのう、ニクル・ノラ。かつては猫人にも、精強な戦士がいたものじゃが」
もうずっとこんな感じだった。
ぼくはもうすっかりうんざりしていて、円卓に突っ伏したくなる。
ルルムの言った通りだった。
十六年前は一応、魔王を育てる方針は決まったはずだったが……今回は折り合いのつく気配すらない。
今回の決定は種族の利益に直結するから、無理もないと言えばそうなのだが……。
「今ある暮らしを……守れればよい。いたずらに人間を……刺激する必要はない」
「愚かなことを言う。剣を持っていても、それを抜かぬ者は侮られるぞ」
ちらと、横を見る。
レムゼネルは苦々しい顔をするばかり。謎の少女リゾレラは、十日前と変わらない無表情のまま、静かに座っている。
神魔がどちらかに加担すれば流れが変わるかもしれないが、彼らも頑固に中立を維持していた。
いい加減ぼくが口を挟まないと何も変わらない気がする。だが……それも少々ためらわれた。
彼らの内情を、ぼくはほとんど知らないからだ。
誰にどう加担するのがいいか判断がつかない。しいて言えば穏健派だが、その三種族にしても各々の立ち位置は微妙に異なっている。
それならそれで各種族の内情を把握したいが、彼らに訊ねるわけにもいかなかった。
彼らは皆、政治家なのだ。
素直に訊ねて、素直な答えが返ってくる保証はない。
そういうわけで打つ手なく、膠着した議論を眺めていたら、いつの間にか十日が経っていた。
重い重い溜息をつく。そろそろぼくの精神力も限界が近い。
「ふっ、若造らしい意見だ。パラセルス、貴様の話には理はあっても義がない。
「私を選んだのは宰相、および議会ですよガラセラ殿。人選というなら、軍人でしかないあなたがこの場にいるのも不思議ですね。
「……ん?」
その時ふと。
ぼくは飛び交った言葉が気にとまり、思わず彼らの話を止めた。
「悪魔の王がまだ幼く、実権を握っていないとは聞いていたが……
久しぶりに声を出したぼくを、全員が見る。
「ええ、その通りです魔王様。我らの王は代替わりしたばかりでまだ幼く、補佐の者が付きながら統治を行っています。
「つーかなぁ、全部の種族がそうやで」
獣人の代表がこともなげに言う。
「巨人も
猫人が話を向けると、レムゼネルはそっけなく言う。
「……我らは、他の種族とは違い王政を敷いていない。私もただ、最も大きな里の長というだけだ」
ふむ、とぼくは考え込む。
そして、決めた。
「よし」
「ま、魔王様?」
不意に席を立ったぼくに、代表たちが困惑の目を向けてくる。
ぼくは彼らに向け、微笑を作って告げた。
「其の方らの王に会いに行くことにしよう」
****
翌日。
すっかり荷造りを終えたぼくは、旅立つべく里の門にいた。
背後には、ぼくを追って来た代表やその従者たちの姿がある。
「ほ、本気なのですか、セイカ殿!?」
「ああ」
ぼくは振り返り、困惑した様子のレムゼネルへと答える。
「考えてみれば、魔王が各種族の君主を知らないというのも変な話だ。其の方らの折り合いが付くまでぼくの出番はなさそうだから、この機に会っておこうと思う」
「し、しかしながら魔王様」
エーデントラーダが若干焦ったように言う。
「我ら悪魔の王は未だ幼く……議会の決定により、この我が種族の意思を委ねられております。王に会おうとも、そのう……あまり意味がないかと……」
「我々にしても同じです」
「お考え直しを……魔王様」
代表たちが口々に言うが、ぼくはそれらを一蹴する。
「何も重要な話し合いをしようというわけじゃない。ただ挨拶するだけだ。何かおかしいか」
「いえ、その……」
代表一同は、どうも都合が悪そうな様子だった。
まあ、理解できなくもない。
幼く実権がないとはいえ、王は王だ。
ぼくが代表たちの頭越しに彼らの君主と交渉をまとめてしまえば、それが種族の決定となりかねない。そりゃ都合が悪いに決まっている。
政治的な意味でも――――彼らが持ち続けたいであろう、権力的な意味でも。
だが、ぼくに譲るつもりは微塵もなかった。
「それならば、私の従者をお付けください」
「道中、不便も多いでしょう。せめてこのくらいは」
「それはええな! ウチのも連れてってくれへんか」
「私の部下も付けよう。身辺の世話にでも露払いにでも、好きに使ってくれていい」
ぼくは思わず顔をしかめた。
「いや……けっこうだ。自分の面倒くらい自分で見られる。それにぞろぞろついてこられると、どうしても歩みが遅くなって困るからな」
余計な監視が付くのは都合が悪い。
ぼくはそもそも、代表らの目から離れて情報を集めるために王たちに会いに行くのだから。
前世の経験上……政治家や官僚たちよりはまだ、君主の方が純粋なことが多い。
幼いならばなおさらだ。物事を知らない分、御しやすくて助かる。
各種族の内情を調べるには、彼らから話を聞くのがたぶん一番いいだろう。
それに、幼いとはいえ王は王。
いざとなれば、彼らの側から種族の意思を操ることもできるかもしれない。
久しぶりに狡猾なことを考えてるなと自分で満足しつつ、ぼくは代表たちに告げる。
「そういうわけで、一人で行ってくる。それじゃ……」
「待つの」
その時、一団の中から小さな影が歩み出た。
「ワタシも行くの」
神魔の少女、リゾレラだった。
ぼくは一瞬呆気にとられた後に言う。
「い、いやだから悪いけど、一人で……」
「あなた、王たちがいる場所はわかるの?」
「……」
思わず沈黙する。
そう、実は知らなかった。
ラズールムからだいたいの場所は聞いたのだが、口頭の説明だけでわかるわけがない。
だからなんとなくその方向にある大きな集落へ向かい、そこの住民に訊けばいいかなと思っていたのだが……。
「それに、どうやって謁見するつもりなの? あなたが魔王だって、信じてもらえないかもしれないの」
「……」
「どっちも考えてなかったのなら、ワタシを連れてくの。案内もできるし、取り次いでもあげられるの。ワタシ一人だけなら、あなたの足手まといにもならないの」
「……」
ぼくはしばし黙考する。
彼女の言う通りではある。
それに……神魔は元々中立だ。
種族の内情を訊くに辺り、余計なことを吹き込んでくる心配も少ない気がする。
彼女の不思議な立場は未だに気になっていたが……これは受け入れてもいいかもしれない。
「……わかった。一緒に来てくれ」
リゾレラがうなずくと、巨人の代表が言う。
「移動はどうなさる……おつもりか。森の足元は……悪い。急ぐならば……我ら巨人の者が、
「グフフ、ならば担ぎ手を守る者も必要じゃな。森には手強いモンスターもおる。争いを厭う巨人に代わり、
「いやいや待つのである。
「悪いが、移動手段のあてはあるんだ」
ぼくはそう言って、一枚のヒトガタを宙に浮かべる。
《召命――――
空間の歪みから、青い龍の巨体が現れる。
ぼくの背後に浮遊し、頭を下ろすその威容を、魔族たちは言葉を失いながら見つめていた。
ぼくは軽く笑って言う。
「こいつで飛んでいくことにする。気遣いは無用だ」
空中の式神を踏み、龍の頭へ降り立つ。
下を見ると、リゾレラが呆気にとられたようにこちらを見上げていた。
《土の相――――
地面から翠玉の柱が階段状に立ち上がり、龍の頭までの道を作る。
「ほら、おいで」
そう言って手を伸ばすと、リゾレラはわずかにためらった後、緑の階段を昇ってぼくの手を取った。
そのまま龍の頭に乗ったリゾレラは、硬い声で呟く。
「な、長く生きてるけど……ドラゴンに乗るなんてはじめてなの」
「そうか」
ぼくは思わず笑ってしまった。
小さい子が背伸びしているみたいでかわいらしい。いくら長命な種族とは言え、リゾレラの見た目ならそこまで長くは生きていないだろう。
ぼくは魔族たちを見下ろして言う。
「では行ってくるので、そちらはそちらで進めておいてくれ」
「ま、魔王様ーっ!?」
なおもなんか言っている代表たちを無視し、ぼくは龍に告げる。
「よし。まずは東へ向かえ、龍よ」
その莫大な神通力によって、巨体が持ち上がる。
そしてうねるように旋回すると――――ぼくたちを乗せた蛟は、宙を泳ぐように森の空へと昇り始めた。
――――――――――――――――――
※碧御階の術
緑柱石で階段を作る術。名前の通り柱状の結晶を形作るため、階段状にしやすい。純粋な緑柱石は透明に近いが、主に視認性の問題から、セイカは鉄やクロム、バナジウムなどの不純物を混ぜ、エメラルドに近い発色に調整している。
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