第六話 最強の陰陽師、議題にのぼる 前
それから四半月ほどの間に、各種族の代表が続々と来訪した。
やがてすべての種族が揃い……そして今日、ぼくについて話し合われる初の会合が開かれることとなった。
「十六年ぶりになるか。こうしてこの地に、我らが集うのは」
レムゼネルが厳かに口を開いた。
そのまま、石造りの巨大な円卓を見回す。
席に着いているのは各種族の代表。その背後にはそれぞれの従者が控えている。
ここは神殿の正殿にあたる場所だが、他に人はいない。
公にできない会合のため、神殿の関係者にも席を外させているのだ。
レムゼネルの目が細められる。
「しかし、いくらか顔ぶれは変わっているようだ。新参者に事の次第を一から説明するつもりはないが……」
「よかったであるなぁ、レムゼネル」
悪魔の代表、エル・エーデントラーダ大荒爵が愉快そうに口を開く。
「新しい顔が多いということは、十六年前の神魔の失態を知る者も少ないということ。議論の折に話をぶり返されては、貴殿もたまったものではないであろう?」
レムゼネルが、エーデントラーダを睨んだ。
その時、太い声が響く。
「過ぎたことを悔やんでも……仕方がない」
巨人の代表だった。
二丈(※約六メートル)に迫るほどの巨体の前に、円卓が小さく見える。
髭面のために表情がややわかりにくいが、目は悪魔をわずらわしく思っているようだった。
「責任の追及など……十六年前にやり尽くしたはず。これ以上、くだらぬ言い合いに……割く時間はない」
「確か、魔王の両親である人間と神魔が、赤子の魔王を連れて逃げたのでしたね」
ぽつりと言ったのは、
糸目の、若い男。
額の邪眼は、今は閉じられている。
「私は当時の状況を知りませんが、予測できない事態だったとも思えません。事前から事後まで、対応の甘かった全種族の責任と言っていいでしょう」
「グフフフ、若造が言いおる」
赤い肌に、白い髪、白い髭がまばらに生えた偉丈夫。額には短い二本の角があり、片目は何かに切り裂かれたような傷跡に潰れていた。
「お主はもしや、目を離した隙に逃げられ、あまつさえ取り逃がした……ワシらに非があると言いたいのかのう?」
「ええ、ですから」
凄む
「そう申しているのですが」
「まあまあまあ、ここは抑えて抑えて! いやもう、兄さんらに凄まれたらかなわんわ」
猫の顔を持つ獣人の代表が、あわてたように言った。
獣人の中でも、猫人という部族だろう。
本人の力は、他の誰よりも弱い。
だがそれを補って余りあるほどの、強力な魔道具を身につけているようだった。加えて装身具の各所にかたどられた宝石が、その財力の高さを物語っている。
口腔の構造のためなのか、話す言葉には独特のなまりがあった。
「今は誰かを糾弾する場ではないんやから、な? わいも十六年前のことは知らへんけども、魔王様がこうして戻ってきてくれはった以上、今後のことを考えな……」
「ふふ、懐かしいな。小僧っ子どもがぴよぴよと」
笑声を上げたのは、
長く尖った耳。浅黒い肌に、金色の髪を持つ美女。腰には細剣を提げている。
歳の程は三十前後に見えるが、
「十六年前の会合も、このような様相であった……いい加減に見苦しい。貴様が進行なのだろう、レムゼネル。さっさと始めろ」
「……ああ。では……」
「と、その前に」
口を開きかけたレムゼネルを遮り、
その目は、ぼくを見ている。
「まずは誰もが抱いている疑問について片を付けようではないか――――その少年は、本当に魔王なのか、という」
「父親である人間と同じ家名を持っていた? 結構。ヒュドラやレイスロードを倒すほどの力がある? 結構。歳や容貌も魔王の条件と合致する? それは大いに結構――――で?」
「……」
「どれも決定的な証拠とは言いがたい。虚偽が混じっている可能性もある」
「……だが、そうは言っても他にどうする」
レムゼネルが苦々しげに言う。
「確たる証拠などあろうはずもない」
「やはり十六年前の出来事が悔やまれるであるなぁ。あの時、我らは確かに、魔王様と共にあったはずであるのに」
おどけたように言ったエーデントラーダが、
「して。ガラセラ殿は何が言いたいのであるか」
「ここは少年、いや、魔王様にそのお心をお話しいただこうではないか」
「それぞれ挨拶は済ませたと思うが、まだ深く言葉を交わしてはいないだろう。この場での主役なのだ。その内心を、我々は聞いておくべきなのではないかな」
「しかし、魔王や勇者は本来その力により見出されるものだ。自覚がある類のものでは……」
「関係ない。我らが王として
「さて、魔王様。貴殿には――――我ら魔族を導く
その場の全員が、ぼくに注目する。
そんな中、ぼくは静かに、短い回答を発した。
「いや、別に」
正殿内に沈黙が満ちた。
これだけではあんまりだろうと思ったので、少々付け加える。
「其の方らも知ってのとおり、ぼくはこれまで人間の国で生きてきた。いきなり魔王だとか言われても困惑するばかりだ。そんな志、あるわけがないだろう」
「ふふっ……困ったな、そのような心では」
「我らが貴殿を、王として認めるのは難しいかもしれない。それでもかまわないと?」
「認める認めないは其の方らの問題だ。別にぼくが、自ら魔王を名乗ったわけでもないのだから」
「……」
「先にも言ったように、ぼくはこれまで人間の国で生きてきた。今この場にいるのも、偶然知り合った神魔への義理を通したにすぎない。魔王と認めないというのならそれでいい。帝国に戻り、これまで通り暮らすだけだ」
全体に、しらけたような空気が流れた。
あまりにも冷ややかな回答で拍子抜けしたのだろう。それはそうかもしれないけど……という心の声が聞こえてきそうだった。
ぼくとしては、このまま見限られ、魔族領を追い出された方が都合がいい。
ルルムに対し、少々申し訳ないなと思うだけだ。
ただ、そううまくはいかないだろう。
「ふふふっ……なるほど。少なくとも単なる凡愚ではなさそうだ」
「其の方の気に入る回答だったかな、ガラセラ殿」
「求める魔王像とは少々違ったな。だが……魔族の未来を安請け合いするような痴れ者では、我ら
なんだか認めたような雰囲気を出し始めた
たかだかこんな問答一つで種族全体の意思を決定するなんてありえない。元々こういう流れにするつもりだったに違いない。きっと議論の誘導とか、自分の立ち位置を周りに示すとか、そんな感じのが目的の茶番だったんだろう。
「グフフフ、ガラセラ殿にそこまで言わせるとはのう」
「兄さん、若いのに賢いなぁ。わいの息子らにも見習ってほしいわ」
予想通り、便乗して同調するやつが出てきた。
ぼくは官人だった頃を思い出して嫌な気分になりながらも、まとめるように言う。
「ひとまず、魔王かもしれないということで先に進めたらいいだろう。前提の話で揉めていたらいつまで経っても議論が始まらないぞ」
代表の間から、異議はない、とか、そうですね、とかいう声が聞こえてくる。
進行役であるはずのレムゼネルも、うむ、とうなずいていた。
それを見ていらいらする。
うむじゃないんだよ、進行はお前の仕事だろ。なんで魔王のぼくがやってんだよ。
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