第二十一話 最強の陰陽師、提案する


 超大規模のスタンピードは、一日と経たないうちに収まった。


 あれほどモンスターで満ちていた街の外も、今は静まり返っている。

 龍脈から感じる力の流れは、今や半分以下になってしまっていた。

 さすがにあれだけの災害を起こすとなると、相当なエネルギーが必要だったのだろう。

 元に戻るまでには一年以上かかりそうだ。


 逆に言えばそれだけの期間、再びスタンピードが起こる危険はなくなったと言える。

 これからどうなるかはわからないが……そのうちまた何匹かのボスモンスターが生まれ、それぞれの山にダンジョンを形成することだろう。

 ここはそういう土地らしいから。


 幸運なことに、街の被害は驚くほど少なく済んだ。滅多に起こらない大災害だったことを考えると、奇跡と言ってもいいほどだ。

 もちろん、犠牲者は出ている。いずれは、街全体で彼らの葬儀を行わなければならないだろう。


 しかし――――今は、素直に勝利を祝う時だ。

 やらなければならないことは多い。失ったものばかりに目を向けていては、これからの士気など上がるはずもない。


 というわけで。

 日が沈んだ時分。冒険者たちは、街の各所で酒盛りを行っていた。


 ぼく自身もここギルドの酒場で、隅の方の席で静かに飲んでいる。


「ガッハッハッハッハッハッハッハ!!」


 それにしても、うるさい。

 ザムルグの豪快な笑い声は、向かいの店にまで届いていそうだ。


 賑やかなのは嫌いじゃないが、こういう手合いはやはり苦手だった。

 しかしなぜか、前世での友人はこんなのばっかだった気もする。きっと記憶違いだろう。


 ちなみに酒盛りにはアミュたちも参加していたが、早々に潰れてしまったので隅の方で寝かせている。どうも彼女らは酒が弱いようだった。


「セイカ・ランプローグ! おらこっちこい!」


 ザムルグの胴間声が響く。

 ぼくが渋っていると、腕を掴まれて強引に引っ立てられた。


「セイカ・ランプローグだ! 化け物ワームを倒し、街をスタンピードから救った英雄だ!!」


 冒険者たちの間から、歓声が湧き上がった。

 なぜかザムルグから火酒の杯が手渡される。そのまま飲み干すと、さらに歓声が上がった。何しても喜ぶんじゃないか? こいつら。


「あの火酒をよくそのまま飲めるね。ランプローグ君は相変わらず強いな」


 たまらずロイドのいるテーブルへ逃げると、まずそんなことを言われた。


「飲みたくて飲んだわけじゃないんですが……まったく。よくここまで浮かれられる」

「ものすごい収入が街に入ることになるからね。生活の保障だってされるんだ、浮かれもするさ」

「どうですかね。すべての素材をすぐ換金できるわけもなし、慎重に売っていかないと大損しますよ。ダンジョンだってしばらくは元に戻らないというのに」


 当たり前だが、スタンピードが収まった後、ラカナの周辺には大量のモンスターの死骸が残された。

 つまり、宝の山だ。


 それらは一旦、街の所有物になることが決まった。ラカナの古い法律に、そう定められていたらしい。冒険者たちが一斉に売りに出すと相場が壊れてしまうので、合理的な取り決めだ。

 もちろんその代わり、毎月安くない額が全住民に支給されることとなった。戦いに出た冒険者は、当然割り増しだ。最低でも向こう一年間。働かずに暮らせるとなれば、まあ浮かれるのもわからなくはない。


 ただし、今はダンジョンが消滅してしまっているので、冒険者たちに他に稼ぐあてはない。生活費に消える以上、あまり無駄遣いはできない。


 そのうえモンスターの素材を大量に在庫として抱えるラカナには、これから食い物にしてやろうとする商人たちが寄ってくることだろう。そいつらに騙されないよう、相場を維持させつつ少しずつ売っていくのは、なかなか大変そうだった。


 とはいえ、そこはあまり心配しなくていいかもしれない。

 サイラスはやり手であるようだし、そのうえフィオナと手を組んでもいる。

 まあ、うまくやることだろう。


 そんなことを考えていると、ふとロイドの持つ杯に目が留まった。


「……あれ。今日はあなたも酒なんですね」

「ああ……仲間の弔いにね。こんな時は、私も少しくらい飲む」


 と言って、ロイドは杯を傾ける。

 そういう飲み方をする者も、今夜は多そうだ。


「おうロイド。酒を飲むのは結構だが、んな辛気くせぇ飲み方するんじゃねぇ! 今夜は勝利をぉ~~~祝えぇ! パーティーリーダーが、ヒック、んな顔してると、仲間も浮かばれねぇぞ! ……それとなぁ、盛り下がんだよ。今後に障るぞ、その辛気くささは」


 酔っているのか真剣なのか判断の付かない絡み方をするザムルグに、ロイドは少しだけ真面目な顔をして言う。


「……そういうわけにもいきませんよ。私の指揮が悪かったせいで、仲間を亡くしたんです。その責任を忘れて騒ぐ資格はない……現に市長だって、今夜の祝いの席は辞しているでしょう」

「親父は別だ。もう冒険者じゃねぇんだ、議長としてふさわしい振る舞いがあるだろうよ。だが俺様や、お前はどうだ? 冒険者じゃねぇか。自分で自分の生き様を選び、始末をつける冒険者。お前の仲間だって……そうだ。お前がクソほどもいるパーティーメンバー全員の生き死にに責任を持とうなんざ、傲慢すぎんだよ」

「それでもです。私は冒険者の流儀など無視し、彼らに自ら選ぶ自由を曲げさせてまで、パーティーでの成功を約束したんだ。ここで責任を持たなければ、私の言葉は嘘になる」

「はっ、んなこと言ってると、お前の仲間はそのうち甘えたことばかり言い出すようになるぞ。守られて当然、助けられて当然、自分がいい目を見られて当然、ってなぁ」

「構いませんよ。むしろ誰もがそのすべてを当然と思いながら、この街で生きてもらいたい。仲間を失うのが当然、若くして死ぬのが当然などという考えは、絶対に間違っています」

「お前なぁ……」


「あー、うるさいな」


 ぼくは杯を置き、我慢できずに言った。


「口喧嘩なら余所でやってください。酒がまずくなる」


 いつの間にか、テーブルの周囲は少し静かになっていた。

 周りの冒険者たちも、ラカナを率いる二大パーティーのリーダー同士の言い合いに、何やら考え込んでしまっている様子だった。


「……セイカ・ランプローグ。お前はどう考える?」

「は?」

「お前は……冒険者はどうあるべきだと思う」

「……」


 ザムルグが急にぼくへと話を振ってきて、思わず困惑する。

 助けを求めるようにロイドへ顔を向けると、なぜか強くうなずかれた。


「そうだ、ランプローグ君。君の考えを聞かせてほしい」

「……」


 よくよく観察すると、どうやら二人とも酔っているようだった。

 溜息をつく。

 酔っ払いの無駄話になんて付き合っていられない。


「……なら言わせてもらうが、其の方らはどちらも間違っている。どちらの方法でも、自分たちの理想にすら至れない。そもそも共同体の運営を軽く考えすぎだ」


 ぼくは、なんか言い出した自分自身に困惑していた。

 妙に熱くなっている。口が勝手に動く。

 ひょっとしてぼく、酔ってるのか?


「ロイド、以前にも言った通りだ。人にはそれぞれ違いがある。均質なだけの教育では、それに適応できない落伍者が結局は出てきてしまう。さらにはただ指導者に身を委ねるだけの、競争の起こらない共同体はいずれ弱る。全員は救えず、ゆるやかに衰えゆく。そのような体制が本当に理想なのか?」


 黙り込むロイドから視線を外し、次にぼくはザムルグを見る。


「ザムルグ、そちらも同じだ。冒険者の自由など錯覚に過ぎない。彼らが自分の意思で何かを選び取る機会など、その実ほとんどない。ダンジョンのような危険で情報に乏しい場所では、自らの工夫や努力以上に、ただの天運がすべてを決めてしまう。こんなものを自由と呼ぶのは、たまたま何かを勝ち取り得た成功者の驕りだ。それとも、このような現状が理想だと言うのか?」


 ザムルグまでも黙り込む。

 ギルドの酒場は、いつのまにか静まり返ってしまっていた。


「なら……どうすりゃあいい」


 やがてザムルグが、重々しく口を開く。


「俺様も、才能があるにもかかわらず死んでいった新入りを何人も知ってる。あいつらにダンジョンのことを教える奴がいれば、もしかしたら今でも、酒を飲み交わせていたかもしれねぇ……。だがそれでも、ただ管理されるばかりの甘えた冒険者を作ることが、ラカナにとって良いことだとは思えねぇ」

「私の方針も、完璧とは思わない。だけどきちんと知識や技術を広めれば、つまらない事故で死ぬ冒険者は確実に減るはずなんだ。少なくとも、何もしないよりは……。君の言うような問題はあるだろう。だけど、他に方法は思いつかなかった」


 ロイドが言う。


「もし理想の方法があると言うなら、教えてくれないか。私たちはどうすればいい」

「そのようなもの、ぼくは知らない。理想的な組織運営など、誰もが探し求めて決して手に入らない、そういった類のものだ。存在するとすら思わない。ただ……多少、マシな方法ならある」

「おい、なんだそれは」

「ぜひ聞かせてくれ」


 身を乗り出す二人に、やや面食らう。

 というか……ぼくはいったい、何を語っているんだろう。

 それでも口はひとりでに動く。


「助けすぎるのもまずい、助けないのもまずいならば……学びの機会だけを与え、後は個々人の自由意志に任せればいい」

「……?」

「……すまない、具体的にはどうすればいいということかな?」

「ダンジョンで生き残るための知識や技術に、誰もが自由に触れられるようになればいいということだ」


 少し語調を抑えて、ぼくは続ける。


「危険なモンスターの出現場所や、武器ごとの相性、トラップの見分け方など、冒険に必要な情報を、たとえば書物に記してしまう。それをギルドが管理し貸し出すでも、あるいは売りに出すでもいい。とにかく、それを望む者が手に取れるようにする。そうなれば……少なくとも、何も知らないままダンジョンに挑まざるを得ないような冒険者は減る。同時に、自ら必死に生き残ろうとする意思も、養うことができる」


 言語や文字体系の関係なのか、この国ではたとえこんな荒くれ者ばかりの都市でも、文字を読める者は多い。

 だから、こんなやり方でも十分だろう。


「もちろん、この方法が完璧なわけもない。自ら学ぶ意思を持たない者には何の意味もなく、また懸命に努力し知識を身につけた者であっても、時に天運次第で命を落としてしまう。ただ、其の方らの極端な方法よりは、いくらかマシというだけだ」


 ラテン語の古いことわざに、天は自ら助くる者を助く、とあったのを思い出す。

 結局、人が人に対してしてやれる手助けなどは、この程度が限界だろう。

 酒場がざわつき出す中、ロイドとザムルグがやや呆気にとられたように言う。


「い、いやだが、それなら、確かに……」

「……内容はどうする。もしそんなもんを本当に作るなら……俺様のパーティーが、多少協力してもいいが」

「……いや」


 自分に関係ないことなのに、どうしてこんな真剣に考えているんだろうと思いながら、ぼくは続ける。


「ここまでダンジョンがあるんだ。なるべくなら、大勢から情報を集めた方がいい」

「それは、だが……ランプローグ君。そう簡単に、協力してくれる者が集まるだろうか……? 報酬を用意するにしても、新人への援助が目的なら、額にも限度がある気がするが……」

「半人前が適当な情報を寄越したらどうする。それが原因で死人が出たら、笑い話にもならねぇぞ」

「人数は、おそらく心配するまでもなく集まる。こういう催し事に手を挙げる人間は意外と多いものだ。情報の正確さは、ある程度は割り切るしかない。有志で検証してもいいが、最悪、版を重ねる毎に信用が増していけばそれでいい。もしどうしても懸念するというなら……情報に紐付けて、提供者の名を載せればいいだろう。面子を重視する冒険者なら、安易なことは決して言えなくなる。同時に、これを名誉の報酬と思い、協力しようという者も増える」

「……!」

「な、なるほど……」


 酒場のざわつきが大きくなる中……ぼくは、逆にだんだんと冷静になってきた。

 まったく、何をこんなに喋っているんだか。

 誤魔化すように杯を傾けながら、ぼくは切り上げるように、目を伏せつつ告げる。


「……ぼくは、所詮ここでは新参者だ。冒険者の事情なら、其の方らの方がずっとよく知っているだろう。こんな酔漢の戯れ言を、それでもやってみようと思うなら……あとは、皆で話し合えばいい」


 言い終えると同時に、酒場の冒険者たちが口々に話し始める。


「……要するに、ダンジョンのことを書いた本を作るってんだろ?」「ザムルグのパーティーも協力するんだよな」「おもしれーな。オレはやるぜ!」「んな金誰が出すんだよ。ギルドか?」「議員でもいいぞ」「出資者の名前も載せてやれ。金持ちに名誉を買わせろ」「新人に読ませる分はギルドが管理すりゃいいが、売り出して収益化もできれば最高だな」「上位のパーティーなら金も持ってる。見込みはあるぜ」「バカお前、ねぇよ! 本がいくらすると思ってんだ」「まあ聞け。なんでも最近、帝都では活版とかいう――――」


 急に喧噪が戻った酒場の中――――ザムルグが、急に太い笑い声を上げた。


「ガッハッハッハ! なんだなんだ、こいつらすっかり乗り気じゃねぇか! お前は面白ぇことを考えるもんだなぁ、セイカ・ランプローグ」


 手元の杯を飲み干し、それから一言付け加える。


「んじゃ、後は任せたぞ」

「は?」


 ぽかんとして訊き返すぼくに、ザムルグは呆れたように言う。


「おいおい、ここまで大事にしておいて、まさか後は知らないなんて言わねぇよな?」

「……そうだね。私たちはただの冒険者だ。こういったことは、家や学園できちんと教育を受けてきた君の方が適任だろうと思う」

「……」


 別に、学園で本の作り方を習ってきたわけではないのだが……。

 ぼくは溜息をついて言う。


「……そこまでは知らないな。先にも言ったとおり、あとは自分たちで話し合って決めればいい。手伝いくらいならしてやってもいいが、ぼくが主導するつもりはない」


 聞いたザムルグとロイドが、微妙な表情で顔を見合わせ……それから言った。


「お前は知恵があるようだが、肝心なところで馬鹿だな。セイカ・ランプローグ」

「は?」

「これだけ盛り上がってんだ。あと半月もしないうちに、お前の意見とやらは街中に広まるぞ。ラカナを救った英雄の考えた、新人冒険者を育てる妙案だっつってな。そして冒険者とすれ違うたびに言われるようになる。攻略本はいつできる? どこで見られる? オレの名前を載せてくれ! ってな」

「はあ?」

「そうですね……いや、それだけならまだいい。後ろで寝ている、君のパーティーメンバーもせっつかれるようになるかもしれない。下手をすれば、市長や他の議員からも」

「……はああ?」


 ぼくは口をあんぐりとあけた。

 もしかして……最高に余計なことを言ってしまったのか?


 ザムルグとロイドは、共に笑って言う。


「ま、諦めろ」

「私たちも、できるだけ協力するよ」

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