第十四話 最強の陰陽師、片付ける


「まあ、逃がしたところで問題はないんだけどね」


 手に持ったナイフを揺らしながら、ぼくは言った。

 その切っ先には、胸を貫かれたヒトガタが突き刺さっている。


「……ユキは、恐ろしいです。セイカさま」


 御坊之夜簾オンボノヤスを回収し、人払いの呪符を破っていると、ユキが唐突に言った。


「ん?」

「セイカさまにとっては……呪詛の媒介のあるなしなど、関係ないのでございますね。ただのヒトガタのみで、あんな……」

「とんでもない、関係なくなんかないよ。相手の髪や血が使えないといろいろ制限がかかるし、それに……」


 ぼくは、苦笑しながら言った。


「少しだけ面倒なんだ」



****



 そんなこんなで、魔族による二度目の襲撃は何事もなく片付いた。

 前回の襲撃から、いろいろと対応方法を考えて準備していただけあって、今回は被害もなし。魔法実技の演習場が荒れたくらいで、誰にも気づかれないまま事が済んだ。


 彼らの死体は、溶鉄で炭化した残骸がいくらか残っていたのだが、少し迷ったもののそのままにしておくことにした。

 ロドネアに出入りしていた商人が、何人か行方知れずになっているという噂は聞いていた。おそらくここに来るまでの間、いくつかの集落で略奪も行っていたことだろう。

 帝国も間抜けでなければ、さすがに魔族の一党が侵入していたことくらいは把握しているはずだ。そうでなければ、こんな時期に帝都の警備を固めない。位置を捕捉できなくても、足取りをたどり、ロドネアに向かったことくらいは予想してくれるだろう。そこで争った跡と死体が見つかれば……きっと、彼らが死んだことくらいは理解するはずだ。たぶん。

 悪魔のやつだけ別の場所で死んでいるから、仲間割れとでも解釈してくれれば都合がいいんだけどな。

 いずれにせよ、また死体が見つからずに休講になるよりはマシだ。


 ちなみに冷えた鉄は解呪して消したが、巨大なワームの死骸は残したままだ。

 ひたすらに邪魔だし、あれも片付けてあげた方がよかっただろうか……そんなことを考えながら歩いていると、曲がり角で小柄な人影とぶつかった。


「おっ、と。メイベル?」

「っ……! セ、セイカ?」


 息を切らし、目を丸くしたメイベルがこちらを見上げていた。

 焦ったような表情で、灰髪の少女はぼくに詰め寄る。


「あいつはどこっ!?」

「あいつ?」

「し、刺客が来たの! セイカも、わかってるんでしょっ?」

「それは……」

「しかも、魔族……鬼人オーガ、って言ってた! きっと、今も私を探してる! このまま見つからなかったら、何するか……誰かが、襲われるかも……っ」


 メイベルは必死の形相で、ぼくに言い募る。


「わ、私が、私が止めないとっ!! さっき、セイカが助けてくれたんでしょ? あの霧も……あいつの居場所がわかるなら、教えて! 私が出て行けば、みんなが、危ない目に遭うことはないと思う。たとえ、私が勝てなくても……だからっ!」

「メイベル。少し落ち着きなさい」


 そう言って頭を撫でてやると、メイベルはようやく口をつぐんだ。

 ただ、それでもまだ表情に余裕がない。

 ぼくは、軽く笑みを浮かべながら言う。


「君はえらいな」

「え……?」

「真っ先に他の生徒のことを心配したのかい? 自分は逃げることもできたのに」

「そ、それは、だって……」

「なかなかできることじゃない。優しくて、勇気のある証拠だよ」

「うぅ……」

「気づいてやれなくて悪かった。すっかり、学園には慣れたものだと思っていたけど……君はずっと気を張っていたんだな」


 人払いのまじないは、強い目的意識を持つ人間には効果がない。

 他の生徒や教師が皆寮や学舎に引っ込んで出てこない中、どうしてメイベルだけがと思っていたのだが……この子はずっと、商会の差し向ける刺客を警戒し続けていたのだろう。


「ひょっとして、養父母の下でもかい?」

「……だって……あの人たちのことは、商会に知られているから……」

「心配しなくていいと言ったのに。とはいえ、あれからまだ一年も経っていなければ、無理からぬ話か」


 ぼくの実家であれほど気を抜いていたのは、それが許される初めての場所だったからかもしれない。

 学園や帝都から遠く離れた地で、軍の小隊が駐留していて、ようやくこの子は安心できたのだ。


「大丈夫だよ、メイベル。君はもう普通に生きていいんだ」

「で、でも、あいつが……」

「あれは君への刺客じゃない」

「え……?」


 メイベルは、ぽかんとした表情を浮かべる。


「そう、なの……? じゃあ、あいつは……」

「ええと……まあ、君には言っても構わないか。勇者を狙ってきたんだよ」

「えっ! ア、アミュを?」


 メイベルの顔に、再び焦りの色が浮かぶ。


「そ、それならっ、やっぱり、なんとかしないとっ……」

「あー……」


 ぼくは、少しばかり言いよどみながら告げる。


「もう終わったよ」

「え……?」

「あいつらのことは、もう心配しなくていい」

「あいつら……? 一人じゃ、なかったの?」

「う……まあ、そうだよ。五人ほどいたな」

「ご、五人も? それ……全員、セイカが倒した、ってこと」

「ああ」

「だ、大丈夫、だったの? あんなのが五人なんて、手強かったんじゃ……」

「あー、いや……別に、そんなことなかったな」

「ええ……鬼人オーガ以外は、大したことなかったの?」

「うーん……」


 ぼくは、やや困った笑みを浮かべながら答える。


「よくわからなかったよ――――誰が強くて、誰が弱かったかなんて」

「セ……セイカ?」


 メイベルが、戸惑ったように半歩後ずさった。

 ぼくは苦笑しながら、彼女へ向けて、唇の前に人差し指を立てて見せる。


「皆には内緒だよ、メイベル」

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