第三話 最強の陰陽師、皇族に会う
皇女。
皇子ばかりが続いた現在の帝国皇室で、そう呼ばれる人間は一人しかいない。
「えっ……あ、あの聖皇女!?」
アミュが素っ頓狂な声を上げる。
聖皇女フィオナ。
現ウルドワイト皇帝唯一の娘であり、中央神殿に仕える巫女が生んだ子。
その珍しさから多くの吟遊詩人に歌われ、美しさからいくつもの肖像画や彫像が作られた、民衆にも広くその名が知れ渡る皇女。
そんな存在が……田舎貴族の屋敷の庭に、ぽつんと佇んでいた。
グライが、声を上げたアミュを見やって言う。
「おいこらそこ! 不敬だぞ」
「それはあなたですわ、グライ。最近、いくらなんでもわたくしの扱いが雑なのではなくて?」
二人のやり取りを見ていると、アミュに肩を揺すられた。
「ね、ねえ! なんで聖皇女があんたの家にいるのよ!」
「それは……ちょうど今逗留中だったっていうか……」
「あんたそんなこと一言も言ってなかったじゃない!」
だって、言って断られたら嫌だったし。
「あなたにお会いしたかったのですわ、アミュさん」
「うわっ!」
いつのまにか近くにいたフィオナ殿下に、アミュがぎょっとしたような反応をする。
皇女はどこか掴み所のない微笑で、宙に浮かぶような言葉を紡ぐ。
「驚かせてしまってごめんなさい。今は地方を回る視察の最中だったのですけれど、ランプローグ伯に無理を言って滞在させてもらっていますの。あなたにどうしてもお会いしたくて……学園の休みを利用して、ご子息にあなたを連れてきてもらうようわたくしが頼んだのですわ」
「へ、へぇ……そうだったのね……」
アミュがぼくを横目で睨んできた。ごめん。
「その分では、伝わっていなかったようですわね。でもご学友を責めないであげてください。無理を言ったのはわたくしなのです」
「え、ええ、いいけど……でも、なんであたしなんかに」
「うふふ、お噂は聞いておりましたわ。二年前、魔法学園に首席合格されたのでしょう? これまでにないほどの成績を取ったうえで」
「あァ? 殿下が言ってた奴ってお前のことだったのかよ。どうりで剣が重いと思ったぜ」
「グライ。少し静かにしていなさい」
押し黙るグライを見やりもせず、フィオナはアミュに語りかける。
「全属性の魔法適性のみならず、たぐいまれな剣の腕までお持ちだとか。うふふ……まるで、おとぎ話の勇者のよう」
「あ、ありがと……それ、昔はよく言われたわ」
「うふふふ」
フィオナが、その鈍色の目でじっとアミュを見つめる。
「赤い髪に若草色の瞳……わたくしが視た通りの姿ですわ。きっと、お母様が最期に視たのも……」
「……?」
「……セイカ・ランプローグ様」
そこで、不意にフィオナがぼくを振り向いた。
微笑のまま続ける。
「わたくしの急なわがままを聞いてくださって、感謝いたしますわ」
一瞬面食らったが、ぼくは貴族用の言葉遣いを思い出しながら笑みを返す。
「とんでもございません。皇女殿下がお望みならば、この程度のことはいくらでもお申し付けください」
「……」
「……」
「……」
「……あの、何か?」
フィオナはしばらく無言のままぼくを見つめていたが……やがて首を横に振り、いいえと言った。
「なんでもありませんわ。セイカ様も、大変な実力をお持ちと聞きました。なんでも帝都の武術大会で優勝されたとか。わたくしは血が怖くて観ることができなかったのですけれど、今はそれを惜しく思いますわ」
「恐れ入ります。強者ばかりが集った大会でしたが、時の運に恵まれました」
「……」
「……」
「……」
「……あの、やっぱり何か?」
「いいえ……なんでもありませんわ。うふふ。できうるならばお二人共、わたくしの聖騎士として欲しいくらいなのですが……そういうわけにもまいりませんね」
陶然と呟いていたフィオナだったが、やがて正気に戻ったように言う。
「わたくしはもう少し滞在する予定です。よろしければ、新学期に合わせ一緒に発ちませんか? ロドネアとは方向が同じですから。王都へ先に寄ってもらうことにはなりますが、護衛の小隊が同行しますし、道中はよい宿を用意できますよ」
「え、ええ。それは願ってもないことです。ぜひに……」
「ではそのようにいたしますわね」
フィオナはそこで初めて、いくらか人間らしい笑みを浮かべた。
「ここにいる間、どうかわたくしと仲良くしてください」
それではまた
フィオナは歩き去って行った。
屋敷とは反対方向だけど、どこ行くんだろう? 庭の散策でもするのかな。
グライに命じられてローレンがついて行ったし、敷地内ならまあ危険はないだろうけど……。
なんとも変な女だ。
「聖皇女って、あんな人だったのね……あたしちょっと、イメージと違ったわ」
アミュが呟く。ぼくも同感だった。
「セ、セセセセイカくん!? 今の、本物の皇女殿下!?」
「なんでだまってたの」
「あ、いやそれはその……ルフト兄! ほ、ほら、早く部屋に」
「ふふ、そうだね。皆さんのことは、晩餐の席で改めて殿下に紹介します。長旅で疲れたでしょうから、それまではひとまず部屋でくつろいでください」
駆け寄ってきたイーファとメイベルの追及から逃げるように、ぼくは先導するルフトの横に並ぶ。
「はぁ、まったく……」
「殿下がいることを黙って連れてきたのかい? ダメじゃないか」
「それで断られたら兄さんだって困っただろう。連れてきただけ感謝してほしいね。それより……なんでさっきは止めてくれなかったのさ」
「ん?」
「グライ兄のことだよ」
「ああ……グライは、ずっとセイカに対抗意識を燃やしていたからね。邪魔するのも気が引けたんだ」
ルフトが苦笑しながら言う。
「それに、滅多なことにもならないと思っていたしね」
「どうして?」
「二人とも、もう僕なんかよりもずっと強い。実力者同士の稽古ほど、怪我が少ないと言うだろう?」
「稽古じゃないんだけど……」
まあ……言っていることもわかる。
「けっ、おいセイカ!」
いつの間にか、すぐ近くをグライが歩いていた。
その上背からぼくを見下ろしてくる。
「覚えてろよ、いつかボコボコに叩きのめしてやるからな」
「ふうん? いつかとは言わず、今試してみる?」
「……おれは勝てねぇ勝負はしねぇ」
グライが目を逸らして呟く。
ぼくは眉をひそめた。
ついさっきまであれほど威勢がよかったのに、いったいどうしたんだろう。皇女と言葉を交わしてから突然こうなってしまった。
ぼくの疑念を知ってか知らずか、グライが呆れ口調で訊ねてくる。
「それにしても、女ばかり連れ帰ってきやがって……お前、学園に何しに行ってるんだ?」
「女ばかりって……イーファは元々一緒だし、アミュを連れてこいって言ったのは皇女殿下じゃないか」
「もう一人の灰色の髪の女はなんだよ」
「ああ、メイベルね」
染めておく必要のなくなったメイベルの髪は、今ではすっかり色が抜け、元の灰色に戻っていた。
兄であるカイルの髪と、本当にまったく同じ色だ。
ぼくは言う。
「クレイン男爵家の令嬢だよ。父上やルフト兄が困ることになるから、失礼のないようにね」
「なんでそんなの連れてきてんだ」
「頭数が増えた方がいいと思ったんだよ……ぼくが、殿下の相手をせずに済むかと思ってね」
「! ふん、落ちこぼれが……」
そこでグライは、声量を二回りほど下げて言った。
「……なかなか気の利いたことを考えるじゃねぇか。よくやった」
「…………」
どうやらグライも、フィオナの相手は苦手らしかった。
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