幕間 イーファ、プロトアスタ首長公邸にて②
「化け物って……」
言い返しかけて、イーファは押し黙る。
リゼの言わんとしていることがわかったからだ。
「そうだ、お前ならばわかるだろう……。あの少年には、
リゼが硬い声で続ける。
「学園で初めてお前を見た時、驚いたと言ったな。しかしそれからすぐに、私はお前の隣に座っていたあの少年の異質さに気づいて立ちすくんだよ。お前の纏う精霊たちも、あの少年の近くにだけは一匹すらも寄らず、奇妙に距離を空けていた。あのような光景を見たのは初めてだ」
不気味なものを思い出したような響きが、声に混じる。
「考えずにはいられなかった。かつて存在した魔王は、きっとこのような者だったのだろうと」
「た、たしかに、セイカくんは少し変わってますけど……でも、人間です。魔王どころか、魔族でもありません」
「魔族でない、か……。本当にそうか?」
リゼが問う。
「お前はあの少年の何を知っているんだ?」
「セイカくんとはお屋敷で一緒に育ちました。だから、小さい頃から知っています」
「あの少年の両親は、本当にランプローグ伯爵とその妻なのか?」
「あ…………いえ、お父さんは旦那様ですけど……お母さんは愛人の方で……」
「母親のことは知っているのか?」
「……いえ」
「その女が魔族でなかったとなぜ言い切れる。そもそも、父親は本当に伯爵だったのか?」
「……」
「お前はあの少年とそう年も変わらないだろう。物心つく前のことは知るまい。幼少期に異常さを示していなかったとなぜ言える。いや……物心ついた後、お前の知る範囲ではどうだ? あの少年には、本当に異常なところは一つもなかったか?」
イーファは答えられない。
思えば……昔から、セイカは明らかに異常だった。
魔力がないにもかかわらず、魔法が使えたことだけではない。
普通、兄や母親や使用人にあれだけ白い目を向けられながら平然と生活することなど、小さい子供にできるものだろうか。
その中で自ら学び、モンスターにも恐れず首功を上げ、本来行けるはずのなかった魔法学園に奴隷である自分のことまで合格させてしまうなど、できるものなのだろうか。
屋敷の書庫で覚えたというあの不思議な符術も、尋常なものとは思えない。
幼い頃から一緒だったにもかかわらず、自分はセイカのことをほとんど知らない。
何か、重大な隠し事がある。
そんな予感がするだけだ。
「……でも」
疑念を振り切るように、イーファは言う。
「セイカくんは人間ですし、いい人です。わたしは、そう信じてます」
「信じるということは、考えないということだ」
リゼは、冷や水を浴びせるように言った。
「それは神頼みと変わらない。サイコロ賭博で望みの目が出るよう、目を閉じ手を合わせているに等しい」
「……」
「あの少年がなんなのか、なぜ精霊が避けるのか、私も知らん。だがその善良さを盲信するには、あの少年はあまりに異質すぎる。そうまでして共にいる理由も、お前にあるまい」
「……」
「後宮に来い、イーファ。あの危険な主人からは離れるべきだ」
「……でも……」
そこで、リゼはふと気づいたように言った。
「お前……もしや、勘違いしているのではないか?」
「え……?」
「アスティリアの後宮は、王の妻や愛人が生活し、ドロドロとした愛憎図を描くだけの場所ではないぞ」
「え、ち、違うんですか?」
リゼが頭を抱える。
「参ったな……。そこからだったか。我が国の後宮のことは、てっきり帝国にも広く知られていると思っていたのだが……」
それから、リゼは気を取り直したように言う。
「よし。ならば見せてやろう」
「え?」
「言葉を尽くすよりも直接見る方が早い。明日、王都アスタへ向かうぞ」
「え、ええ……でもわたし、そんな勝手に……」
「あの少年には、ここから動くなと言われているのか?」
「そうじゃないですけど……」
「ならば問題なかろう。どうせ数日は山から帰らないはずだ。王都は近い。明日発てば、明後日の昼前には帰ってこられるぞ」
「……」
「拒むにしても、実際に目にしてからで遅くはないだろう」
正直なところ、気は進まなかった。
しかし、二日前の夜、セイカに言われた言葉が不意に思い返される。
――――誰だって、いずれは自分の道を進まなきゃいけない。
――――君ももうすぐ大人になるんだから。
気づくと、イーファはうなずいていた。
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