第十三話 最強の陰陽師、準決勝に臨む


 そして、準決勝の時がやってきた。

 大勢の観客の中、司会が高らかに謳う。


『さて、そのセイカ選手に対する相手は――――同じく魔法学園からの推薦枠、メイベル・クレイン選手!!』


 ステージに上ってくるメイベルを見て、ぼくは軽く微笑む。


「それが君の本来の得物か、メイベル」


『おっとメイベル選手、武器を変えております! これはなんと……巨大な戦斧バトルアクスだぁーッ!』


 柄を含めれば身長の倍近くもある両刃の戦斧を携えたメイベルが、ぼくと相対する。


「勇者のふりは、終わり」


 戦斧を構え、メイベルがそう告げる。


 あれはどれほどの重量があるだろう。

 少なくとも、魔法なしでは持ち上げることもできなさそうだ。


 ぼくは、メイベルを見据えて言う。


「準決勝を棄権するつもりがなかったのは、実は君の戦い方をもう少し見てみたかったからなんだ。まだ何かあると思ってたけど……やっぱり、昨日話をしてよかったよ」


 メイベルが眉をひそめる。


「見くびってる? 言っておくけど、私は今も、あなたに勝つつもり」

「見くびってないよ」


 ぼくは笑って言う。


「実力を正しく評価しただけだ」

「……あなたが強いなんて、やっぱり信じられない。安穏と生きてきた、貴族の子供なんかが――――私に、勝てるわけない」


『共に学園生徒ではありますが、全く正反対の二人! 準決勝第二試合、果たしてどちらが勝つのでしょうか! それでは――――試合開始です!!』


 笛が響き渡った。


「っ!」


 同時に、メイベルが地を蹴った。

 戦斧を振り上げ、一瞬のうちにぼくをその間合いに入れる。


 振り下ろされる重厚な刃。

 だが速さはなく、軌道も読みやすい。


 余裕を持って避けるぼく。

 その左横に、遅れて戦斧が叩きつけられる。


 かすりすらしない一撃。

 しかし次の瞬間――――足下の地面が跳ね上がった。


「なぁっ!?」


 下を見ると、舞い上がった土と共に石材のようなものが露出している。

 どうやら今の一撃で、ステージの基礎として土の下に敷かれていた石材を叩き割ったらしい。

 どんな威力だ。


 体勢の崩れたところへ、横薙ぎの戦斧が襲いかかる。

 仕方なく転移で躱す。が、入れ替わる先を読まれていた。再び強襲する刃を、今度は屈んで避ける。


 あれほどの戦斧なのに、切り返しが片手剣並みに速い。

 たぶん、振り回す時は極端に軽くしているんだろうな。メイベル自身がほとんど反動で動いていない。


 おかげで狙いやすくていい。


 ぼくは逃げ回りながら、先ほど地上に現れた石材へヒトガタを飛ばす。

 そして片手で印を組む。


《陽の相――――発勁の術》


 石材に運動エネルギーが付加され、メイベルへ撃ち出された。

 戦斧は切り返したばかり。防御に使うには間に合わない。


 彼女の対処は、奇妙なものだった。

 振られるはずだった戦斧の勢いが、突如弱まる。するとその反動が今さら伝わったかのように、メイベルが大きく振り回された。狙いを外した石材は空を切り、観客席を支える柱で砕け散る。


「……おもしろいな」


 思わず呟く。

 メイベルは今、戦斧の重さを戻したのだ。

 武器の重さが変われば、武器と使用者を一つの物体と見た時の重心が変わる。重心が変われば回転運動の中心がずれる。振り回されるのが、戦斧からメイベルの側となる。


 ぼくに間合いを空けられる形となったメイベルが、低い軌道で投剣を放った。

 跳び退って躱すと、地面へ細い刃が次々と突き立っていく。相当な重量が与えられていたのか、衝撃で地面には円錐状の穴が穿たれ、土埃が派手に舞上がる。


 悪くなった視界の中、ぼくは目を細めてメイベルを見据える。

 追撃への牽制だったんだろうが、向こうは投剣を放ったために戦斧から片手を離してしまった。


《木の相――――蔓縛つるしばりの術》


 メイベルの足下から蔓が伸び上がる。

 今日は短剣は持っていない。今さら戦斧を振るうには遅すぎる。果たしてこれを――――、


「こんなものっ!」


 メイベルが手を横に振る。

 それだけで金棒になぎ払われたかのように、数本の蔓がまとめて引きちぎられた。


 ぼくは、思わず笑いがこぼれる。


「……うん」


 いいね。

 やっぱり彼女のこれまでの試合なんて、前座もいいところだったみたいだ。

 まあこれくらい見られれば満足かな。


 当初の予定ではここで負けるはずだったが。

 今は勝たなければならない。

 しかも余裕で勝つと言ってしまったからな。さくっと終わらせないと。


 再び距離を詰めてきたメイベルの、横薙ぎの戦斧が迫る。

 ぼくは、その刃の腹へ密かに貼り付けていた不可視のヒトガタを起点に、術を発動した。


《陽の相――――落果の術》


 戦斧の重さが、一気に千倍にまで増加する。


「なっ!?」


 強制的に重心をずらされ、メイベルが大きく振り回される。

 体勢が崩れたところへ、ぼくはさらなる一手を放つ。


《木金の相――――みずがね蔓縛つるしばりの術》


 地面から微かに黒みを帯びた蔓が噴出する。


「同じ手をっ!」


 メイベルがまた腕を振るう。

 だが蔓は、今度は引きちぎられなかった。

 触れた腕に巻き付いて動きを封じ、さらには他の蔓が全身に巻き付いて縛り上げていく。


 メイベルが苦鳴を漏らす。

 その手から、戦斧が落ちた。


「な……んで……」

「これは水銀をたたえた蔓でね。普通のやつよりもずっと重いんだ」


 それでも全力を出されれば引きちぎられていたかもしれないが、メイベルにはすでに二度蔓縛りを見せていた。

 半端に知っていたからこそ油断したんだろう。


「これくらい……っ!」


 メイベルが、唯一自由な左手で自分を締め付ける蔓を掴む。

 すると、木質化した蔓全体が軋み始めた。

 すさまじい重量を与えられているのか、ところどころで組織が壊れ、水銀化合物の赤い樹液が漏れ始める。


 これは長くは保たないな。

 ぼくは、メイベルが取り落とした戦斧の柄を手に取る。


 それを見た少女がぼくを睨む。


「あ……あなたなんかに、持ち上がるわけない」

「持ち上がるさ」


《陰の相――――浮葉の術》


 戦斧から重さが消える。

 それを、片腕で派手に振るい――――、

 囚われの少女の首元に、その刃をぴたりと突きつけた。


 メイベルが表情を歪ませる。


「そんな軽い斧では、私に傷一つ付けられない」

「君を傷つけるつもりなんてないよ」


 笑って告げる。


「ぼくは試合に勝てればいいだけだからね」


 そのとき――――。

 試合終了の笛が、鳴り響いた。


『ここで審判が決着の判定を下しましたーッ!! なんということでしょう! 序盤圧倒していたかのように見えたメイベル選手ですが、一気に覆されましたぁ! 否、最初から彼の掌の上だったのか!? 神童セイカ・ランプローグ選手、決勝戦進出です!!』


 ぼくは息を吐いて、戦斧を背後に放り投げる。

 術の解かれた戦斧は空中でくるくると回った後、ずーんっ、という音と共に地面へと突き刺さった。


 昨日レイナスが最後にやろうとしたことを真似してみたが、うまくいったようだな。


「カイルのことは任せてもらうよ」


 朽ちた蔓の中心で、地面にへたり込んだメイベルへと、ぼくは告げる。


「もう大丈夫だ。君は少し休むといい」




――――――――――――――――――

※汞蔓縛りの術

高濃度の水銀を含んだ重たい蔓で相手を拘束する術。ハイパーアキュムレーターと呼ばれる植物群は、地中から取り込んだ重金属を積極的に蓄積する性質を持つ。身近なものではイネやヤナギなどがあるが、ニューカレドニアに生息するピクナンドラ・アクミナータなどは、実に25パーセントものニッケルを含む青緑色の樹液を流すことで知られる。仮に一般的な樹木の持つ水分量のうち、全体の四分の一をより比重の大きい水銀に置き換えるとするならば、同じ体積で三倍近い質量を持つ超重量級植物を作り出せる。


※浮葉の術

対象の重量を減少させる術。《落果》の逆。いわゆる『重さ』を決定する要素である重力加速度と重力質量のうち、異世界魔法がいずれかを選んで影響をおよぼすのに対して、《落果》《浮葉》は後者のみを増減できる。重力質量は等価原理によって慣性質量と連動するため、武器に対して使用すると取り回しや威力が変化する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る