第十話 最強の陰陽師、ボス部屋に辿り着く


 しばらく歩いた後、ぼくらはその部屋へ辿り着いた。


「なんだあれ……」


 青銅の扉が付いた広い部屋の中に、巨大な蛇がとぐろを巻いていた。


 大木のような太さの胴に、黒い鱗を持った蛇。

 ただ、その上半身は人間だった。

 鱗と同じく黒いが、皮も腕も人間のものだ。しかし頭だけはまた蛇に戻っている。まるで邪教の祀る神のような異形だった。


 組んだ両腕にはこれまた巨大な剣が握られているが、蛇の目は閉じている。

 寝ているのか……?


「あれはナーガね」


 扉の隙間から一緒に中を覗いていたアミュが言う。


「あたしも初めて見る。たぶん、このダンジョンのボスよ」

「ボス?」

「ダンジョンの核か、核を守っているモンスターってこと」

「なるほど」


 あれを倒せばこのダンジョンは攻略完了ということだな。


「ひょっとして、ボスを倒したら外への道が現れたりする?」

「下層へ潜っていくダンジョンならありえないわね。ただここはずっと平坦だったし、どうも遺跡が元になってる気がするから……もしかすると。部屋の奥にも通路があるみたいだしね」

「よし、それなら……」

「でも、やめた方がいいと思う」


 アミュがそう遮った。


「どうして?」

「ナーガはかなりの強敵よ。六人パーティだったら全員四級以上、四人パーティだったら三級以上ないと厳しいレベル。しかも黒いナーガって聞いたことないわ。普通は砂色で、赤い奴だと火を噴いてくるらしいから、あれもたぶんなにか特殊能力を持ってる。それがわからないのは危険すぎる」

「……」

「引き返しましょう。入り口は別にあるはずだから、そっちを探す方が無難よ」

「それはできないよ、アミュ。ぼくらには探索に時間をかけられるだけの備えがない。むしろ体力の残ってる今、この部屋にたどり着けたことを幸運に思うべきだ」

「……」

「あれを倒そう。仮に部屋の先に出口がなくても、核を潰せばモンスターの脅威はなくなる」

「セイカは……あれに勝つ自信、ある?」

「アミュとならね」


 アミュはふと目を伏せると、小さく笑った。


「わかったわ。でも、ダメそうなら逃げること。いい?」

「ぼく、逃げるのも得意だよ。撤退するときはいつでも言ってくれ」


 そう。

 逃げるのはいつでもできるんだ。


 アミュは鞘から杖剣を引き抜く。


「三つ数えたら行くわよ。部屋に入ったらナーガが起きるはずだから、体勢が整う前に魔法を撃って」

「了解」


 どうせなら印も真言も省略せずやるか。


「三、二――――」


 ぼくはヒトガタを浮かべる。


「一ッ!」


 アミュが扉を蹴破り、疾駆し出す。


 ナーガの蛇の目が、おもむろに開いた。

 剣を持った両腕を広げ、侵入者のアミュに目を向ける。


《木の相――――杭打ちの術》


 丸太のようなトネリコの杭が放たれ、ナーガの左手から剣を弾き飛ばした。


 さらに二本目、三本目が胸や胴に命中し、大きくよろめかせる。

 やっぱりちゃんとやると威力が違う。

 ただ……、


「……浅いな」


 大したダメージになってない。

 ナーガは胸と腹に刺さった杭を左腕で引き抜き、その縦長の瞳孔を今度はぼくへ向けた。


「余所見してんじゃないわよッ!」


 アミュが蛇の頭に火炎弾ファイアボールを放つと、ナーガがひるんだようによろめいた。

 右腕で振るわれた巨大な剣を、アミュが馬鹿力で弾き返し、さらに魔法で翻弄していく。


 お? これはぼくが自由だ。


《木の相――――杭打ちの術》


 アミュに気を取られていたナーガへ、極太の杭が襲いかかった。

 肩口や喉元に次々と突き立つ。今度はそれなりのダメージが入ったみたいだ。


 なるほど。前衛の役割とはこういうものか。

 アミュが常に注意を引いてくれるおかげで戦闘中でも術が使いやすい。

 前世でも武者と術士が協力すれば妖怪退治もしやすかったのかな……。


「気をつけて! なにか来るわよッ!」


 見ると、ナーガが胸郭を膨らませていた。


 大きく上体を突き出し、蛇の口から液体を噴出する。


 アミュが転がって避け、ぼくも大きく後退して躱すが、液体のかかった床は気泡をあげて溶解していた。


 強酸を吐くのか。

 へぇ……。


 体勢が崩れたアミュへと剣が振り下ろされる。が、トネリコの杭がそれを弾いた。

 注意を引いたぼくへナーガが迫るが、アミュの風魔法がそれを牽制する。


「アミュ、少し前に出たい。攻撃を引き受けてもらえるか?」

「わ、わかったわ!」

「それと、合図したら後退してくれ」


 前衛のアミュを《杭打ち》で援護しながら、機をうかがう。

 まだだ、まだ……。


 やがてアミュの魔法でナーガが大きく仰け反ったとき、その胸郭が膨らんだ。

 強酸を吐く前振り。

 ここだ。


《金の相――――ぜ釘の術》


 強酸を吐きかけた蛇の口腔に、白い金属の槍が突き立った。

 口から漏れた強酸が槍と上半身を溶かし、ナーガが無音の絶叫を上げて身をよじる。


「よし下がれっ!」


 アミュに合図を出し、《鬼火》を撃とうとする。

 が、暴れ回る尻尾に阻まれた。

 ダメだ、完全に警戒されてるな……。


 待てよ、別に自分でやらなくてもいいか。


「アミュ! 頭に向けて火炎弾ファイアボールを撃つんだ!」


 狙いやすい位置にいたアミュへそう呼びかける。

 返事代わりに放たれたのは、火炎弾ファイアボールの魔法。

 それは正確にナーガの頭部へと飛んでいき――――、


 槍を中心に、派手な爆炎が上がった。


 もはや防御も何もなく、半人半蛇のモンスターは地面をめちゃくちゃにのたうち回る。


「やっと頭を下ろしたわね」


 そして未だ燃え盛る蛇頭の眼窩に――――アミュの杖剣が、深く突き立てられた。


 人間の上半身と蛇の下半身が、激しく痙攣する。


 だがやがて……ダンジョンボスのナーガは、そのすべての動きを止めた。


 力の流れが急激に弱くなり、消える。

 死んだみたいだな。


 ふう、思ったよりあっさり終わってくれた。


「アミュ! やったな――――って、おわっ」

「セイカっ!」


 駆け寄ってきたアミュがそのまま抱きついてくる。


「やったやった! あははっ、あたしダンジョンボスの討伐なんて初めて! パーティ組んだばっかりなのに、あたしたち息ぴったりじゃない?」


 ぼくの手を取って飛び跳ねるようにはしゃぐアミュ。

 こう屈託なく笑っているところは――――本当に、あの子によく似ていた。転生するほんの数年前には、あの子もよくこうしてぼくの屋敷で笑っていたものだった。


 しかし一方でぼくは……これまでの過程で確信を持っていた。

 アミュは――――あの子とは、なんの関係もない。


 初めて出会った時、ぼくを追って転生してきたのではないかという考えが、微かに頭をよぎりはした。だが、そんなことは技術的に不可能だ。いくらあの子でも、無数にある異世界の中からぼくの魂を見つけ出し、狙って転生してくるなどできるわけがない。

 それに、力の流れも違う。記憶を持っている様子もない。そして何より……あの子の性格からして、ぼくを追いかけてくるとは思えなかった。


 ただの他人のそら似だ。別に珍しくもない。あの子とぼくの姉が、結局わずかな血縁すらもなかったように。


 あの世界での生は終わったのだ。

 のこしてきた者に、後になってから言葉をかけられるほど、世界は都合良くできてはいない。


「はっ……! んん、ごほんっ」


 生暖かい目で見つめるぼくに気づいたのか、アミュは急に我に返ると、恥ずかしそうに手を離して咳払いした。

 ぼくは苦笑して言う。


「しかし、君も無茶するなぁ。あんな火がついて暴れ回ってるやつにとどめ刺しに行かなくても」

「も、もたもたしてると再生したりするやつがいるのよ。ちゃんと仕留めたんだからいいでしょ」

「うん、すごいよアミュは。あんなのなかなかできることじゃない」


 人の身にして鬼を斬る、自身も鬼であるかのような武者が日本にはいたが、それを思い出すような戦いぶりだった。


 なんてことを考えながら赤い髪をなでてやっていると、アミュがじとっとした目を向けてくる。


「なに、この手?」

「あっ、ご、ごめん」


 ぼくはあわててアミュの頭から手を離す。

 イーファにもたまにやってしまうんだけど、どうも弟子を相手にしてる気分になるんだよな。

 子供扱いしてるみたいで嫌がられるだろうからやめよう。


 アミュがそっぽを向く。


「……別にいいけど」

「え、何?」

「なんでもない。それより……あの銀色の槍、なんなの? 火の魔法で爆発してたけど」

「あれはまあ、そういう性質の金属なんだよ」


 古代ギリシアの都市、マグネシアの錬金術師が発見した金属、マグネシアの銀マグネシウムは、それ自体が燃えるという変わった性質を持っている。

 さらには酸に容易に溶解してこれまた燃える気体を発生させるため、《ぜ釘》をうまく使えばあのような爆発は簡単に起こせるのだ。


 ちょうど強酸を吐いてたからね。


「怪我はない?」

「……ないわ。不自然なくらい。軽い火傷はしたと思ったんだけど」

「それなら渡した呪符が身代わりになったんだろうね。まだ全然保つだろうけど」

「そんなこともできるの? 符術って便利なのね」

「あれだと大きな怪我は治せないけどね。さて、先へ進もうか」


 歩き出しながら、ぼくは天井を見上げて言う。


「もしこの先に出口があるなら、ちょうど神殿のそばに出るだろうな」

「……? なんでそんなことわかるわけ?」

「あ、いや。なんとなく……」


 訝しげなアミュに、ぼくはあわてて誤魔化す。


 ユキが耳元でささやくように訊ねてくる。


「セイカさま、もしかして……今いる場所がおわかりなのですか?」

「まあね。少し前から」

「ど、どのようにして……」

「術で磁石の力を使ってね」


 磁石の持つ鉄を引き寄せる力――――磁力は、分厚い地殻に減衰されず影響を及ぼせる数少ない力だ。

 陽の気で強力な磁場を生み出せば、多少距離があっても地表にまで届く。

 それを、ミツバチの姿に変えていた式神で感知したのだ。

 ミツバチの腹部には磁気に反応する鉱物があり、磁界の変化を感じ取れる。もちろん式にはそんなものないけど、標本に従って動作するから機能は同じだ。

 位置や高低を変えて磁場を張り、それを地上から捉えることで、大まかな現在地がわかったというわけ。


 キツネやハトでも同じことができたはずだけど、地表近くで小さな変化を捉えるとなるとミツバチが一番だった。

 見にくくてしょうがなかったけど。


「ではひょっとして、入れ替わりの法でいつでも脱出できたのですか?」

「うん」

「な、ならばなぜ、わざわざこんな……」

「さっき言っただろ? せっかくだし楽しみたかったんだよ。ダンジョンなんて初めてだったから」


 あとは、アミュに経験を積んでほしかったのもあった。


 ――――いずれ最強になってもらうために。




――――――――――――――――――

※爆ぜ釘の術

マグネシウムの槍を放つ術。マグネシウムはそれ自体が燃えるほか、酸どころか温水にすら簡単に溶けて水素を発生させる。実際に発見されたのは近代だが、作中世界においては古代ギリシアの錬金術師が滑石と呼ばれる鉱物から分離していた。


※磁流雲の術(術名未登場)

陽の気でヒトガタの周りに強力な磁場を発生させる術。本来はレンツの法則を利用した矢避けの術だが、今回セイカは地上から位置を特定するためのビーコン代わりに使った。

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