第八話 最強の陰陽師、休憩する


「ん、んん……」


 アミュが、微かな呻き声とともに身じろぎした。


「あ、気がついた?」

「ここは……あたし、どうしたの?」


 アミュが体を起こし、隣で壁に背を預けて座るぼくを見る。


「残念ながらまだダンジョンの中だよ。君はホブゴブリンにやられて気を失ったんだ」

「……思い出した。なんであたし、あの程度のモンスターに……」


 アミュが髪を濡らす血に触れ、顔をしかめた。

 次いで頭をあちこち触り、不思議そうな顔をする。


「あれ、傷が……」

「ぼくが治しておいたよ」

「……あんた、治癒の魔法も使えたの?」


 アミュはそれから、通路の奥に散乱するゴブリンの死骸に目をやった。


「もしかして、あれもあんたが?」

「まあね」


 大百足は食べ方が汚いからひどい有様だ。

 その代わりだいぶ奥の方のモンスターまで食ってくれたから、ここはしばらく安全だろう。


「あんた何? あたしが言うのもなんだけど、ちょっとおかしいんじゃ…………っ!」


 アミュがまた、急にこめかみを押さえて苦しみだした。


「大丈夫か? 君のそれは持病か何かなのか?」


 アミュはぎゅっと目を閉じたまま、首を横に振る。


「原因に心当たりは?」


 また首を横に振られた。


 ぼくはヒトガタを取り出す。


 これが病ならどうしようもないが、今はつい先ほど傷病を移し替えたばかりだ。こんなに早く症状が出てくるのはいくらなんでもおかしい。

 となると、あれかもしれない。


 ヒトガタを配置し、印を組む。


「……あ」

「どう? 楽になった?」

「う、うん……」


 アミュがゆっくりと体を起こす。


「なにかしたの?」

「結界を張った。この中にいる間は呪いも届かないよ」

「呪い……?」

「ああ。その症状、いつ頃出始めた?」

「えっと……ちょうど、一月くらい前。最初はめまいがするくらいだったんだけど、だんだん頭が痛くなってきて……」


 一ヶ月前となると、入学してからか。


「でも、これ……呪いではないと思う。あたしも、一度そうじゃないかと思って呪印を探してみたけど、体のどこにもなかったもの」

「自分では探せない場所もあるだろ」

「……」

「いや別に見せろなんて言ってないからね?」

「……わかったわ。今見てくれる? それではっきりするでしょ」

「え」

「ちょっと後ろ向いてて」


 言われるがままに後ろを向くと、衣擦れの音が聞こえてきた。

 言葉もなく待機するぼく。


「……いいわよ」


 振り返ると、背を向けたアミュの白い裸身があった。

 顔を横に向け、視線だけでぼくを見て言う。


「どう? 寒いから早くしてもらえる?」


 言われたとおり、髪を分けたうなじから白い背中、小ぶりな尻からふくらはぎへと見ていくが、呪印のようなものは特に見当たらない。


「……ない」

「そう。やっぱりね。じゃあまた後ろ向いててくれる?」


 再び後ろを向くと、また衣擦れの音が聞こえてくる。

 腰を下ろす気配がしたので振り返ると、元通り服を着たアミュが壁を背に隣に座っていた。

 平然としているように見える……が、よく見ると少し顔が赤い。


「言ったでしょ。違うって」


 その声は、ほんの少しだけ震えていた。

 もしかすると、アミュ自身もずっと不安だったのかもしれない。

 ただ、ぼくは言わなければならない。


「いや……そうとは限らないよ。たとえば線を肌に近い色にしたり、ものすごく小さくしたりして見つけにくくしてるのかもしれない」

「まさか、もう一回見せろって言うつもり!?」

「違うわっ! 抜け道なんていくらでもあるってことだよ! 他にも頭皮とかのどの奥とか、まあ後はいろんな穴の中とか、呪印を隠す方法なんていくらでも思いつく。否定はしきれないよ」

「じゃああたし、なんのためにさっき裸見せたわけ?」

「いや……」

「そもそも、あたし呪いをかけられた記憶なんてないのよ? カレン先生が授業で言ってたじゃない、呪いをかけるには対象と相対しなきゃいけないって。その時点で否定できない?」

「……そう思ってたならなんでさっき脱いだんだ?」

「っ!! うるっさいわね、殺すわよ!?」

「すみません……」


 八つ当たりはやめてほしい。


「とにかく、現に結界が効いている以上は呪いだと思ってた方がいい。それに……実際は遠くからでも、呪いはかけられるしね」

「それもランプローグ家に伝わる知識?」

「まあそんなところ」

「ふうん……じゃあ何? あたし、ずっとあんたの結界の中にいなきゃいけないの?」

「そうでもない。術者に抜け道があるように、かけられる方にだって抜け道がある……髪の毛一本もらえる? 血が付いてる方がいい」


 アミュは血に濡れた髪を一本引き抜くと、こちらへ差し出してきた。

 ぼくはそれをヒトガタに結び、上から呪力で文字を書いて真言を唱える。

 ……よし、これでいい。


「はい。この呪符を持っているといいよ。君の身代わりになってくれる」


 アミュは受け取ったヒトガタをうさんくさそうに眺める。


「本当にこんなのが効くの?」

「効くよ。ただし消耗品だけどね。ある程度呪いを防いだらダメになる」

「なら……」

「そうしたらまた作るけど、でもその前になんとかするよ。ぼくが」

「そ、そう……」


 しばしの沈黙の後、アミュはおもむろに立ち上がった。


「……進みましょう。あれがもう起きないなら、あたしもちゃんと戦えるから」


 歩き出そうとするアミュ。

 その手を、ぼくは掴んだ。

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