第七話 最強の陰陽師、地下迷宮を進む
剣士であるアミュを先頭に、ダンジョンを行く。
ある程度進む毎にヒトガタを通路の天井に張り付け、呪力を込める。
「……あの、セイカさま。先ほどからなにをなさっているのです?」
「ちょっとね。地表から位置がわからないかと思って」
アミュに聞こえないように答える。
学園に残してきた式神は、数羽のカラスを除いてすべてミツバチに変え、森の地表を飛ばしていた。
が、まだ術の影響を感知できていない。
もう少し続けてみよう。
それにしても、ミツバチの視界は見づらいな。
複眼なうえに人には見えない色が見えるから、見慣れた物でも違って見える。
この式にしかできない仕事だから仕方がないけど。
****
たびたびモンスターに遭遇した。
リザードマンにオークの他、スケルトンにスライム、ゴブリンなど、ダンジョンでは珍しくないとされるモンスターばかり。
ただ遭遇するたびに、ぼくはここが異界であることを実感する。
普通、洞窟に生物は少ない。
せいぜいがコウモリの糞を餌にする毒虫やネズミの類がいる程度だ。
こんな場所に、これほど大きな生命体が大量にいる状況はおかしいのだ。
モンスターを生んでいるのはこのダンジョンの核なんだろう。
動物に近いと思っていたが、やはりモンスターも
前世にも、ダンジョンに近いものはあった。迷い家や隠れ里といった、超常の力で存在する異界が。
ただ違うのは、この場所がちゃんと物理的に存在しているということ。
ならば物理的に脱出できる。
「手応えないわね。レベルの低いダンジョンみたい」
アミュがスケルトンの頭蓋骨を蹴っ飛ばして言う。
彼女はずっと前に出て剣を振るい、モンスターを倒し続けている。ぼくの出番なんてほとんどなかった。
「あまり無理するなよ。ぼくが前に出ようか?」
「冗談でしょ? 前衛は剣士に任せておきなさい」
アミュは凄みのある笑みを浮かべる。
「実力のある前衛職はね、魔力を身体能力に変えられるの。これくらいなんでもないわ」
実際、アミュが息を切らしている様子もない。
目にも留まらぬほどの剣筋といい、デーモンの棍棒を弾いた馬鹿力といい、言うだけのことはある。
加えて鮮やかな剣技に体捌き、全属性の魔法を無詠唱で操るその才。
さすがは勇者、と言うべきなのかもしれない。
まだ子供ゆえ未熟さはあるが、成長したとき、いったいどれほどの強さを得るのか――――。
「セイカさまっ……」
ユキが耳元で敵を知らせてくる。
やがて視界に入ったその姿に、アミュが楽しそうな声を上げた。
「へぇ。ちょっとは強そうなの来たじゃない」
やがてヒトガタの光に照らし出されたのは、何度か見たゴブリンだった。
ただし、でかい。
身の丈七尺(※約二・一メートル)はあろうか。緑の皮膚に鉤鼻は同じだが、体格は段違いだ。
おそらく、ホブゴブリンと呼ばれるゴブリンの上位種。
しかも普通の小さなゴブリンも数体引き連れている。
「ブブゥゥゥゴォォォォァアッ!!」
ホブゴブリンはぼくらを見るやいなや、蛮刀を振り上げ突進してきた。
アミュがそれを迎え撃つ。
上段から振り下ろされる蛮刀を、杖剣が一閃。大きく弾き返す。
体勢が崩れたままホブゴブリンが再び蛮刀を振るうが、大きく踏み込んだアミュがそれを握る腕ごと切り飛ばした。
耳障りな絶叫が通路に響き渡る。
とどめとして首を落とすべく、アミュが剣を振るおうとした。
そのとき。
アミュの体が、大きく傾いだ。
「……っ」
こめかみを押さえ、苦しそうに体をふらつかせるアミュ。
「ブゴォォアッ!!」
その頭を。
ホブゴブリンの、残った太い片腕が殴り飛ばした。
鈍い音と共に壁に叩きつけられ、アミュがずるずると地面へ倒れ込む。
動かない少女剣士に、ホブゴブリンと取り巻きのゴブリンどもが殺到していく。
「アミュっ!」
白木の杭が、ホブゴブリンの頭蓋を貫いた。
周りのゴブリンどもも《杭打ち》で片付けつつ、アミュに駆け寄る。
息はある。
だが、気を失っているようだ。
「セイカさま、まだまだおりますよっ」
「わかってる」
頬に流れる血を拭ってやりながら、迫るゴブリンに杭を放つ。
治療してやりたいが、まずはこいつらを片付けるのが先決だ。
杭を放つ。
杭を放つ。
杭を放つ…………。
「……ってどれだけいるんだよ!」
灯りのヒトガタを飛ばし――――ぼくは愕然とした。
通路の前方は、ものすごい数のゴブリンで埋まっていた。
しかもホブゴブリンまで数体混じっている。
思わず顔が引きつる。
めんどくさっ!
こんなの《杭打ち》で相手していられない。
ちょうどアミュも気絶しているところだし、いいだろう。
《召命――――
空間の歪みから、黒光りする巨大なムカデが姿を現す。
大百足は脇目も振らずにゴブリンへ襲いかかると、その凶悪な顎で食らいついた。
周りのゴブリンがナイフを振るうが、意に介す様子はない。
それどころかホブゴブリンが蛮刀を振り下ろしても、黒光りする甲殻には傷一つつかなかった。
大百足は次に蛮刀の持ち主へ目を付けると、その少し大きめの獲物に食らいつき、断末魔すらあげさせずに飲み込む。
ゴブリンどもは、その辺りで総崩れに陥った。
雪崩を打って逃げ出す獲物を、大百足は無数の足を素早く動かして追い、食らっていく。
ぼくはその様子を、ただ眺めていた。
やっぱりこういう場所での大百足は強いな。
遠くから火矢とか打たれないうえに、壁や天井まで足場にできるからね。
この分なら、モンスター掃除は任せても大丈夫そうだ。
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