第十三話 最強の陰陽師、決闘する


 月光に照らされた魔法の演習場。

 屋敷から距離をおいたその場所が、深夜の決闘の舞台だった。


「気が早すぎじゃない? グライ兄」


 杖を強く握りしめ、こちらを睨みながら立つグライに、ぼくは言う。


「明日まで待てなかったの? 父上が立ち会いするって言ってたのに」

「――――黙れ」


 グライが表情を歪める。


「黙れ黙れッ! お前いつから、いつから企んでいやがった!?」

「なんのこと? 魔法学園なら、七歳の頃からずっと行きたいと思ってたよ。グライ兄が楽しそうに教えてくれたんじゃないか。覚えてない?」

「お前……ッ! いい気になるなよ……運が良かっただけのくせに! たまたまモンスターが現れて、たまたま倒せてなかったら、軍にぶち込まれるのはお前だったんだッ!!」

「たまたま、ね」


 ぼくは苦笑する。


「じゃあ兄さんが倒せばよかったのに。悲鳴あげて逃げるんじゃなくてさ」

「父上は屋敷から出るなと指示していたんだ! それに従っただけだろうが!」

「なら父上に直接そう言ったら? というかそもそも、兄さんは前々からの素行不良で見放されたわけなんだけど」

「素行なんて関係ない! 魔術師としての実力さえあればっ」

「だから、それを明日示すって言うんでしょ?」

「父上の条件じゃ生ぬるい……っ」


 グライが杖を握りしめる。


「中位以上の攻撃魔法が禁止? それじゃ実力なんて出せない。条件はなしだ、セイカ。どちらかが降参するか、戦闘不能で決着。負けたら明日、父上に勝負から降りると言え。そして家から出て行けッ」

「中位以上の魔法って危ないよ? 明日……喋れる状態でなんていられるかな」

「それになんの不都合がある」

「……」

「おれはな、セイカ。お前が昔から気にくわなかった」

「知ってるよ、兄さん。なんでか知らないけど、ずっと目の敵にしてたよね」


 そういえば……どうしてなんだろう?

 妾の子だからかと思ってたけど、本当にそれだけでこんなになるか?

 ……まあいいか。どうでも。


「眠いから早くしよう。じゃあいくよ。はい、始め――――」

「くたばれッ!」


 グライの杖に、力が渦巻く。


「――――炎豪鉾フレイムノート!!」


 杖から太い紅蓮の帯がほとばしり。

 夜を照らす炎は、勢いのままにぼくを飲み込んだ。


「どうだッ! 奴隷の使う魔法ごとき、おれならもっと簡単に扱えるんだよ!!」

「――――そう言うなら、もう少し威力出したら?」


 炎が晴れた空間。

 無傷のまま同じ場所に立つぼくを見て、グライが愕然と目を見開く。


「っ……風錐槍ウインドランスッ!!」


 風の槍が放たれる。

 だがそれは、ぼくへは届かなかった。

 風の槍は何もない空間にぶつかると、光の波紋を残して消滅していく。

 ぼくにはそよ風すらも感じない。


「け、結界!? 光属性の魔法だと!?」

「へぇ、結界って光属性なんだ」


 ぼんやりと呟く。

 ヒトガタ八枚を使った簡単な結界だが、グライに破られそうな気配はない。


 ぼくは、新たなヒトガタを手に取る。


 ――――グライの髪の毛が、蝋で押し固められたヒトガタを。


風錐槍ウインドランスッ! 風錐槍ウインドランスッ!」

「うるさいなぁ。もう魔法禁止ね」


 グライのヒトガタに呪力で印を描く。


 グライがまた、術名の発声と共に杖を振り下ろした。

 が、今度は何も起きない。


「……? 風錐槍ウインドランスッ! クソッ、炎豪鉾フレイムノート!! なんだ、魔法がっ……? お前、何しやがったッ!」

「あと動くのも禁止」


 ヒトガタを呪力を込めた手で叩く。

 すると、ぼくに詰め寄ろうとしていたグライが、急に動きを止めた。


「な、う、動け……こ、これは、闇属性の……?」

「闇属性なのこれ?」


 確かに闇っぽくはあるけれども。


 こちらの光と闇属性って、陰陽道の陽と陰に対応しているわけじゃ全然ないみたいだな。


「はぁ……」


 ぼくは溜息をつきながら、無造作にグライへと近づく。

 そしておもむろに、ヒトガタの右足部分を握り潰した。


「があぁぁぁぁぁあッ!」


 グライが悲鳴をあげて右膝をつき、地面に倒れ込む。

 まともに手もつけなかったから顔が土まみれだ。


「ねえグライ兄。条件なしって言うならさ、グライ兄は剣を持ってくるべきだったんじゃないかな。剣術は多少得意なんでしょ? まあこうなったら関係ないけど」


 と言いながら、左手部分を握り潰す。

 グライはまたもや悲鳴を上げる。


「お、おお、お前っ……なんだ、この、魔法……こんなの、聞いたこと……」

「それだよ。おかしいと思わない?」


 ぼくは地に伏すグライの周囲を歩きながら喋る。


「魔術はなんでもできるんだよ? なにせ、世界の理に割り込む技術だからね。人を遠くから呪い殺せるし、求める物の在処や未来がわかる。どんな傷や病だって治せるし、場合によっては死や、魂すらも思いのままだ」


 喋りながら、ぼくはヒトガタの左足、右手を握り潰していく。


「それなのに四属性魔法ときたら、火だの風だのって……よくそんなどうでもいい使い方できるよ。もったいないとは思わないのかな。ねえ聞いてる、グライ兄?」


 見ると、グライは息も絶え絶えの様相だった。

 さすがに四本目には悲鳴も出なかったな。

 ちなみに今は痛みだけで無傷だが、このまま放っておくと数日かけて手足が腐っていくことになる。

 これが呪詛だ。


「どう、グライ兄。降参する?」

「降参、す……許し……」

「許すよ」


 ヒトガタを一撫でする。

 すると、握り潰した皺はすべて伸び、まるで新品のように元通りになった。


 ぼくは蝋で貼り付けていた髪の毛を剥がし、その辺に捨てる。

 これで呪詛は完全に解けた。


「う、あ……」

「まあ、もうしばらくは動けないか……。でも約束は守ってもらうよ。明日父上に勝負から降りると伝えて、さっさと家を出て軍に入ること。これ以上うだうだ言わないでね。じゃ、そういうことで」


 振り返りもせず、ぼくは演習場を後にする。

 やれやれ、余計な手間がかかったな。


「ふん。あの程度でセイカさまに挑むなど、まったく身の程知らずの人間ですね」


 髪の間から、狐姿のユキが顔を覗かせる。


「でも、よろしかったのでございますか? セイカさまの力の一端を見せてしまったのに、生かしておいても」

「ルフトと約束したからね」


 ほどほどにするって。


 兄上の予想通り、これで懲りるといいんだけど。



****



 翌日。

 グライは寝込んだまま起きてくることはなく、決闘はぼくの不戦勝ということになった。

 ちなみに熱を出したのはぼくのせいじゃない。


 そういうわけでグライは順当に軍に入ることになったわけだが……ま、あんな目に遭った後ならどんな訓練もぬるく感じるだろう。

 感謝してほしいもんだ。

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