2 第1話 七・一一協議 ②
会議の口火を切ったのは智明。
「えー……、前回もそうでしたが、今回も陸上自衛隊側からの申し出でこの様な場が持てたことは、私としては大変に有り難い。その一点について、まずは御礼申し上げます。
今回は『テイクアウト』の記者の方が同席しているので、日本政府だけでなく世間一般へも私の主張を広められる機会だと、そう捉えてます。
……ですが、あくまで申し出を頂いたのは自衛隊側からということで、まずはそちらの用件から済ますべきかなと考えます」
努めて真面目な表情で切り出した智明は、言い終えると右手を伸べて発言権を譲るようにする。
二列に並んだ会議テーブルの向こうで川口が頷いて答えた。
「当然といえば当然の運びなので、こちらから前提を明らかにしたり、質疑や詰問を行わせていただこう。
ただ、その前に一点だけハッキリさせなければいけないことがあるんだが、そちらから片付けて構わないか?」
テーブルの上で手を組み、堂々と受けた川口が前置きを一つ加えるというので、想像はついたが問い返す。
「何でしょう」
「ん。ウエストサイドストーリーズは自衛隊の先発隊を務めたはずだが、我々が異変を察知して
その真意と経緯をハッキリしてもらわねば、我々は腹を切ることもできん」
川口は表情も体の向きすら変えずに言い切ったが、智明に向けていた視線だけはテツオの方へと向けていた。
それにつられたわけではないが、智明も右側二つ向こうの席に座るテツオへ向くと、川口の隣りに座る野元は腕組みをしてテツオを睨みつけ、黒田と舞彩は興味のある顔でテツオに顔を向けた。
だが全員の視線に気圧された様子もなくテツオは顔色すら変えずに答える。
「さすがに腹切られたら後味が悪いんだけど、そのままの理由しかないんだよなぁ。
アワジには結構バイクチームってのが沢山あってね。俺や川崎さんみたいに何十人も居るような四大チームから、友達数人の小チームまで、それこそ数えられないくらいだよ。
今更の話だけど、いつ頃からか縄張り争いみたいになって『淡路連合』なんていう四大チームの協定みたいのができてね。そこには絶対のルールが敷かれてた。
『抗争に負けたチームは勝ったチームの傘下に加わる』ってやつだよ。
今日の俺たちは自衛隊の先発隊だったはずだけど、開始早々『ルールのあるケンカ』になっちまったんですよ。その結果、負けたウエッサイはトモアキの傘下に加わった。
それだけといえばそれだけだし、そんなことでと聞かれたら『そんな理由』でしかないっすね」
テツオの言葉遣いは改まる様子もないために智明は慌てたが、川崎から聞いていたテツオの印象もあり恐らく自衛隊ともこの調子を通していたのだろうと思えば口を挟むことではないとスルーした。
案の定、川口はテツオの言葉遣いや態度を咎めることはしない。
ただ一人、副官である野元は違ったようだ。
「貴様のその言い分はどこかゲームじみている。そんなものが通ると思っているのか!」
「通るも何も現にこうして通ってるじゃないっすか。これは歴史が証明してる。
自衛隊はそんなことはしないだろうけど、侵略者や征服者は、勝ち取った領土や人民や資源や財産を自分の都合でいいようにする。場合によっては処刑や根絶やしだってあったでしょ?
それに比べれば人死にが出ていないゲーム的な解決で安心してるくらいだよ。新しいキングは、俺より優しいみたいだしな」
斜に構えて身振りをつけながら応じたテツオに、野元は激高して「貴様!」と怒鳴ったが、それはさすがに川口が窘めた。
また智明を揶揄する言い方が気になったのか、川崎も「ええ加減にせぇ」とテツオを咎める。
「……なんにせよ、淡路連合の抗争の延長になってしまった側面もあったということで納得いただきたい」
「いやそうもいかん」
強引にまとめて会議を進めようとした智明だが川口が即座に否定した。
「我々自衛隊は、情けない話だが高橋智明とその一派に対しての有効手段を持ち得なかった。それは一週間前の戦闘と会談ではっきりとしている。
それ故、本田鉄郎の持ち込んだアイデアと戦力に頼らざるを得なかったのだが、完全な信頼の元で彼らを先発隊として差し向けたわけではない。
むしろ本田鉄郎は当初から高橋智明に合流する腹づもりがあったのではという疑念が拭えない。
そういう話をしているつもりなのだよ」
川口の落ち着いた追求とは反対に、野元は大きく頷きながら厳しい目でテツオを睨んでいる。
だが当のテツオは問い詰められている重々しさはなく、むしろ面白がってニヤついているようにも見える。
「野心家だけどね。俺は人の下につく前提で計画を立てたことはないから、『トモアキに合流したい』ってのは有り得ないな。むしろトモアキをどうにかできたら
「やはりそういう腹づもりか!」
語気を強めた野元は腕組みを解いて会議テーブルに手を付き、椅子を蹴って立ち上がらんばかりの勢いでテツオに食ってかかった。
前回の会談でも激高して腿を打つ場面はあったが、その時よりは冷静であると思える。
それはテツオも分かっているのか、飄々とした態度を変えない。
「落ち着いて下さいよ。バイクチームをまとめたいとは思ってたけど、トモアキみたいな独立どーのこーのなんか考えてなかったし、もしやるなら正攻法で日本取りに行きますよ」
「ほう? 正攻法か」
「非合法は結局自分の首を締めるからね。被選挙権を取るまでに千人や二千人の仲間を持っておかないと勝てないでしょ? ましてやアワジはこれから百万人どころか三百万都市になろうってんだからね。人数も腕っぷしも根回しも、金だって多いに越したことはない。でしょ?」
「なるほどな」
テツオの口から政界進出の野望があったことが明かされ、言葉通りの『正攻法』に川口は納得の言葉を漏らしたが、野元は口惜しげに息を詰めただけで反論はしなかった。
二十歳になっていないテツオが国政に打って出る計画を考えているとは誰の予想にもなく、またその手段や後援にバイクチームの繋がりを役立てようなどとは意外としか言いようがない。
「しかしそれが高橋智明への同調や協調とは結び付くとは思えん。納得してそこに座っているのか? もし違うのなら別の抗争の芽ではないか?」
「あ、それは気になるね。大人数でやっていく以上、来たばっかの本田さんに聞くのもなんなんだけど、なるべく一枚岩になれれば嬉しいんだけど?」
川口の追求は智明が最も気にかけなければならない問題であったので、迷うことなく追随して重ねて問うた。
本来ならばこの会議までに済ませておくか、この会議が終わってから行うべきものなのは百も承知だ。しかし、テツオが智明に対しても自衛隊に対しても態度を明らかにしなければならないのだから、今この席で明言してもらって智明に損はない。
むしろ言質としての重みが生まれよう。
「どっちも意地悪だなぁ。どっちに向いても思想とか主張とか、目的や志なんかで籍を移れるかよって話でしょーよ。
よっぽど腐った道に連れてかれない限り反目なんかしないし、リーダーの舵取りに付き合うだけさ。
そんな堅い理屈でバイクチームの抗争なんかやったことねーよ」
面倒くさそうに頭をかいたテツオは腕組みをし、野元・川口・智明へと順に見回したあと頭を後ろにそらして唇を尖らせた。
どうも動機や理由を深掘りされて嫌気が差し機嫌を悪くしてしまったようだ。
「ふむ。バイクチームのルールやしきたりに則り、流れや勝敗で自衛隊を見限った、そう理解しておいていいというのだな?」
「ああ。もうそれでいいよ」
「フン! けしからんな」
自衛隊高官である野元からすれば、裏切りや寝返りに見えて意にそぐわないのか、大きく鼻を鳴らして腕を組み体を背もたれにもたれさせた。
どうやらテツオらの行いが許せないだけで『取り戻したい』とか『決裂させたい』というわけではないようだ。
そうなのであれば智明にもこれ以上の深堀りは不必要に思うし、せっかく増えた仲間が離れていかなくて済んで安堵も覚える。
「……承服いただけたのであれば次の議題に移りましょうか」
「そうだな。ここからが本題だからな」
智明に促されて川口は小さく頷き、黒田と舞彩の方を振り返って『WSSの話題はオフレコである』と念押しした。
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