第30話 全てが遅すぎる

「まあ、まんまと騙された私が一番悪いんですがね。罪滅ぼしにもならんでしょうが、分かることは全て話しますよ」

「話してもらうのは結構だが、悪いのは犯人であってお前じゃない」


 常暁じょうしょうがまた、思ったことをきっぱりと言った。しかし今回は、あかし金崎かなさきも咎めなかった。


「……はは、ありがとうございます。じゃ、さっそく当日のスケジュールをたどってみましょうか」


 兼井かねいの運転するバンに皆が乗り、支社を目指す。見えてきたのはごく普通の二階建ての社屋。ただ、地方にあるためか駐車場がとても広かった。ここは工場ではなく、在庫の流通管理のみに作られた施設だそうだ。


「その日、うちの社長が就任して三十年になりまして。ちょっとした式をすることになったんですよ。それに烏賀陽うがやさんが参加する、と言われて」


 当日はほとんど休みのようなものだった。朝十時から式が始まり、社長の挨拶などがあって十一時前には終わる。その後は解散か、と思いきやまだ続きがあった。


「解散したのは、午後五時前だったかなあ」

「え、その後延々何をやってたんですか」


 式が行われたという会議室には、なんの痕跡もなかった。そこを出ながら、金崎が問う。


「こっちを見てもらえば分かりますよ」


 兼井についていくと、一階の奥に真っ黒な扉が見えてくる。妙に重いそれを押し開くと、ミラーボールとソファー、ローテーブルが置いてある部屋があった。奥にはモニターと、妙に見覚えのある機械が鎮座している。


「これは、カラオケですか?」


 灯が聞くと、兼井が苦笑いをした。


「おっしゃる通りです。社長が大好きでねえ。何かと理由をつけてやりたがるんで」


 ただし社長の歌は下手、なのにマイクを離さないからみんながカラオケ大会を回避しようと必死だ。しかしさすがに社長が主役の日にはそうはいかず、皆が我慢していたのだという。


「みっちり七時間近くやらされまして。その後は烏賀陽さんたちを駅まで送って、別れたというわけです」

「なるほど……カラオケの間、誰かが写真をとったり、カメラを回したりしてませんでしたか?」

「それが……烏賀陽さんから写真も動画もNGと言われていまして。うちの社長は撮られるの大好きなので、ほとんどそっちしか残ってないんですよ」


 説明する兼井の横で、木田きだと坂ノさかのしたもうなずいている。


「報告をうけてから、こっちでも調べさせてもらいましたがね。映っているとしても服や足くらいで、明らかに替え玉だったと断じるほどの材料にはならんのですよ」

「そうですか……」


 金崎は肩を落とした。その横で、灯は手をうつ。


「だったら指紋はどうですか? 川住かわずみさんの指紋があれば、ここにいた証拠になりますよ」

「それだ」


 金崎が急に元気になる横で、常暁は鼻を鳴らした。


「入れ替わりから何日経ってると思ってるんだ。掃除くらいしているだろう」

「おっしゃる通りです。もう何度も掃除しました」


 地元県警が調べても、ここからも会議室からも社員の指紋しか出なかったそうだ。


「他の場所もだめか……他に彼女がやっていたことはありますか?」

「いや、時々トイレに立たれたくらいで、そんなに変わったことは……あ、そう言えば、メダルはもらってたかな」

「メダル?」

「ほとんど社長しか歌ってませんでしたがね。男女一人ずつ、社長が歌を気に入った人に金のメダルをあげたんですよ。中身はチョコレートですけどね」


 灯は捜査資料を思い起こす。川住の部屋から、そんなものは発見されていなかった。きっと、チョコを食べたら残りは捨ててしまったのだろう。


「一応、うちの社印が入ってましたから証拠になるかと思ったんですが……そうですか、残ってませんでしたか」


 兼井は残念そうに唸った。


「──結局、ここでは収穫なしか」


 常暁が、まとめるように低くつぶやいた。


「ご、ご協力ありがとうございました」

「すみません、お役に立てず」

「き、きっと役に立ててみせますよ。嘘じゃありませんから」


 金崎が必死にフォローしていたが、別れるまでずっと兼井は浮かない顔をしていた。


「さて、こっからは別行動にしましょ。近くの駐車場に覆面パトがありますから、決めた範囲を聞きこむってことで」


 木田と金崎は、軽く受け持ちエリアの確認を行う。その後、九州の刑事たちと別れ、灯たちは車に乗った。


 なんの成果も得られなかったことで、車内の空気はどんよりしている。


「──気付くのが遅すぎましたね」

「すまん、俺のせいだ」

「いや、まさか替え玉まで殺されてるとは思いませんでしたから」


 皆、分かっていた。川住が会社から出た後で目撃されていても、彼女が九州にいたという事実の証明でしかない。烏賀陽の身代わりをしていたという証拠がなければ、犯人を止められないのだ。彼女が烏賀陽と一緒にいれば話は別だが、烏賀陽はそんな凡ミスはしていないだろう。


「……何が決め手になるか分からん。こんなところまで来たんだ、最後までやってみるしかなかろう」


 常暁がそう言ったが、灯と金崎の表情は暗いままだった。




 金崎が、灯たちの部屋に入ってきた。


「管理官に結果報告をしてきたよ。向こうも、あまり期待してなかったようだ」


 灯たちはホテルに入り、各々荷物の整理をしていた。喧嘩になるので、経費はかかるが金崎だけ個室である。


「あとは夜になってから、飲み屋を探すんだったな。酔った川住が余計なことを喋っていれば、ありがたいが」


 常暁がとんでもなく確率の低いことを言い出した。本当に言っていたとしても、それを聞いた人間に出会えるとは思えない。


「……あ、待ってください。僕の携帯に着信が」


 かけ直してみると、すぐに黒江くろえが出た。灯はスピーカーモードに切り替える。


「金崎くんの電話はつながりませんでしたので」

「すみません、別室で充電中です。何かわかったんですか?」


 金崎が聞くと、黒江は含み笑いをした。


「……入れ替わりが起こったのは大分前です。君たちが苦労するだろうと思って、こちらも動いていました」

「おっしゃる通りです」


 灯は苦虫を噛みつぶしながら答えた。


「指紋をはじめ、彼女がいた痕跡は全て掃除で消えていました。写真や動画も残ってません。彼女がメダルをもらったという話はありましたが……」

「さっき、管理官の横で聞きました。どうせ出てきやしませんよ」


 黒江はあっさり言った。


「川住から烏賀陽にバトンタッチする時に、メダルも渡した可能性が高い。なんの流れで『見せてくれ』と言われるか分かりませんから」

「……烏賀陽に渡ったら、残ってるわけがありませんね」

「支社が期待できないなら、別の角度から調べたほうがいと思いましてね。近藤さんに、もう一度話を聞いてみました」

「近藤に? 取り調べは、もう終わっていたはずだが」


 常暁が眉間に皺を寄せる。


「では、烏賀陽と近藤が一番長く離れていたのはいつで、どのくらいの時間か分かりますか?」

「それは知らん」


 常暁が迷った末に白旗をあげた。


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