第29話 いざ西の国へ
「そんなことって……」
「これはあくまで予測ですよ。しかし、同じ年代の男の子が殺されたとなると、どうしても穿った見方をしてしまうんです」
「代役の
「じゃ、今度の調査は重要なものになるんですね」
灯が言うと、皆が重々しくうなずく。最初からその気配はしていたが、大変なことに巻き込まれてしまったものだ。
灯はその日の帰り、コンビニに寄ったがあまり買い物をする気にもなれなかった。新作のプリンだけを買って家に戻り、なんの気なしに郵便うけをのぞく。
「……あれ?」
違和感をおぼえる。集合住宅特有の、各部屋の番号が書かれた郵便受け。その中のいくつかが、昨日までとは姿を変えていた。
チラシでいっぱいになって、閉まらなくなっていた郵便受け。それが整理されて、綺麗になっている。中にはずいぶん前から放置されているものもあったのに、どうしたのだろう。
「……引っ越したのかな? でも今、転勤の季節でもないのにな」
灯は首をひねったが、それ以上追求する気にはなれず、エレベーターへと向かった。
「また有給を使ってしまった」
翌日、灯は九州へ向かう新幹線の中で、ぼんやりとつぶやいた。三人掛けの席の真ん中で口にした言葉に、両側の二人が反応を示す。
「なんだ。権利なんだから、あるなら使えばいいだろう? ユーキューというやつは」
まともに働いたことがない常暁が、窓際の席で勝手なことを言い出す。
「休んだからって、僕にふられた仕事がなくなるわけじゃないんですよ。休み明けのメールの量を考えると、今からうんざりします」
まだ下っ端だが、灯が担当になっている案件がいくつか進行中だ。留守を任せた後輩はしっかりした子だが、休み明けにはチェックしなければならない。
そのことを説明しても、いまいち常暁は分かっていないようだった。
「ははは、
金崎もだいぶ平均的な労働者から外れている気がするが、灯は黙っていた。
「向こうに行ったらすぐ話を聞くからな、弁当を買っておいてやったぞ。常暁にはちゃんと菜食弁当だ」
「ありがとうございます」
「恩着せがましいな。本当に上に立つ奴は、そういう器の小さいことは言わんぞ」
「ぐぬぬ……」
口の減らない常暁に言い負かされた金崎は、唸りながら米飯を口の中へ運ぶ。
「もー、そういうこと言うからいつも喧嘩に……なる……」
灯は注意しようとして、常暁を見てぎょっとした。常暁は弁当の上にのっている抗菌シートをもさもさと食べている。
「……おいしいですか、それ?」
「かふぁい(固い)」
「でしょうね。それ、食べ物じゃないですから」
すぐに幼児のようなことをする常暁に、灯は呆れた。金崎もあまりのことに、弁当を食べるのをやめてこっちを見ている。
「……この様子を見るに、飛行機にしなくて正解だったな。こいつがカウンターを越えられるとは思えん」
「ですね」
所要時間よりも、手続きの簡便さをとれと言った黒江は正しかった。
「向こうについたら、駅で刑事と支社の人が待っている。そこから当日立ち入った場所を案内してもらって、その場で聞きこみ。終わったら一旦ホテルに戻って、夜から周辺の歓楽街をあたる」
「はい」
「それなら昼間に少し寝ておくか」
「あ、僕もそうしようかな……」
その会話の後、灯の記憶は一瞬途切れる。次に気がついた時には、見回りに来た車掌に声をかけられていた。
「……お客様、申し訳ございませんが終点でございます」
「わ、わかりました!! 降ります!!」
灯はあわてて両隣の二人を起こし、車両からまろび出た。車掌の苦笑いが脳裏に焼きついて離れず、顔から火が出るようだ。
「まさか三人そろって寝てしまうとは……」
「でも、体力は回復した気がします」
失敗を無理に前向きにとらえながら、三人は改札を出た。中央口には大きな広告が貼られた柱があり、その前に男たちが固まって立っている。
「金崎さんですか?」
「はい、よろしくお願いします」
出遅れた灯たちをよそに、金崎はさっさと挨拶に行く。仲が良さそうな刑事たちを見て、灯は少々驚いていた。
「何を不思議そうにしている」
「いや、ドラマなんかでは他の県と『縄張り争い』があって仲が悪いじゃないですか。そういう感じじゃないなって思って」
「対立がないわけじゃないが、ここまで離れた土地だと和やかなものだ」
常暁は事も無げに言った。
「国と国の付き合いと一緒でな。どうしても、近いと事件解決の功を取り合うから仲が悪くなる」
「そうか、ライバルなんだ」
「基本、警官はどこの県でも活動できる。だが、ここまで越境することはそうないからな。競争相手になりようがないから、基本もめない」
灯は納得してうなずいた。
「今回の事件は全国で注目されているから、向こうも手柄は欲しかろう。だがこちらほど情報があるわけじゃない。それなら協力したという実績を作って、上の評価を稼いでおいたほうが後が楽だ」
「警察も、中で色々大変なんですね」
灯が同情をおぼえた時、金崎たちが戻ってきた。
刑事は二人とも、丸いシルエットでころんと肥えている。体の大きさが違うので、さっそく常暁が「大狸と子狸」と呼び始めてしまった。もちろん本名は違って、大きい方は
そして川住が面会したと思われる支社からは、部長がわざわざ来てくれていた。彼は眉間でつながりそうな太い眉をしていて、川住と同じ南国出の雰囲気をまとっていた。
「こちらが今回協力いただく、カネカネの
金崎が紹介してくれる。兼井はもの珍しそうにこちらを見つめていた。
「よろしくお願いします」
「カネが三つも付くとは、景気がいいな」
頭を下げる灯の横で、常暁が変なところに感心している。
「そう見えますか? でもうちの『カネ』っていうのは金属のことで、実際のお金じゃないんですよ。うちは磁石メーカーなんです」
「磁石とアクセサリー会社が、なんで取引をしようってことになったんですか?」
灯が聞くと、兼井はにっこり笑った。
「最近、ブレスレットの金具として磁石を使うケースが増えてまして。普通の金具だと指で押さえたり引っ張らないといけないんですが、磁石なら近づけるだけでくっつきます」
利き腕にアクセサリーをつけようとすると苦労することが多かったが、それもマグネットにすれば解決するのだという。
「ピエニさんは今までゴムばかりでしたが、それだとデザインが限られてくるので導入を検討したいと言われたそうです」
「不自然な理由ではないですよね」
灯が言うと、兼井はうなずいた。
「全くです。社長もこんなことに巻き込まれるとは思ってなくて、うろたえてましたよ」
金崎から大体の事情は聞いているのだろう。兼井はそう言って、頭をかいた。
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