第27話 彼女の正体
「すんなり有休を認めてもらえて、良かった……」
「……いや、違う。あそこよりずっと大きいし、あの坊主もいない。同じじゃない、同じじゃない……」
勇気を奮い起こして、灯は無理矢理足を進めた。できるだけ周りの店舗は見ず、もちろんトイレには入らず、目的のピエニ店舗までまっすぐ進んだ。
幸い、面会予定の人物は店の前で待っていてくれた。明るめの茶髪を頭の後ろで一つにまとめて、ピンクのピエニのエプロンをつけている。
「ピエニ
「
お互いに挨拶し、スタッフルームへ案内してもらう。最初に案内されたピエニとそっくりの内装だった。そこで用意してもらったペットボトルのお茶を飲みながら、灯は話し始めた。
「ご連絡した件ですが」
「ここで一時期店長をしていた、近藤についてお聞きになりたいんでしたね」
「はい、彼女がどんな人だったか知りたいんです」
「私の個人的な意見で良いということでしたので、率直に言わせていただきます。好きではありませんでした」
「それは仕事でですか? 個人的にですか?」
「両方ですね。あの人はとにかく、
三戸の目に迷いはなかった。今まで誰にも言えなかったことをはき出せて、喜んでいるようにも見える。
「贔屓、とは具体的にどのように?」
「あからさまですよ。特定の人にしか声をかけない、特定の人がやった時だけほめる。それ、やられた方がどれだけ傷つくかわかります?」
灯はうなずいておいた。
「私はお気に入りじゃなかったから、向こうは話しかけてほしくもなさそうでしたけどね。まあ、我慢して我慢して、店長の座を奪い取ったから結果的には良かったですけど」
三戸はそう言って鼻を鳴らした。
「あの……その依怙贔屓なんですけど、お客さんにもやってたりしました?」
灯が問うと、三井はふと顎に手を当てた。
「そういえば、常連さんには親しげに話しかけてましたね。他の人には普通でした。でもよく来る人を大事にするのは当たり前なんで、あんまり気にとめてなかったですけど」
灯はうなずいた。やはり、という思いがより一層強くなる。
「ありがとうございます。あと、頼んでいたものを見せていただきたいのですが」
灯が促すと、三戸はうなずいた。
「持ち帰ってご覧になりたいとのことでしたので、大きめにプリントしておきました」
流石、店長をやっているだけあって気が利く。灯はうなずきながら、写真の中で並んでいる女性たちに目をやった。
「エプロンはみんなおそろいなんですね」
「これだけは支給品なんで。その下に着る服は、不潔でさえなければけっこうなんでもありですよ」
灯は女性たちの服装に注目した。かわいらしいパステルカラーのTシャツを着ているのが二人。そのうち一人は目の前にいる三戸で、今も同じ感じの服を着ている。もう一人も、髪を明るい茶に染めていた。
残った三人のうち、二人は量販店で売っていそうなシンプルなカットソーを身につけている。仕事で着るのだから、と割り切っている感じだ。髪も二人とも黒に近い色で、さばさばした姉御のような印象だ。
最後の一人は、バンドのファンなのか、少々尖ったTシャツを着ていた。袖口に蜘蛛の巣をあしらった柄が見える。髪にも赤いメッシュが入っていた。
灯はしげしげと一同を見てから、おもむろに一人を指さした。
「……近藤さんのお気に入りって、この人じゃなかったですか?」
灯の問いに、三戸ははっきりとうなずいた。
「よく分かりました。ありがとうございます」
この瞬間、灯は自分の仮説が正しかったことを悟った。
もらった写真を持って小走りで外に出ると、
「成果はあったようだな。──こちらも
さらに常暁はこうつけ加えた。
「お前の勝ちだな。よく見ていた」
まさかそれが、みっともない嫉妬からきたものだとは言えず、灯は苦笑いした。
「じゃ、やってくれますね? 僕が言ったこと」
常暁はそれに嫌そうな顔をしたが、結局うなずいた。
灯たちは二日後、金曜日の夜にピエニ本社を訪れた。今日は近藤以外の社員も何人か見かける。普段彼女らがいなかったのは、
「……あの、社長は今、外出中で。私だけでは、大したことは分かりませんが」
灯は構わない、と言った。烏賀陽は、
「大丈夫ですよ。そんなに難しいことをお尋ねするつもりはありませんから。──座っても?」
灯が言うと、近藤はうなずいた。
「あ、はい。どうぞ」
灯と常暁は、さっさとピエニのぼろいソファに腰を下ろした。しかし金崎だけは、話が聞こえなかったように突っ立っている。
「あの、どうぞ」
見かねた近藤が声をかける。灯は平静を装いながら、その瞬間が訪れるのをじっと待っていた。
「どうぞ、常暁さん」
とうとう、彼女が決定的な一言を口にした。灯は常暁を視線を交わし合う。
「……どうしました、近藤さん」
「その突っ立ってるバカは、俺じゃないぞ」
そう言われて、近藤はさっと顔色をなくした。
「すみません。はじめから、常暁さんと
「あ……」
「それだけじゃありません。見た目が同じになるように、常暁さんは髪をくくって後ろに流して、金崎さんは眼鏡を外してかつらをかぶってもらいました」
何故そんなことを、と近藤は問い返してこなかった。もう分かっているのだ。
真実を話してもらうために、灯たちは場所を屋上にうつす。遮る物がない陽光の中でも、近藤はずっとうつむいていた。
「……近藤さん。あなた、人の顔を判別できないんですね?」
常暁と金崎では、顔が全く違う。それを、服が入れ替えただけで見抜けなくなるというのは、「顔」そのものがわからないという証拠だ。
「側頭葉、後頭葉──つまり、頭の横から後ろにかけてのところに、相手の顔を認識するためのエリアがあるの。そこが先天的に障害されていたり、事故や病気でダメージを負うと発症するわ」
びっくりするような症状だが、三代川が言うには、百人に一人くらいはこういう症状があるのだそうだ。
普通の人は目・鼻・口などを無意識に記憶しているが、相貌失認の人はそれができない。そのため、髪型・服装・性格・仕草などをトータルして、相手を区別している。
「近藤さんが事故や病気をしたというデータはないわね。先天性の人は小さい頃からずっと無意識に相手の情報を集めているから、家族やごく親しい人は判別できるの。アルバイトなんかで多くの人に接するようになってから、疾患に気付く人もいるそうよ」
三代川はそう締めくくった。
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