第26話 再集合

「……本人が戻ってきたようなので、自分で語ってもらいましょうか」

「恥ずかしいぞ!!」

「小学生みたいなことしてないで、さっさと入ってきてください」


 あかしがそっけなく言うと、三センチほど開いていた扉がしずしずと横に動く。ばつが悪そうな顔をして、金崎かなさきが入ってきた。しかし、絶望している様子ではない。


「カップラーメンを食べる三代川みよかわさんもいいな……」

「いつも食べてるわよ。まあ、思ったより元気そうで安心したわ」


 遠回しの告白は天然三代川によってガードされたが、それでも金崎は幸せそうだった。


「自説が否定されようってのに、そんなに元気な理由はなに?」

「否定されていません。むしろ新たな事実によって強化されたといえるでしょう」


 金崎は低く笑って眼鏡を押し上げた。


「健一くんが死亡したとされる日、そのまさに当日、社長たちは商談を一旦休んで、九州の支社見学をしていたのです。しかも付き添いは断って、自分たちだけで。これなら替え玉を使っても、そう怪しまれないでしょう」


 短期間で、替え玉に社長の振るまいを覚えさせるのは無理がある。近藤がいても、フォローしきるのは大変だ。もし完璧にできたとしても、なぜこんなことをさせられるのかと相手が怪しむし、会社の事情を無関係な人間にさらすことになってしまう。


 親睦だけなら、そういうリスクは最小限に抑えられるわけだ。しかも商談相手と違う支社の人間を相手にするなら、顔が変わっていてもわからない。


「じゃ、替え玉を近藤がサポートした共犯説で引き続きいくわけですね。やっぱり替え玉は川住かわずみさんだと思ってるんですか?」

「無論だ。川住さんが烏賀陽うがやと似ていなくても、近藤が口をつぐんでいればなんとかなる。ピエニのホームページには、社長の略歴はあっても写真はないからな」


 金崎は完全につっ走りモードに入ってしまっている。でも、本当にそれでいいのだろうか。


「僕はその説、ちょっと弱いかなと思うんです。だって、社長と秘書って結局ビジネス上のつながりですよね? 僕なら、そこまでして上司を守ろうとは思わないけどな……」


 ことは連続幼児殺人事件。関わったらまず微罪ではすまない。たとえ土下座されたって、灯なら上司をはり倒して逃げる方を選ぶ。


「そこの事情は、ちゃんと調べてあるんでしょうね?」


 灯が言うと、金崎はぐっと言葉に詰まった。


「あ、あれだけ一緒にいるということは、なにか精神的なつながりが……」

「困ってる困ってる。一本とられたわね」


 金崎が三代川にそう言われて、なんとか言葉をひねり出そうと身をよじり始めたその時、


「おや、ダンスで迎えてくれているのですか。感心ですね金崎くん」

「死ぬ前の蜻蛉の方が、ましな踊り方をするがな」


 戸口から聞き覚えのある声が響いた。灯たちが振り向いた先に立っているのは、確かに常暁じょうしょうだった。見間違いではない。


 それに気付いた瞬間、灯と金崎は同時に飛びかかっていた。


「なんですか、あの人を小馬鹿にした手紙は──!!」

「そのくせ本人は現場に来ないとは、いい度胸だなあ常暁くん!!」


 二人がかりで常暁をもみくちゃにしているのを、黒江くろえは手をたたきながら見ていた。


「いやあ、君の名文は実に素晴らしい効果を生みましたね」

「見てないで……助けろ……」


 ひとしきり常暁が揉まれたところで、ようやく会議が再開された。


「なるほど。共犯説を推しているのが金崎くん、疑問的なのが鎌上かまがみくんというわけですね。一応、近藤は烏賀陽に借りがあるんです」


 黒江は資料をはたきながら言った。


「近藤はもともと、ピエニの中でも小さな店舗の店長でした。そこで成果をあげたので大型店にうつったんですが、どうしたことかそこでは全くうまくいかなかった。彼女がストレスで体調を崩し、退職を考えた時に引き止めたのが烏賀陽だったんです」

「じゃあ、彼女が恩を感じる要素はあるわけだ」

「ただ、いくら調べてもそれ以上のことは出てきませんでした。殺人の片棒をかつぐにしては、少し弱いですね」


 黒江は共犯説に疑問を抱いている様子だ。


「でも、近藤が共犯でないとすると、替え玉のリスクはものすごく高くなるわよ。いつも一緒にいる彼女の目を欺かないといけないんだから」

「だったら、魔法でも使ったのではないでしょうか」

「真面目にやってください!」


 金崎が黒江に抗議している横で、灯はひとりじっと考えていた。すると、常暁が横にやってきた気配がする。


「……俺もここまでは考えた。替え玉が死んだ女優で、烏賀陽が奴を体よく利用した。そして近藤は何も知らない──というのが、一番真実に近いように思える」

「近藤さんは無実と信じる根拠はなんですか?」

「取り調べに同行して、彼女の様子を見ているというのが一つ。嘘をついている人間は、よっぽどの傑物でない限り必ずどこかが不自然になる。近藤はそこまで図太い人間ではないだろう」

「そうですね。ストレスで体調を崩すこともある、普通の人です」

「あとは近藤の状況だ。彼女はもうすぐ、ピエニをやめることになっていた」

「えっ!?」


 灯は驚いた。


「このことは黒江も知っている。だからあいつも、近藤共犯説に疑問を持っているんだ」

「どこからそんな話が出たんですか」

「第二の事件の時、近藤が実家に帰っていた話はしたな? その時に、見合い話が出たそうだ」

「彼女、それを社長には言ったんですか?」

「いや、まだだそうだ。相手のことは気に入っているから、もう少ししたら辞職と一緒に結婚の報告もするつもりだったらしい」

「じゃあ、その未来を棒にふることはなさそうですね……」


 灯はちょっと自分がふられたような気分になりながら言った。


「だが、そう考えると、近藤が何故替え玉を指摘しなかったかという疑問が残る」

「……そうですね」

「考えてみたが、俺には分からなかった。お前はどうだ」

「うーん、めちゃくちゃそっくりにメイクさせたとしても、声が一緒じゃないとダメですよね。片方だけならまだしも、そうなるとなかなかいないか……」


 そうつぶやいた瞬間、灯の頭の中を何かがよぎった。それをきっかけにして、今までの近藤の行動がばたばたと蘇っていく。


「あれって、もしかして……」


 もし本当にそんなことがあるとしたら、黒江の言う通り魔法のようだ。しかし世界は広い。もしかしたら、ありえるかもしれない。


 可能性が零だと決まっていないのなら、この線を追いかけてみたいと灯は思った。


「何か思いついた顔だな」


 常暁が笑った。灯もそれに皮肉な笑みを返す。


「……ちょっと裏付けが必要になるんですけど。それが終わったら、力を貸してくれますよね?」


 灯は皮肉な口調を崩さないまま、さらに言った。


「常暁さんは嫌がると思いますが、事件解決のためです。よろしくお願いします」

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