第11話 反転する被害者
声がかけられる。
目の前に、女性が姿を現している。濃緑の神を丸くたばね、白い上衣と赤い下衣を着ている。きりりとした美しい顔立ちではあるが、彼女の腕は四本もあり、人間でないことは一目でわかった。
「水神サラスヴァティ。こちらでは
「どちらでも良い。しかし、今度わらわを呼ぶのなら、もう少しましな楽手を用意せよ」
「今はあの音が全盛なのですよ。時代の変化というやつです」
「は、乗り遅れておる奴がよう言うわ。──どうやら、まともにしゃべれるようになったようだの」
「おかげさまで」
正直、
今行ったのは、弁財天の洗浴法である。災いを好転する作用があるため、常暁は一時的な厄除けとして利用させてもらった。
「長くはもたんが、一時の目くらましにはなろう。──
「言葉もありません」
「寺にこのことは言ってあるのか?」
「まだ隠しております。知らせてしまえば、寺もあいつの攻撃に巻き込まれかねない」
「幼なじみの二の舞にするわけにはいかんか。なるほど、その通りだ」
常暁は重々しくうなずく。
久しぶりに
──他の誰にも、ああはなってほしくない。
「あまり派手にやるでないぞ。完全に解決したわけではないのだからな」
「……分かっています」
常暁の返事にうなずき、弁財天はその場からかき消えた。
「やはり、片付けまでは手伝ってくれないか」
常暁は苦笑しながら、床に飛び散った水を見つめた。
「常暁、来たかハハハハ!! 聞いたぞ、無能になったんだってな、お前!!」
「……お前はより鬱陶しくなったな」
「あれ? 常暁さん、元の感じに戻ってる」
灯が思ったことを言うと、常暁がにやっと笑った。
「鋭いな。霊的な加護のおかげか。コレと違うのはいいことだぞ」
「コレ言うな!!」
「完全復活ではないが、基本的な術なら使える。今までと変わりないと思ってくれていい」
「そ、それなら捜査に大きな動きがあったことも気付いていたのか」
「お前の表情が面白いから何かあったんだろうなとは思う。具体的には知らん」
「馬鹿な、誰よりもクールなはずの俺が……」
そう言って金崎は固まってしまった。まさか、あんなにわかりやすい人なのに今まで気付いてなかったのか。
「……まあいい。お前もこの事実を知ったら、平静ではいられなくなるぞ」
「事実?」
「
「ええっ!? じゃ、犯人だと認めたようなものじゃないですか」
あの時、黒江は放っておけばボロを出すと読んでいた。その予測が、見事に当たったことになる。
「……それがなあ。実は、彼の血がついたコートとカットソーが見つかったんだよ」
「あれがまさかの被害者!?」
「あんまり失礼なこと言うなよ」
「すみません、会いに行った時の印象が強くて……」
灯は頭をかいた。
「状況を教えろ」
常暁が、眉間に深い皺を刻む。
「ゴミ箱に捨ててあった箱から、事件は始まったんだ」
「箱?」
「やたら綺麗なブランドバッグの箱が、無造作に捨ててあった。学校帰りの中学生が中古屋に売ろうとして蓋を開けたら、血まみれのコートとカットソーが出てきたってわけだ」
「……なんか、かわいそうだなあ」
褒められた行為ではないが、中学生が受けたショックの大きさを思うと気の毒だ。
「そこで彼らも金儲けを忘れて、交番に駆け込んだ。まだ綺麗なコートとカットソーには刃物で切ったような傷があって、それがかなり大きい。殺人事件の可能性もあるってことで、こっちに話が来たんだ」
金崎はそういいながら、眼鏡を押し上げた。
「かなりというが、どれくらいの大きさだ」
「全長十センチほどの切り傷。並ぶようにして、それがあと三つあった」
「十センチって、結構いってますよね……」
「服に染みた血痕も数センチはあるという話だから、体も傷ついただろうな」
「切られた場所はどこだ?」
「背中の左側、肩のあたりだ。カットソーの血痕は下に落ち、脇の方まで流れている」
金崎はそう言って腕を組んだ。
「さらに、ポケットから市の免許証が入った財布が見つかり、恋人である
「なるほど。連続殺人の一環でしょうか? そうなると、シングルマザーの子供という共通点がなくなりますけど」
「わからない。ただ、犯人にとって都合の悪い何かを知ってしまったのかもしれないな」
「そうなると、またピエニの社長たちが怪しくなりますね……」
SNSデマの恨みもあるし、灯たちの訪問をうけて、弘臣が
「金崎くん、鑑定の結果出たわよ。今回は、結構簡単だったわ」
「ありがとうございます。管理官はどうなさったんですか?」
金崎が問いかけると、三代川はにっこり笑った。
「私の見解をお話ししたら、納得して別件に向かわれたわ。あまり緊急性の高い案件ではないからって」
それを聞いた灯は、思わず口をはさんだ。
「十センチも切られてたら、軽症じゃないですよね? 早く探し出さないと危ないんじゃ」
「大丈夫ですよ。私も保証します」
黒江がいつのまにか部屋に入ってきていた。相変わらず、足音をたてない歩き方ができるのが怖い。
「何故そう断言できるんです?」
「まず、切られ方ですね。まっすぐな傷がいくつも並ぶということは、襲われたケースではまずないんです」
「どういうことですか?」
「被害者は生きています。一発目はともかく、攻撃をうけたら体をよじって避けたり、逃げようとするでしょう。命がかかっている時に、何度も同じ角度で刺せるようにぼーっと立ってる人なんていません」
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