第4話 もっといつもの面子が勢揃い

「でしょうね。最近、警備会社に異常は報告されていませんし。こちらのコンピュータをハッキングする方が簡単かも……」


 黒江くろえがそうつぶやくと、なぜか近藤が笑い出した。


「ああ、すみません。データを入れたパソコン、ネットにつながってないんですよ」

「このご時世に珍しい」

「あくまでデータの蓄積が目的ですから。ホームページの更新やメールなんかは、他の機体でやっちゃうんです」


 近藤の言葉に、烏賀陽うがやもうなずいた。


「うちの顧客に子供や若い女性が多いのは周知の事実。データベースを欲しがる不埒な人間も多いでしょうから、自衛してたんです。──それも、無駄だったようですが」


 烏賀陽はそう言って悲しげに笑った。侵入者がいない以上、名簿を見られるのはピエニ内の人間に限られる。


「まさか、信じて任せたスタッフの中に殺人犯がいるなんて……」

「社長、ピエニにいるのはいい人たちばかりですよ。疑うなんて……」


 近藤はかばうが、烏賀陽は厳しい表情を崩さなかった。


「近藤さん、私は自分自身と、あなたのことは信じているの。けど、他の人のことまでは……」

「そんな、社長」

「本当に、殺された子は会員リストから選び出されたんでしょうか?」


 言い争いを始める烏賀陽と近藤の横で、あかしはぽつりとつぶやいた。


「え?」

「あなた、何を……」


 固まる女性たちの横で、常暁じょうしょうだけが面白そうに笑った。


「それを確かめるために、わざわざ店に残ったのか。どう言いくるめて帳簿を見た?」

「いや、僕はそんなことしてませんよ」


 灯はそう言って手を振る。


「……三番目の被害者がつけてたブレスレット、明らかに石が入ってたんですよね。売り場を見回ってたんですが、あったパーツは全部プラスチックだった。もしかして、犯人がここと死体を関連づけようとして、故意に作った物じゃないかと思って……」


 灯の言葉に、近藤の目が輝いた。


「うちは、天然石のパーツは一切ないんです。軽くして、重ねづけしてもらうのも狙いの一つなので……」


 早口で言う彼女の横で、灯はさらに続けた。


「前の二人とは関係がないと」

「そんな気がするんです。前の二件は人気がないところで殺害しているのに、今回はこんな混んでるショッピングセンターに捨てている」


 そもそもブレスレットのことは、公表されていない。犯人は連続殺人の便乗を企んだのではないはずだ。単独で犯行に及び、その罪をピエニ関係者に押しつけようとしているのではないか。灯はそう考えていた。


「確かに、うちのブレスレットはゴム紐を結んでいるだけです。なんらかの手段でブランド名が入った留め金さえ手に入れれば、作れないことはないですが……」


 おずおずと話に乗ってきた烏賀陽を、黒江がちらっと見た。


「それは最も希望的な観測ですがね。……会社としてコメントを発表するのは、少し延期してもらいましょうか。今、鎌上かまがみくんが言った線でも調べてみます」


 黒江にそう言われて、烏賀陽と近藤は明らかにほっとしていた。


「そうなると、ピエニ──またはあなたたちを恨んでいる人物がいないか、お聞きしないといけませんね」

「分かりました。一応、クレームがあった取引先などをリストアップしてみます。近藤さん、準備を」

「はい」


 動き始めた近藤の背中に、常暁が目をやった。


「会社名だけでなく、諍いを起こした個人名も併記してくれ。そうでないと、俺が困る」

「……はい?」


 きりっとしていた近藤の動きが悪くなる。なぜ警察でなく常暁が困るのかと言いたげだ。


「すみません。どうかこのアドバイザーの言う通りにしていただけませんか? 彼の捜査には、どうしても必要なので」


 黒江がとりなしている横で、常暁はなぜ自分の言ったことが不思議がられるのかわからない、という顔をしていた。


 あんたが考えているほど、世間には浸透してないんだよ。呪いってやつは。


 灯はそう思ったが、口には出さなかった。


 常暁は単なる仏教僧ではない。呪いを得意とする密教僧だ。呪いと言っても対象者を殺したりするわけではない。その力を活用し、犯人をあぶり出すために捜査に協力している。


 もちろんこんなことを表に出すわけにはいかないから、彼には「アドバイザー」というよく分からない肩書きがくっついている。相手を呪うためには、名前を知る必要がある。だから彼はリストに名前を要求した。


 ちなみに彼のおまけである灯にはそんな力はない。多分に常識の無い彼のフォローのため、金で雇われているのだ。


「では、こちらをお持ちください」

「ありがとうございます。後から思い当たることがあれば、こちらに連絡を。後ほどこの事務所も調べますので、指紋の採取などご協力いただきますが」

「私どもは構いません。よろしくお願いいたします」


 黒江はそう言って名刺を差し出す。それで、面会は終わりとなった。


「それじゃ、頼みますよ」


 警察署まで戻った黒江は、コピーしたリストを常暁に渡した。


「わかった。前の二件については、何か進展はないのか」

「ないようですね。殺された女児たちは趣味も性格も正反対で、同じ習い事をしていた形跡もありません」

「そうか」

「子供より、母親同士に何かあったのではないでしょうかね。今、聞き込み中です」

「分かった。人がいる捜査はそっちが得意だろう。……まあ、こちらは俺に任せておけ」


 常暁はリストを懐に入れながら、自信たっぷりにそう言い放った。




「……そうやって自信満々に言ったのが一週間前。それから動きが全くないのは、どういうわけかなああああ!?」

金崎かなさきくん、その顔をやめたまえ」


 次の土曜、灯と常暁は再び警察署に呼び出されていた。そこで金崎という、常暁を目の敵にしている警官に見つかってしまい、思い切り馬鹿にされている。


 正則まさのり管理官という上司がいさめてようやく止まったが、今も金崎の顔には「ざまあみろ」という文字が焼き付いている。


「でも、おかしいわね。常暁の呪いに反応しないなんて、よっぽど性根の悪い犯人なのかしら」


 騒ぐ男共の背後から、美しい女性が会議室に入ってきた。検死官の三代川みよかわだ。若くして多数の症例を任されている敏腕検死官で、署内にファンも多い。


「お前も来てたのか」

「三人目の被害者の解剖結果、まだあなたたちには教えてなかったでしょ。知りたいかと思って、資料持ってきたわよ。前と同じく、絶対になくさないでね」

「すまんな」

「失敗した分際で、三代川さんに話しかける資格はあるのかな常暁!?」


 誰が見てもすぐ分かるが、金崎は三代川に好意を持っている。三代川と常暁には過去にある因縁があり、仲間のような付き合いをしているのだが、金崎はそれが妬ましくて仕方無い様子なのだ。


「失敗はしていない」


 冷ややかに常暁が言った。


「何も動きがなかったということは、そいつらは事件に関与していない可能性が高い。社長が失念したのか意図的かは分からんが、あのリストには問題がある」

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