第14話 呪いの調査方針

 翌朝。あてがわれた客室でサニーは目を覚ますと、急いで身支度を整えてそのままシェイドの執務室まで直行した。

 幸いにもシェイドは帰宅しており、快くサニーを迎え入れて話を聴いてくれた。

 

 「……なるほど、レッド・ダイヤモンドが呪いの根源だと。やはり、サニーさんも父のその記述に注目なさいましたか」


 机の上に肘を付き、両手を組み合わせたシェイドが真剣な眼差しでサニーを見る。


 「はい! やっぱりあのブルー・ダイヤモンドに魔法の力が宿っている以上、もう片方にも何らかの仕込みがされていると思うんです!」


 力強いサニーの言葉に、シェイドも大きく頷く。


 「私も同感です、サニーさん。レッド・ダイヤモンドの所在を突き止めれば、我々の悲願達成への大きな一歩となりましょう。問題は……」


 「何処にあるのかが分からない、という事ですね?」


 「それと、解呪の具体的な方法も、です」


 シェイドは一度目を伏せ、軽く嘆息した。


 「仮にレッド・ダイヤモンドを発見し、それが呪いの発生源だと判明しても、呪いの解き方が不明なままではどうにもなりません。安易に手出しをすれば、却って危険な状況に陥るという事も有りえます」


 「そうですね…………」


 サニーも唇に拳を当て、考える仕草をした。

 実際の所、それも問題だ。相手は《魔術》によって成立した呪い。何の力も持たない一般人の自分では到底太刀打ち出来ない。

 だが、術者本人の血を引くシェイドならどうか?


 「残念ですが、私でも不可能でしょう。祖母の素質は、父に継承した段階で薄れ、その子供である私には殆ど受け継がれていないのです」


 サニーの期待の眼差しに、申し訳無さそうにシェイドが首を振る。それから傍らのステッキに手を伸ばし、ブルー・ダイヤモンドの嵌め込まれた握りの部分を撫でた。


 「私が『エゴ』と戦えるのは、あくまでもこのステッキがあるからです。これが無ければ、私もサニーさんと同じ。非力な一般人に過ぎません」


 「いいえ、そんな事はありませんっ!!」


 自嘲混じりのシェイドの言葉を、サニーは強く否定した。


 「魔法の素質が無かったとしても、シェイドさんは非力なんかじゃないですよ! 馬にだって乗れるし、『エゴ』と戦った際の身のこなしとか凄かったし! たとえそのブルー・ダイヤモンドに『影を喰らう力』が備わっていたとしても、それを操る人が弱かったら所詮宝の持ち腐れじゃないですか!」


 先日のシェイドの活躍をありありと脳裏に描きながら、サニーは懸命にまくし立てた。

 自分でも何故こんなに必死になっているのか、分からない。ただ、シェイドが自身を卑下する姿を見たくないという気持ちが強く働いた。


 「シェイドさんは強いです! カッコ良いです! それに優しいし、いつも街の人々の事を考えているし、えとえと……! とにかく、自分の事を非力とか、そんな風に言わないで下さいっ!」



 

 サニーは自覚していないが、彼女にとってシェイドは理想のヒーローだった。

 普段は物腰の柔らかい紳士だが、他者が絶体絶命の危機に陥っている時には颯爽と駆け付け、悪を打倒して人々を救う。

 幼い時分に好んだファンタジー、勧善懲悪を旨とする本の世界に浸りながら幾度も妄想した恰好良いヒーロー。

 それを体現した存在こそが、シェイドだった。

 サニーの深層意識の中では今、幼少期に抱いたヒーローへの憧れが再燃している。

 だからこそ、そのヒーロー自身の口から、自己を下げる言葉なんて出てきてほしくないのだ。




 「はは、ありがとうございます。サニーさんは、随分と私を評価して下さっているんですね」


 サニーの勢いにやや圧倒されたように、シェイドが頬を掻きながらはにかんだ。照れたような、困ったような気分を取り繕おうとしたのか、そのまま「しかし」と繋げる。


 「私の身体能力は、父やセレンの指導の賜物です。私自身が特別に優れていたからという訳ではありません」


 「セレン、さん……!?」


 ビクリ、とサニーが肩を震わせる。昨夜、廊下で出逢った際に彼女が言い放った言葉が耳の奥でこびり付いていた。






 『知らないままでいた方が良い事も、世の中にはあるのに…………』






 「どうか、されましたか?」


 急に黙り込んだサニーの様子をシェイドが訝しむ。

 今度はサニーが取り繕う番だった。えへへ、とへつらいの笑みを浮かべて誤魔化しを図る。


 「な、なんでもありませんよ! セレンさんがシェイドさんの指導をしたっていうのが意外で、驚いただけですっ!」


 それは本音だった。あの可憐な容姿を持つセレンが、シェイドの師でもあるなんて意外過ぎる。


 「優秀ですよ、彼女は。この館の管理を一手に引き受けて、全て完璧にこなします。彼女が居てくれるお陰で、私は外での仕事に専念出来ると言っても過言ではありません」


 「セレンさんって、シェイドさんにとっては妹みたいな人なんですよね? 彼女はどんな経緯で此処に来たんですか?」


 「それは…………私の口から申し上げる事では無いでしょうね。すみません」


 シェイドの表情が俄に強張る。何やら複雑な事情がありそうだ。


 「ただ、彼女は良くやってくれています。父からの信頼も厚く、臨終の際の遺言も、葬儀の手配も、父は全て彼女に託した程です。私は丁度その時、新たに暴走した『エゴ』の浄化に赴いており、父の死に目には間に合いませんでした。父の魂が巷を彷徨わずに済んだのも、全てセレンのお陰です」


 そう言って寂しげに笑うシェイド。


 「そうだったん……ですか…………」


 サニーはそれだけを口にするのが精一杯だった。

 自分の父親が最期を迎える時に、傍に居られなかった。それは、どれだけ無念だったのだろう。もし自分が同じ立場だったら……と考えると、瞼の裏に故郷で暮らしている父の姿が浮かんで、サニーの胸は締め付けられた。


 「とにかく」


 と、重くなりかけた空気を払拭するかのように、シェイドが声の調子を改めた。


 「まずはレッド・ダイヤモンドの捜索を進めましょう、サニーさん。私はもう一度、父が調べた記録を洗い直してみます」


 「あ……そ、そうですね! じゃあ、私は…………」


 自分に出来る事が何かあるか。そう口にする前にシェイドの方から頼んできた。


 「サニーさんはしばらく休んでいて下さい。後ほど、記録を頼りに街の宝飾店を尋ね回る事になるでしょうが、それまでは自由時間という事で」


 つまり、夜になるまで手持ち無沙汰という事か。それはなんだか遣る瀬無い。


 「おっとそうだ、つい忘れるところでした」


 と、そこで何かに気付いたらしくシェイドが椅子から立ち上がった。


 「シェイドさん? 何処に行くんですか?」


 「そろそろケルティーの朝食の時間です。朝はセレンが居ませんから、私が用意してやらねば」


 「あっ……! じゃあそれ、私に任せて下さいっ!」


 サニーはパッと顔を輝かせ、食い付くように願い出た。


 「え……? ですが……」


 「お願いします! 私だけぐーたらしてるのはイヤですし、それに私、ケルティーとも仲良くなりたいんですっ!」


 正直、馬の世話なんてした事は無いが、餌やりだけなら簡単だろう。このまま夜までだらーっと待機するよりも、何でも良いから手伝いたかった。ケルティーと仲良くなりたいというのも本音だし。


 「わ、分かりました。では、申し訳有りませんがお願いします。馬小屋の隅に飼葉がありますので、それを桶に適量入れてケルティーに与えてあげてください」

 

 「はいっ! ありがとうございますっ! それじゃ、行ってきまーす!」


 溌剌と返事をして、サニーは元気よく執務室を後にするのだった。

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