第13話 青と赤のダイヤモンド

 「う〜〜〜ん…………!」


 目の前に積み上げられた資料の山を見ながら、サニーは頭を抱えた。


 「シェイドさんのお父さん……先代が呪いを解く為に色々調べた結果だって話だけど……聴いてた通り、芳しい成果は上げられなかったみたいね……」


 眉根を寄せながら、今しがた読み終えた文書をもう一度睨む。

 サニーは今、シェイドの計らいで彼の父が長年を掛けて調べたという解呪の研究結果を閲覧させてもらっていた。

 現状を鑑みても分かるように、シェイドの父は解呪を果たせずに生涯を終えてしまった人だ。よって彼の遺した調査資料を読んでも、アンダーイーヴズに掛けられた呪いを解く方法に結びつく直接的な手掛かりになりそうな情報は乏しい。

 が、皆無では無い。


 「有益な情報になりそうなものと言えば、これくらいね」


 サニーは難しい顔のまま、脇に置いていた一冊のスクラップブックを手に取る。挟んでいた栞をなぞりつつ、目当てのページを開く。

 そこには、一枚の古い写真が貼り付けられていた。


 鷹揚な笑顔を浮かべた恰幅の良い男性と、優しくも何処か儚げな微笑みの綺麗な女性が並んで写っている。

 そして男性の胸元には赤いダイヤのブローチが、女性の方の胸元には青いダイヤのブローチがあしらわれていた。


 「ブルー・ダイヤモンドとレッド・ダイヤモンド。レインフォール家の先々代が、シェイドさんのお婆さんと結婚する時に二人で分け合ったという婚姻の印、だったわね」


 つまりここに写っている二人は、シェイドの祖母と義理の祖父なのだ。

 この内のブルー・ダイヤモンドの方は、サニーも目にしている。

 

 「シェイドさんのお婆さんは、この青いダイヤモンドに『影を喰らう力』を持たせたのよね。で、それを使って作ったのがシェイドさんの持っているあのステッキ。じゃあ、こっちの赤い方は……?」


 シェイドの祖父が所持していたレッド・ダイヤモンドだが、いつの間にか影も形も無くなっていたと、写真の真下に先代の字で走り書きがなされてある。

 先代は、このレッド・ダイヤモンドこそが呪いの源であり、フリエが密かに伴侶から奪って自己の目的に利用していたのではないかと睨んでいたようだ。


 対になる二つの宝石に、やはり対となる力をそれぞれ付与させる。

 そういう《魔術》は実際存在するらしい。


 ならば『影を喰らう力』――端的に『怪物化を解く力』とするか――の対極となる、『人を怪物に変える力』がこのレッド・ダイヤモンドに与えられているのではないか?


 確証は無いものの、その可能性を強く疑った先代は、様々な手段を講じて行方の知れなくなったレッド・ダイヤモンドの在り処を探し求めたらしい。


 「それで分かったのは、レッド・ダイヤモンドはまだアンダーイーヴズの何処かにあるという事。赤いダイヤって物凄く希少だって言うから、街の外部に流れたのなら商取引の記録とかで追えるんだろうけど、そうした形跡は一切無し。闇ルートを洗っても結果は同様……と。先代って、本当にありとあらゆる手を尽くして調べたんだね……」


 サニーは深く嘆息した。必ず呪いを解くという、先代の執念がこの資料群からはひしひしと伝わってくる。

 先代は血眼になってレッド・ダイヤモンドを探し求めた。記述に拠れば、彼はなんと自分の母や義父の墓まで暴いたという。

 灯台下暗し。大切なものは、やはり肌身離さず持っているのが一番良い。

 そう考えての行動であったが、残念ながらどちらの棺にもレッド・ダイヤモンドは無かった。ただ死者を冒涜しただけとなった。


 「どんな気持ちだったんだろう……。お世話になったお義父さんや、狂ってしまったとは言え実のお母さんのお墓を掘り起こすなんて…………」


 サニーには想像も及ばない領域だった。


 「う〜〜ん……。でも、目の付け所自体は悪くない、っていうか結構良い線いってると思うんだよね。ブルー・ダイヤモンドにあんな力がある以上、その片割れにも何らかの細工が施されてる可能性はあるよ。それが街全体を覆う程の呪いの原動力になりうるかは、ちょっと分からないけど」


 サニーはそこでスクラップブックを閉じて、天井を仰ぎながら盛大に溜息をついた。


 「ダメだ〜! これ以上は分かんないっ! 一度シェイドさんと相談して、情報を整理した方が良いね」


 そのシェイドは、今現在ケルティーを駆ってバース炭鉱へと赴いてる。アングリッドが抜けた穴を補填する為の手続きやら何やらで忙しいらしく、明日の明け方まで帰ってこない。


 「呪いの所為でみ〜んな夜型生活……。これじゃ健康にも良くないよ。一刻も早く、私達の手で呪いを解かなきゃね!」


 窓の外から夜空を眺めながら、サニーが自分に気合を入れ直す。そのまま勢い良く椅子から立ち上がると、サニーは肩慣らしをしながら部屋を出た。


 「取り敢えず気分転換! お屋敷のお掃除でもしようっ!」






 「いえ、それはご不要です」






 やる気十分だったサニーの背中に冷水が浴びせられる。


 「セレンさん……!?」


 冷たい声の主は、やはりレインフォール家の使用人である彼女が発したものだった。

 

 「館の管理一切、炊事清掃家事おやじ全て私の仕事です。お客人であるサンライト様にはどうぞお構いなく」


 驚くサニーにまるで興味が無い様子で、セレンは無表情のまま淡々と述べる。


 「いや、家事おやじって……?」


 なんだろう?この世で最も怖ろしいものの代名詞か何かだろうか?


 「お気になさらず。口から出任せです」


 「えっと……。つまり、冗談……?」


 「はい」


 しれっとそう言ってのけるセレン。掴みどころのない彼女の態度に、サニーは只々戸惑うばかりであった。


 こういう人は苦手だ。心の中がまったく読めない。

 当初から不穏な空気を醸し出していたし、もしかしたら自分は彼女から嫌われているのかも知れない。

 実際、彼女の忠告を無視する形でこの街に留まると決めたし、今もこうしてシェイドの厚意に甘えて館に寝泊まりさせてもらっているし。

 セレンにとっては、色々と思うところがあるのだろう。




 「お調べ物は、捗っておいでですか?」




 気まずい空気の中、心の内でひとりごちていると、セレンが不意に尋ねてきた。


 「えっ!? あ、ああ、うん! 順調……かな! それなりにっ!」


 急に進捗状況なんて訊かれたものだからサニーは慌てた。

 しかし、彼女の歯切れの悪さを指摘するでもなく、セレンは平静さを保ったままで言った。


 「そうですか。お望みのままに進んでおられるのでしたら何よりです。ですが、くれぐれもご無理はなさらいで下さい」


 「ううん、無理なんかしてないよ! この街の呪いは、絶対に解かなきゃいけないんだし! セレンさんだって、いつまでも日中籠もりっきりな生活は嫌でしょ!?」


 「……どうでしょうか。私は産まれた時からこのように生きてきましたので。むしろ、今更生活のリズムを変えろと言われても困惑する気持ちが強いかも知れません」


 「そ、それはそうかも知れないけどっ! でも、このままじゃ絶対良くないよ! 自分の影に怯えて、お日様を怖がりながらずっと過ごすなんて!」


 「…………そうですね。街の外から来られたサンライト様には、私達の生き方が奇妙で歪なものに見えて仕方がないのでしょうね」


 セレンは意味深な目でサニーを一瞥すると、自分の想いに蓋をするように目を伏せてお辞儀をする。


 「それでは、私はこれで失礼します。これからまさに掃除道具を取りに行くところでしたから」


 「あ……。うん、分かった」


 最後までセレンの心意を計り兼ねて、サニーは曖昧に頷く。

 そんなサニーに構わず、セレンは顔を伏せたまま足早にその横を通り過ぎる。

 

 瞬間、サニーの耳に届く声。







 「知らないままでいた方が良い事も、世の中にはあるのに…………」






 

 「え…………?」


 サニーは思わず振り返った。

 セレンは一度も立ち止まらず、背中を向けたまま廊下奥の階段から階下に降りていった。


 「………………」


 サニーは、しばらくその場から動くことが出来ず、セレンの言葉を反芻しながらただ立ち尽くしていた――――。

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