人喰い鬼・第9話

 その日の夜、日付が変わった深夜、刀袋を背負った霧斗と百瀬、小関の3人は人気のない公園に集まった。事件現場同士の距離を計算し、次に姿を現すだろう距離を割り出し、その範囲で一番被害が少なくすみそうな場所を選んだのだ。

「小関さん、大丈夫ですか?」

「はい。大丈夫です」

緊張した面持ちでうなずいた小関の手には結界符が握られていた。今は無防備だが、襲撃されればすぐさま強力な結界が張れるように準備はしていた。

「あら、来たわよ」

近づいてくる足音に気づいて苦笑したのは百瀬だった。霧斗が目を向けると、一ノ瀬が走って公園に入ってきた。

「一ノ瀬さん。上司の説得は失敗したんですか?」

からかうような霧斗の言葉に一ノ瀬は苦笑しながらうなずいた。

「はい。どうにも頭の固い上司で困ります。鬼の姿をムービーにでも録って見せてやりたいですが、どうせ見えないでしょうし」

「そうね。確かに見えない人にはどうやったって見えないわね」

百瀬は苦笑しながらうなずくと一ノ瀬に結界符を持たせた。

「ここにいるならそれを握っておいて。たぶん、囮役の小関くんのそばが一番安全だと思うけど、どうする?」

「俺も囮として役にたちますか?」

一ノ瀬の口から思わぬ言葉が出て霧斗は目を丸くした。百瀬は楽しげにクスクス笑ってうなずいた。

「そうね。あなたも囮としては優秀なはずよ。ふたりで囮役をやってくれるの?」

「俺もできることはしたいので」

一ノ瀬はそう言ってうなずくと小関の隣に立った。

「わかりました。何があっても必ずふたりは守りますから」

気を取り直した霧斗は了承すると百瀬に目配せした。

「狙い目は丑三つ時よ。私と霧斗くんはそろそろ一旦隠れるから」

「わかりました」

小関と一ノ瀬がうなずくのを見て百瀬と霧斗はその場を離れる。公園の茂に身を隠すと、さらに気配を隠す呪をかけた。


 小関と一ノ瀬は公園のベンチに並んで座っていた。その様子を隠れて百瀬と霧斗が見つめる。時間だけがすぎていき、読みが外れたかと思いかけたとき、ふいに公園内の空気が揺らいだ。

「っ!」

空気が揺らぐと同時に辺りを濃い瘴気が包む。小関はとっさに結界を張って一ノ瀬を守る。こんなに濃い瘴気は少し吸い込んだだけで普通の人間には毒だった。

「釣れたわね」

百瀬の言葉に霧斗がうなずく。気配を消して様子を見ていると、何もない空間がぱっくり割れ、そこから身の丈3mはあろうとかを言う巨大な鬼が現れた。頭には2本の角。口は大きく裂けて鋭い牙が見える。身の丈のあった腕は太く、爪も鋭い。なるほど、人間を引きちぎったと言われても納得の姿だった。

「ぁ……ぁ…」

目の前に現れた鬼の姿に一ノ瀬がガクガク震える。小関も初めて目にした醜悪な姿に真っ青になりながらも、それでも一ノ瀬を守ろうと結界を強化した。

『グゥゥゥッ!』

結界に気づいたのか鬼が唸り声をあげる。まるで地を揺らすかのような声に一ノ瀬も小関もまるで金縛りにあったかのように動けなくなった。

「青桐!」

鬼がふたりに手を伸ばした瞬間、呼ばれた青桐が鬼の前に立ちはだかる。同じ人喰い鬼と称された存在でも、青桐とこの鬼の外見は全く違っていた。

「ふ、こそこそ隠れながら力を蓄えていたようだから、どれだけ頭が回る奴かと思ったら、とんだ見当違いだな」

青桐がニヤリと狂暴な笑みを浮かべて鬼に飛びかかる。長く鋭く伸びた青桐の爪は鬼の右腕を難なく切り裂いた。

『ギャァァァァッ!』

つんざくような叫びと共に鬼が怒りに任せて腕を振り回す。一ノ瀬と小関を庇って避けられなかった青桐はさすがに自分よりふた回りは大きい鬼の腕に吹き飛ばされてしまった。

「縛っ!」

鋭い声と共に金色の鎖が鬼の体に巻き付く。鎖はギリギリと鬼を締め上げ、鬼は振りほどこうともがいた。

「くっ、霧斗くん、長くはもたない…」

「十分です」

刀袋の中から一振の刀を取り出した霧斗がもがく鬼の前に立つ。鬼は今にも襲いかかって喰ってやると言いたげに霧斗を睨みつけたが、霧斗は感情を消した表情で刀を抜いた。

 その刀は霧斗が妖を滅するために打ってもらった刀だった。霊力が宿る水を使って焼き入れをし、邪を祓うように力を込めたものだった。

『グアァァァァッ!』

白銀に輝く刃を見た瞬間、鬼が咆哮をあげ渾身の力で鎖を引きちぎる。そのまま突進しきてきた鬼に向かって霧斗は刀を構えた。

「主に手を出すなっ!」

「ギィアァァァァッ!」

霧斗に襲いかかる鬼の胸を青桐の腕が貫く。鬼は血を吐きながら咆哮をあげたが、その首を地を蹴った霧斗が刎ね飛ばした。

 宙を舞う鬼の首は驚愕に目が見開かれていた。ドンッ!と地面に転がった鬼の首はまだ生きており、首を失った体も緩慢だが動いていた。

「首を刎ねても死なないの!?」

ふらふらと動く鬼の体を青桐が地面に引き倒す。百瀬の言葉にうなずいた霧斗は鬼の心臓に刀を突き立てた。

「このまま朝まで待ちましょう。たぶん、朝日がこいつを焼いてくれます」

刀で地面に縫い付けられた鬼はすでに身動きできず抵抗の術がない。霧斗の言葉にうなずいて百瀬はベンチにいる小関と一ノ瀬の元に行った。

「ふたりとも大丈夫?」

「あ、はい…」

「大丈夫、です…」

百瀬に声をかけられたふたりが呆けたようにうなずく。百瀬は苦笑するとスマホで高梨に連絡をいれた。


 それから数時間後、空が白み始め、太陽が顔を出すと、鬼は朝日に焼かれて白い炎に包まれた。断末魔の叫びすらなく、跡形もなく燃え尽きたそこには地面に突き立てられた刀だけが残されていた。

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