人喰い鬼・第1話

 いつもと変わらない朝。朝食のトーストを食べながらニュースを見ていた霧斗は、ニュースキャスターが「猟奇的な事件が発生しました」と言うのを聞いて眉間に皺を寄せた。

「何?何か事件?」

ニュースキャスターが説明する内容が不穏すぎて、台所にいた晴樹もリビングにやってくる。そしてテレビを見ながらやはり顔をしかめた。

 ニュースの内容は朝の食事時にはあまりにもショッキングなものだった。それは、公園で惨殺遺体が発見されたというものだったが、遺体の状態があまりに酷かったのだ。両腕と両足、頭部は切断され、内蔵はまるで獣に食い荒らされたような状態だった。胴体を中心に辺りは血の海で、発見した新聞配達員はその場で卒倒してしまったらしい。警察は殺人事件として捜査を開始したらしいが、人通りの少ない場所であること、犯行時刻が深夜であろうこと、被害者の所持品もないことから難航が予想されていた。

「朝から嫌なニュースね。しかも、隣町じゃない」

「ですね。酷いニュースだ」

苦い顔で言う晴樹にうなずいて霧斗は自分の影に目を向けた。

「青桐、何か知らないか?」

「隣町だろう?もう少し近ければわかったかもしれないが、隣町ではな」

霧斗の問いに影から上半身を出した青桐が答える。青桐は晴樹からトーストをもらうと影に引っ込んだ。

「とりあえず、夜にひとりで出歩くのは気を付けたほうがよさそうですね」

「そうね。お客様にも気を付けるよう一応声をかけましょう」

霧斗の言葉にうなずいて晴樹は自分用にいれたコーヒーを飲んだ。


 その日、カフェ猫足でも朝の猟奇殺人のニュースが話題にあがった。

「この辺は治安がいいほうなんだけどね。まさか朝からあんなニュースを見るなんて」

「本当にね。発見者の新聞配達員が気の毒だよ」

カウンターでコーヒーを飲みながら常連である桂木と佐藤が話す。霧斗はそれを聞きながらふたりに新作のケーキを出した。

「これ、新作の試作だそうです。よかったら味見お願いします」

「おや、美味しそうだね」

「これ、イチゴじゃないね?」

生クリームに赤いジャムが鮮やかなシンプルなケーキにふたりが目を細める。佐藤の質問に霧斗はうなずいた。

「ラズベリーだそうです。イチゴより酸味は強いかもしれないけど、生クリームと一緒に食べると美味いですよ」

昨日のうちに試食していた霧斗の言葉にふたりは笑顔でケーキを食べ始めた。

「ところできりちゃん、今朝のニュース見たかい?」

「ええ、見ましたよ。朝から見るにはちょっと嫌なニュースでしたね」

桂木に問われて苦笑しながらうなずく。ちょうどそのとき空いたテーブルを拭いてきた楓がカウンターに戻ってきた。

「ニュース?」

「なんだ、楓ちゃんは知らないのか?」

楓は基本的にこのカフェで寝起きしている。最初はアパートで一緒に生活していたが、仮にも男ふたりの住処に人間でないとはいえ女の自分がずっといては気を遣うだろうからと楓がカフェでの寝泊まりを提案した。最初は渋った晴樹だったが、物置にしていた部屋を整理してベッドとクローゼットを入れ使えるようにした。元々キッチンはあるし、狭いがシャワー室もある。それでも不便はあるだろうと言う晴樹に楓はこれで十分だと言って寝泊まりを始めた。すると思いの外気に入ったようで、バイト代で買ったらしい小物が少しずつ増えていた。そんな楓だが、カフェにはテレビがないし楓も元々テレビを見る習慣がない。だから今朝のニュースも知らなかった。

「私、テレビ見ないので。何かあったんですか?」

「女の子に聞かせる話じゃないが、隣町で猟奇殺人があったらしいんだよ」

「楓ちゃんは美人だから気をつけないとな」

桂木と佐藤がそう言って心配そうな顔をすると、楓は小さく微笑んでうなずいた。

「猟奇殺人なんて、怖いですね。気を付けます。おふたりも気を付けてくださいね?」

楓がそう言うとふたりは一瞬きょとんとした後笑い出した。

「こんなジジイを狙うとは思えないがね」

「でも気を付けるよ。ありがとう」

「そうですよ。おふたりには長生きしてもらって、まだまだうちに通ってもらわないと」

笑い声につられて晴樹が厨房から出てくる。クスクス笑いながらそう言ってウインクする晴樹に常連ふたりは「もちろんだ」とうなずいていた。


 ランチタイムもすぎて客足が落ち着いた頃、3人は昼休憩をとった。

「それにしても、今日はどのお客さまも今朝のニュースのこと話してたわね」

「そりゃあ、あれだけショッキングなニュースだと話題にはなりますよね」

ため息をつく晴樹に霧斗が苦笑しながら言う。客たちの話を聞いて猟奇殺人の内容を把握した楓もサンドイッチを食べながらうなずいた。

「それにしても、人間が人間の体にバラバラにすることなどできるのか?まあ、道具を使えば可能なのだろうが」

「そうだな。ノコギリとか鉈とかあればできるだろうけど、素手では難しいだろうな。凶器はまだ見つかってないって言うし、被害者の身元もまだわかってないようだけど」

楓の問いに答えた霧斗はコーヒーを飲んだ。

「ま、日本の警察は有能なんだ。そのうち犯人も見つかるさ」

「そうだといいわねえ」

晴樹がどこか心配そうな表情をして言うと楓も「そう簡単にいくかな」と肩をすくめた。

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