新たな常連客・第2話
翌日から高梨はよくカフェ猫足に姿を見せるようになった。多いときは連日、少なくとも数日おきにやってくる高梨は常連たちにもすぐに顔を覚えられていた。
「晴樹さん、新しい常連客ゲットだね!」
そう言って笑うのは時間帯が合うのかたびたび高梨と居合わせている南だ。南は最初、高梨をよく見るなあ程度に思っていたが、霧斗の知り合いだとわかると持ち前の人懐っこさですぐに絡みだした。
「南くん、そういうのは大きい声で言っちゃだめよ?」
晴樹が苦笑しながら言うと、南は「え~、でもこれくらいじゃ高梨さん怒んないですよね?」と言って笑っていた。
「南くん、最近高梨さんとよく一緒にいるけど、なんの話してるの?」
「んっと、経営学の話!俺一応経営学部だから!」
「高梨さんに経営学?」
霧斗が不思議そうな顔をすると、南は「知らないの?」と驚いた顔をした。
「高梨さん、経営アドバイザーしてるんだって!だからいろいろと教えてもらってる」
「経営アドバイザー…」
自分には馴染みのない言葉に霧斗が目を丸くする。高梨は苦笑しながらスーツの胸ポケットから名刺を出した。
「一応、こういう肩書きもあります」
そう言って差し出された名刺には確かに経営アドバイザーと書いてあった。
「もし晴樹さんがお困りの際にはご相談にのりますのでご連絡ください」
「へえ。すごいわね。あ、それでこの辺で仕事なのね。この辺会社とか多いから」
「そうです。この辺の数社とは契約をさせていただいております」
納得したようにうなずく晴樹に霧斗は高梨の名刺を渡した。
「じゃあこの名刺は晴樹さんに渡しておきますね」
「ありがと。今のところ経営に困ってはいないけど、いつどうなるかわからないものね。困ったときはご相談させていただきます」
「はい。経営が順調なのが一番ですが、お困りの際はいつでもどうぞ」
そう言って笑う高梨は確かに護星会の仕事で会う堅い印象はなかった。
最初、高梨とよく話していたのは南だけだったが、いつのまにか南と同じ大学で常連の佐藤啓介も一緒にいることが多くなった。今ではノートまで広げて簡単な勉強会のようになっていた。
「高梨さん、仕事大丈夫なんですか?」
南と佐藤と長時間話し込んでいた高梨にコーヒーのおかわりを持っていきながら霧斗が尋ねると、高梨は「今日は仕事は休みなんです」と言った。
「え~、休みなのにスーツなんですか?」
休みだと言いつつきっちりスーツを着ている高梨に南が首をかしげる。霧斗をはじめ、南も佐藤もスーツは着なれないため、どうしてもスーツ姿は堅苦しく思えた。
「スーツも慣れると普段使いができますよ?」
クスクス笑いながら冗談とも本気ともとれないことを言う高梨に最初の気難しそうという印象はなかった。
「とはいえ、今日はこれから約束があるんです。ふたりとも、続きはまた今度にしましょう」
高梨がそう言って立ち上がると、南と佐藤は「ありがとうございました!」と元気に頭を下げていた。
霧斗がそのままレジに行って会計をする。金を払いながら高梨は折り畳んだメモを霧斗に渡した。
「申し訳ありません。これを高藤さまにお渡しいただけますか?」
「わかりました。次にいらしたときに渡しておきます」
内容を聞かずに折り畳んだメモを受けとる。高梨は「ありがとうございます」と言うと店を出ていった。
高藤はいつもふらりと店にやってくる。毎日通ってくるときもあれば、半月ほど姿を見せないこともあった。高梨が店にくるようになってからも高藤は何度かきていたが、不思議なことを高梨と高藤が店内で会うことはなかった。
カラン。
そろそろ暗くなってきたと店内の照明をつけたとき、乾いた音と共に高藤はやってきた。
高梨と話していた南と佐藤もすでに帰っている。店内に他の客はいなかった。
「いらっしゃいませ」
「やあ、霧斗」
「この時間にくるのは珍しいですね」
高藤はにこりと笑うとカウンター席に座った。
「あら、高藤さん、いらっしゃいませ」
厨房から顔を出した晴樹さんがにこりと笑う。高藤も笑顔でそれに応えた。
「高藤さん、甘いもの苦手じゃなかったですよね?」
「ああ、甘いものは好きだよ」
「よかった。これ、食べてくださると嬉しいんですけど」
そう言って晴樹が出したのはショーケースに残っていたマカロンだった。いつもはランチタイムや午後のティータイムで完売するのだが、今日は2個だけ余っていた。
「おや、いいのかい?ありがとう」
「こちらこそ、押し付けちゃったみたいですみません」
苦笑する晴樹に高藤は得をしたと笑ってブレンドコーヒーを注文した。
「高藤さん、これ、さっき高梨さんから預かりました」
霧斗はそう言うと高梨に渡されたメモを高藤に渡した。
「ありがとう。彼はよくここにくるのかな?」
「そうですね。この近くの大学に通ってる常連さんたちにいろいろ教えてるみたいですよ」
霧斗の言葉に高藤が驚いたような顔をする。高梨がここに通っていることは知っていたようだが、何をしているかまでは知らなかったようだ。
「彼が大学生に色々教えているのか。それは見てみたいな」
「でも、高藤さんがくると高梨さん緊張するんじゃないですか?」
自分よりずっと立場が上な高藤が同じ店内にいたら、高梨はきっとあんなリラックスした表情にはならないだろう。
「それは残念。彼の息抜きになっているようだから、これからも通わせてやってくれ」
「うふふ、ここに通ってくださるお客さまは大歓迎ですよ」
ブレンドコーヒーをいれた晴樹さんがにっこり笑いながら言って高藤にコーヒーを出す。高藤は「よろしく頼むよ」と言って美味そうにコーヒーを飲んでいた。
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