新たな常連客・第1話
暖かい日差しが降り注ぐ昼下がり、カランという音をたててカフェ猫足のドアが開いた。
「いらっしゃいませ。あら、あなたは」
カウンターにいた晴樹が目を向けると、そこにいたのは護星会のエージェント高梨だった。
「こんにちは」
高梨は自分を覚えていた晴樹に小さく微笑んで会釈した。
「きりちゃんにご用かしら?今休憩中なんですけど」
「いえ、今日はこの近くに用事があったのですが、時間より少し早くきてしまったので、時間調整に寄らせていただきました」
「あら、そうなんですか。じゃあお好きな席にどうぞ。ご注文が決まりましたら声をかけてくださいね」
「ありがとうございます」
高梨は礼を言うと店内を見渡し、奥のテーブル席に座った。メニューを眺めていた高梨がふいに顔を上げて隣の席を見る。そこには何もなかったが、かすかに死者の気配を感じた。
「注文をいいですか?」
高梨に呼ばれて晴樹がテーブルにいく。コーヒーを注文した高梨は少し迷ったあと、晴樹に隣のテーブルについて尋ねた。
「あの、霧斗さんもいるのでお節介かと思うのですが、隣の席、死者の気配がします」
「ええ、わかっています。あたしも見える人間なので。ここは場所のせいなのか、死んだばかりの人がよくきます。ただ通りすぎるのではなく、好きな席に座って、少ししたら帰っていく。特に害があるわけではありません。だから、ここにきた死者には弔いの意味も込めてコーヒーやお菓子を出しているんです」
「誰もいないテーブルに、ですか?」
高梨が驚いたように尋ねると、晴樹はクスクス笑いながらうなずいた。
「そうです。だから最初は気味悪いって来なくなるお客さまもいたけど、今いらっしゃる常連の方々は理解してくれています」
「そうでしたか。知らないこととはいえ、余計なことを言いました」
「いいえ。心配してくださったんでしょう?ありがとうございます」
頭を下げる高梨に笑って首を振り晴樹はカウンターに戻っていった。
ひとりになった高梨は鞄からノートパソコンを取り出すと時計を確認してから開いた。
高梨は決して護星会のエージェントだけをしているわけではない。普段は経営アドバイザーとして働いていた。
「あれ、高梨さん?」
休憩が終わったのかカウンターに出てきた霧斗が高梨に気づく。ちょうどコーヒーがはいったところで、霧斗は晴樹からお盆を受けとると高梨のテーブルにやってきた。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
コーヒーの良い香りに高梨の表情が和らいだ。
「今日は仕事でこの近くにきたんです。時間調整に寄らせていただきました」
「なるほど。昼食はすみました?」
「はい。食事はすませてきました」
うなずく高梨に霧斗は「コーヒーのおかわりが必要になったら言ってください」と言ってカウンターに戻っていった。
高梨はゆっくりコーヒーを飲むと一息ついた。普段自分が飲むインスタントコーヒーなどよりずっと美味い。それに加えて店の外観のせいもあるのかやってくるのは常連客が多いようで、騒がしくなるということもなかった。
時間までパソコンに向かいながら時おりコーヒーを飲む。久しぶりに落ち着いた時間を過ごした。
「ありがとうございました。コーヒー、とても美味しかったです」
時間になり会計をしながら高梨が言うと、晴樹は嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます。またいつでも来てくださいね」
「そうします。ごちそうさまでした」
そう言って晴樹に頭を下げて高梨は店を出ていった。
その日の夜、アパートで共に夕食を摂りながら晴樹と霧斗の話題は高梨のことだった。
「あの人、お堅い人かと思ったけどそうでもなさそうな感じよね?」
「まあ、こういう業界にいれば裏表が多少激しくても仕方ないと思いますよ」
苦笑しながら霧斗が言うと、晴樹は「そういうもの?」と首をかしげた。
「普通に生活してても裏表が激しい人いるじゃないですか。裏と表の顔を使い分けて会社でのしあがるとか」
「なるほど。確かにね。じゃあこの前きたときは裏の顔で、今日は表の顔だったのかしらね」
晴樹はそう言って笑うと霧斗が作ったパスタを口に運んだ。
「あたしはきりちゃんの裏の顔も見ていたいわ」
「俺ですか?俺はそう変わんないと思いますよ?もう少し裏表があったらきっとうまく集団生活ができてますよ」
霧斗はそう言うと苦笑して肩をすくめた。本音と建前の使い分けがうまくできないことは霧斗自身がよく理解していた。
「そう?あたしはきりちゃんの裏表のない性格好きよ?うちのお店でもうまくやってるじゃない。もっと自信持っていいと思うわよ」
自嘲気味に笑う霧斗に晴樹はそう言って微笑んだ。
「ありがとうございます。俺が店でうまくやれてるのは晴樹さんと常連客のみんなのおかげですよ」
そう言って霧斗は珍しく照れ臭そうに笑った。
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