サポート契約・第2話
高梨からサポート契約を持ちかけられた5日後、霧斗は高梨に会いたいと連絡をした。場所はカフェ猫足。それは、霧斗が高梨のサポートを受ける覚悟を決めたことを意味していた。
約束の日、霧斗は晴樹から休みをもらい、客としてカフェ猫足にきていた。時間は午後16時。客足が落ち着く時間だった。
カラン。乾いた音をたててドアが開く。入ってきたのはスーツ姿の高梨だった。
「いらっしゃいませ」
「すみません。待ち合わせなのですが」
声をかけた晴樹に高梨が言うと、晴樹はにこりと笑って霧斗のテーブルまで案内した。
「ご注文が決まりましたら声をかけてくださいね」
「ありがとうございます」
晴樹がカウンターに戻ると高梨は霧斗の向かいに座った。
「ご連絡いただきありがとうございます」
「いえ、こっちこそ急に時間をとっていただいてありがとうございました」
軽く頭を下げる霧斗に高梨はふっと表情を和らげた。
「直接会いたいとおっしゃってくださったということは、契約を受けてくださると思っていいのでしょうか?」
「…色々考えました。組織とのしがらみができるのは、俺としては極力避けたいことです。でも、すでにあなたとの縁は繋がっているし、高藤さんにエージェントがサポートを申し出るのは術師として惜しんでいるからだと言われました。あなたが俺を惜しんでくれるなら、契約を受けるのもいいかなと思いました」
ゆっくり話す霧斗の目にはまだわずかに迷いがみられた。だが、悩んだ末に出した答えなら、きっと後悔はしないだろう。高梨は穏やかに微笑むと霧斗に頭を下げた。
「ありがとうございます。この業界はフリーではなかなか厳しい世界です。少しでもあなたの助けになるように、微力ながらサポートさせていただきます」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
頭を下げる高梨に霧斗も頭を下げる。頭をあげた霧斗はカウンターを振り返ると晴樹に声をかけた。
「晴樹さん、コーヒーとケーキお願いします」
「了解よ」
然り気無く様子をうかがっていた晴樹が安心したように微笑んで厨房に引っ込む。霧斗は高梨にここはバイト先なのだと伝えた。
「祓い屋だけで食っていくのはなかなか大変なんで、普段はここでバイトをしてます。家も晴樹さんのアパートに居候してるんで、もし俺に用があって、俺自身に連絡つかないときはここにきて晴樹さんに伝えてください」
「わかりました。フリーの術師が副業をしていることは少なくありませんが、カフェの店員というのは初めてです」
「きりちゃんのコーヒー、美味しいんですよ?」
注文されたコーヒーとケーキを持って晴樹がやってくる。晴樹はふたりの前にコーヒーとケーキをおくと高梨に向き直った。
「ここの店長の橘晴樹です。きりちゃんの雇い主兼家主です。きりちゃんはうちの常連さんたちにも人気があるんです。だから、きりちゃんをよろしくお願いしますね?」
「高梨勇です。しっかりサポートさせていただきます」
ふたりのやり取りになんだか結婚するカップルの両家の挨拶みたいだなと思いつつ、霧斗は無言でコーヒーを飲んだ。
「お仕事のときとは言わず、コーヒーを飲みにいらしてくださいね?」
晴樹はそう言って笑うとカウンターに戻っていった。
「晴樹さんは見える人なんで、晴樹さん経由で依頼を受けることもあるんですよ」
「そうなんですか。覚えておきます」
高梨はそう言うとコーヒーを飲んだ。
その日の夜、夕食を終えた晴樹と霧斗はリビングでそれぞれ寛いでいた。
「きりちゃん。あの高梨って人、いい人そうね」
「そうですか?」
晴樹の言葉に霧斗はなんとながく眺めていたスマホの画面から顔をあげた。
今回、サポート契約を受けるに当たって晴樹にも相談した。契約をしようと思うと言う霧斗に、晴樹は自分も高梨に会ってみたいと言ったのだ。だから会う場所をカフェ猫足にしたのだ。
そして今、晴樹は高梨をいい人と言った。晴樹から見ても信用に足る人物に見えたようだ。
「あの人、嘘はつかなそうよね。誠実そうだし、信じていいんじゃないかしら」
「晴樹さんが言うなら、信じます」
高梨本人というより、人を見る晴樹の目を信用する。そう言う霧斗に晴樹は「ありがと」と笑った。
「仕事の受け方とかも変わらないんでしょう?」
「基本的にはそうですね。仕事を受けたときに仕事内容を知らせる。必要があればサポートしてもらう。そんな感じです」
晴樹の言葉にうなずいて霧斗が言う。晴樹は「何かあったら高藤さんに言うからね」と言った。
「高藤さんのほうが立場は上でしょ?」
「そうですね。高藤さんは晴樹さんのお願いは何でも聞きそうだから、晴樹さんが最強ですね」
霧斗はそう言って笑うと晴樹もクスクスと楽しげに笑った。
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