第33話「ハイパー小江戸川越観光タイム~時の鐘~」

★☆★


「さて、次は……川越といったら、時の鐘かな」

「そうだね、お兄ちゃん♪ 未海ともよく行ったよねぇ♪」


 未海はまるで恋人のように俺の腕に腕を絡ませてくる。


「祥平から離れなさい。殺すわよ」

「ずるいー! あたしだって祥平と腕を絡めたことないのにー!」


 西亜口さんから殺気が放たれ里桜から抗議の声が上がるが、未海は動じない。

 それどころかふたりに向かって舌を出す。


「べ~~っ! 早い者勝ちでしょ~? うらやましいなら自分でもやればいいじゃん? できないからって未海にケチつけないでほしいなぁ~?」


 未海は挑発の言葉すら投げつけながら俺にますます密着してくる。


「くっ……」

「舐めるなぁー! こうなったら、あたしも腕絡めるーーー!」


 里桜が残った俺の左腕に飛びついてきた。

 しかし、これは――!?


「いててててて!?」

「あ、ごめん! ついクセで関節技かけちゃった!?」


 さすが武道脳。

 立ち関節(立ったままかける関節技)をナチュラルにかけてくるとは。


「大丈夫!? お兄ちゃんっ!? くっ、やっぱりこのお邪魔虫たちは排除しないと」


 未海は俺から腕を離すと針を構えた。


「やはり生意気なメスガキには日露ハーフの恐ろしさを教えておいたほうがいいようね……」


 そして、西亜口さんは静かに殺気を放ちながら腰から鞘状態のドスを取り出した。


「だーっ! だから、待てって! こんなところで騒ぎを起こしたらマズい!」


 普通に捕まってしまう。

 俺が必死に抑えたことで、どうにかふたりは武力衝突をやめてくれた。


「とにかく時の鐘だ、時の鐘!」


 先行して歩いていく。

 今は争いよりも観光だ。


「……そうね。本来の目的を見失うところだったわ」

「そうだったー! 争ってる場合じゃないー!」

「あ、お兄ちゃん、待ってよぅ~!」


 俺のあとを三人も続く。……ほんと、エキセントリックでデンジャラスで勢いだけで突っ走る女子たちだ。疲労を覚える。


「……よし、着いたぞ。時の鐘だ」


 道を曲がり、時の鐘前に出る。

 時の鐘は、文字どおり時を知らせる鐘のある場所である。

 木造三層の櫓で高さは約十六メートル。川越のシンボル的存在だ。


「あら、いいわね。この櫓に昇って愚民たちを見下ろしたいわ」

「テンション上がるー! 鐘を乱打したいー!」

「時がどれだけすぎても未海とお兄ちゃんは結ばれる運命だよねぇ♪」


 それぞれベクトルの違う感想を抱いているようだが、満足してもらえてよかった。

 なお、櫓には昇れないようになっているので勝手に鐘を鳴らすことはできない。


「それじゃ、参拝していくか」


 時の鐘は薬師神社の境内にあるので小さいながら社殿がある。


「世界征服でも祈っておこうかしら」

「あたしは家内安全! 交通安全! あと宝くじ当たるようにお願いする!」

「未海はもちろん恋愛成就ぅ♪」


 薬師神社だから、本来は病気平癒を祈るための神社だけどな。


 和風文化が好きなだけあって三人とも二礼二拍手一礼をしっかりしていた。

 三人に続き、俺も適当に健康長寿を祈っておいた。


「右奥に稲荷神社もあるんだな」


 さらに小さな社だ。こちらは商売繁盛とか出世・開運とかだな。

 

「お稲荷様ね。猫と同じようなものだし参拝しておくわ」

「御利益(ごりやく)あるなら、なんでも歓迎ー!」

「未海も参拝しておこっかなぁ」


 俺に続いて、三人も小さな稲荷神社に参拝する。

 

「これで少しはわたしの運気も上昇してほしいところね」

「宝くじ当たらないかなー!」

「お稲荷さんにもお兄ちゃんとの恋愛成就お願いしちゃったぁ♪」


 参拝によって、三人の心も落ち着いてくれたようだ。

 ほんと、殺意に染まったり笑顔になったり表情がコロコロ変わるから女子は怖い。


 ……まぁ、西亜口さんと未海は特殊すぎる例だな。

 武器を平然と携帯しないでほしい。


「さて、これからどうするかな……といっても、寺か神社に行くか食べ歩きするか、お土産を買うかってところだが……」


「寺社を制覇するわ」

「食べ歩きー!」

「お土産買ってお兄ちゃんの家でまったりするぅ♪」


 意見が見事に別れた。これまた騒動になりかねない。

 ここは俺の腕の見せ所だ。


「じゃ、寺を見てから立ち食いできるものを買って土産を見るか。あと、未海。さすがにこのあと俺の家に行ったら遅くなりすぎて家の人が心配するだろうから、次の機会にな。ちゃんと住所と連絡先は教えるから」


 未海の家族はよく思わないかもしれないだろうけど、ここで未海に住所と連絡先を教えないというのは薄情すぎるというかたぶん針で首を刺される。十年も捜し続けてくれたんだからな。


「えぇえぇえ~……未海、お兄ちゃんと二度と離れたくないよぉ~……もう離れ離れは嫌だよぉ~……」


 みるみるうちに未海は瞳に涙を溜めていく。

 喜怒哀楽が激しい。でも、無理もないか。


「ほら、ちゃんとアドレス教えておくから」

「う、うんっ! わーい! お兄ちゃんの連絡先ぃ!」


 スマホを取り出して、未海と連絡先を交換しておく。

 これで気分を落ち着けてくれるだろう。


「まったく……妹もどきのくせに自己主張が強いわね……」

「若いっていいなー! ちくしょー! あたしももっと若かったらー! って、一歳しか違わなかったーーー!?」


 ともかく未海の機嫌をとることはできた。

 これは平穏に散策を続けるために必要な処置だったのだ。

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